6-3 合宿一日目、妙案に宿す願望
「一応もう一回説明するね」
「お願いします」
ミーティングが終わり、部員はランニングに向かい、マネージャー組は部員の荷物の移動をしつつ仕事の確認――もとい、俺の教育だ。
合宿日よりも前に仕事の概要は聞いてあったが、実際に使う場所を見ながら再度詳しく説明してもらっている。
他の部員たちもこの合宿所は初めてなようで、先輩マネージャー組の場所の把握も兼ねている。
「練習のサポートとかは基本慣れてる私たちがやるから、伊達君には基本的に炊事とか洗濯とか、生活回りの仕事をお願いすることになると思います」
「わかりました」
「もちろん私たちも交代しながら手伝うし、伊達君にも何かしら練習のサポートをお願いすると思う。それはまあ練習メニュー次第だからおいおいね」
「はい」
なお、説明してくれているのは加賀美先輩ではなく、もう一人のマネージャーの
髪はショートボブで明るめの色だが、染めてはいないみたいだ。
以前加賀美先輩が言っていた、野球部のマネージャーに誘った友人というのがこの烏丸先輩だそう。
ちなみに合宿所の探検パーティーの一員として、加賀美先輩と、男子マネージャーの野田
マネージャーは現在この三人+俺の四人だけだ。
「まず朝昼晩のご飯を作ります。今日は朝は各々だし、お昼はお弁当だから、実際に仕事があるのは夜だね。夕方くらいから準備します」
「ちなみにメニューは」
「今日はカレーです」
「定番ですね」
ちなみに丁寧語なのはそういう人というわけではなく、単に教育っぽいからという理由で今のみ使用してるそうだ。
若干安定していないが。
「切って炒めて煮るだから、楽だよねー」
加賀美先輩が相槌。
たしかに市販のルーを使うだけならそこまで複雑な工程はない。
精々玉ねぎを飴色になるまで炒めるとか、その程度だろう。
「念のため言うと、中辛だよ」
野田先輩が補足する。
それはありがたい。
俺は辛いのは好きだがそこまで強いわけでもないので、中辛くらいが食べやすくて好きだ。
「え、辛さは決まってないでしょ。買い出しまだだし」
「僕たち男子組が買い出し行くからね。決定権は僕らにある」
「何それずるい! 伊達君も何とか言ってよ!」
「俺は全然中辛でいいですけど」
「そんな……」
「先輩は中辛嫌なんですか?」
そういえば車でチョコクリームパンを好きだと言っていたし、以前もマドレーヌを気に入っていたから、甘口が好きでも不思議はないか。
「嫌じゃないけどさ、メーカーによっては辛さが物足りないから……」
☆☆☆
「おー。結構広いね」
「洗い場もですけど、湯船もそれなりにありますね。半数ずつだったら二回で入れそう」
「あんまり洗う時のことは考えたくないな」
場所は変わって風呂場。それなりに大きいので中浴場という感じだろうか。
タイル張りの床に、広めの浴槽。深さもそこそこあって尻をついても肩まで浸かれそうだ。
「浴室は一つなんですね。入る順番とかってどうなんですか?」
「んー、男どもを適当に入れて、その後私たちかな。で、いいかな?」
烏丸先輩が指を顎に当て、少し考えてから言う。
「いいんじゃない? みんなこだわりはないと思うし。あっても無理やり入れる」
心強いな、野田先輩。
「……男子の後って嫌じゃないですか?」
一応聞いてみた。
汗と砂にまみれる野球部だから、という差別的な意味ではなく、単にこの年頃の女子なら男の後の浴槽は嫌じゃないかと思った。
そこには、「先に入らないのか」という落胆の気持ちがあったりは、決してない。決して。
「気にならないことはないけど……」
「別に湯船に入らなくても、夏だからシャワーだけでもいいしね。どうしても入りたかったら……最悪お湯を張り直す」
まあ流石にそうだよな。
……別に普通のことだと思いますよ? そうだろうなあと思って聞いてたし。
それはそれとして一応聞いてみるのもいいだろう。
「大変じゃない? それ。私はシャワーだけでいいよ」
「じゃあそうしよっか」
女性陣の合意によってとても丸く収まった。――かに思われたが。
「後が嫌なら先に入ってもいいんじゃない?」
こぼれ球を野田先輩が拾った。
目だけで俺を見て、アイコンタクト。
『大丈夫、僕が言う』
の、野田先輩……!
「なんかその後キモそうだから嫌」
「……くっ」
野田先輩……。
すぐさま烏丸先輩にストレートに言われ膝をつく野田先輩。
大丈夫です、野田先輩は勇敢でしたよ。俺が証人です。
「ごめん……みんな……」
小さくつぶやいた。
おそらく部員たちの想いを背負っていたんだろう。
気持ちはわかる。
そして同じ願望を持った自分のことを棚に上げて言うが……客観視すると結構キモかった。
「あとは洗濯……も今日はないから、詳しい説明は明日かな。あとは……」
野田先輩を置いて説明を続ける烏丸先輩。
とりあえずつぶやきは聞こえていないようだった。
それとまあ、結果的によかったかもしれない。
「……? どうかした?」
「いえ、なんでも」
横目で加賀美先輩を見ると、たまたまこっちを向いた加賀美先輩と視線が合った。
すぐに横を向く。
同じ考えが自分だけじゃないということを理解すると、なんとなく加賀美先輩がそういう対象になっているのが嫌だったからだ。
――後から来たよそ者の分際で、と自嘲もした。
「聞いてるー?」
「あ、はい、すぐ行きます」
脱衣所から烏丸先輩に呼ばれたので、浴室を後にした。
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