4-3 終業、投げて受け止めて
「――」
セミがうるさい季節だった、ということしか今は覚えていない。
「――ん」
忘れてしまったわけじゃないけど、鮮明でもない。
ただそれだけの記憶。
引っかかった針が、未だに外れないだけ。
「伊達君?」
呼びかけられる声がしたので顔を上げると、加賀美先輩が一歩近づいていた。
「考え事?」
「……いえ」
かぶりを振って半歩下がる。
目線が上がったことで、里久と小山先輩の姿がないことに気が付く。
「二人は……?」
「里久はのど渇いたって飲み物買いに。歩は次の試合の作戦会議に呼ばれてるよって伝えたから、教室に戻ったよ」
「そうなんですか。……ところで歩というのは」
知らない名前だ。
まあ、状況から小山先輩の名前であると予想は付くが。
「ああ、小山 歩。さっき一緒にいた二年生」
「あの人の名前だったんですね」
小山 歩先輩、か。
実直そうな名前だ。たしかに本人もそんな感じだったし。
「加賀美先輩は、小山先輩を呼びに来たんですね」
「そうだね」
「じゃあなぜまだ残ってるんです?」
「え……迷惑かな?」
「いえ、ただ俺は野球部じゃないですし、接点ないですし」
「ええ……一緒にキャッチボールしておいて接点ないは酷くない?」
先日の公園での出来事を思い出す。
たしかに、偶然とはいえ休日を一緒に過ごした相手に接点ないは失礼か。
とはいえ――
「接点ないは言い過ぎましたけど、俺先輩とはキャッチボールしてません」
あの日、あの後すぐに先輩の両親から買い物に出かけるから帰って来いと連絡があったようで、弟の悠君が満足した頃合いで解散となった。
俺は悠君にせがまれるだけボールを投げ続けていたので、先輩とキャッチボールをするタイミングはなかった。
「まあまあ、細かいことはいいじゃん」
先輩は笑った。
その笑顔が、なぜか苦しかった。
「そういえば、惜しかったね。バスケ」
「見てたんですか」
「見てたよ。歩と同じクラスだから」
その言葉を聞いたとき、胸になにかが刺さった、そんな感覚がした。
勘違いなどしないようにしていたし、自惚れもしないようにしていた。
それなのに、小山先輩と同じクラスということを聞いただけで余計な思考が横切る。
俺と、先輩たちや里久とは、どうやっても棲み分けが存在してしまう。
結局自分は、蚊帳の外の人間だということを再認識させられる。
「……じゃあ『惜しかった』は煽りですか。自分のクラスを応援してたでしょうに」
それがイラ立ちのトリガーになって、少し語気が強くなってしまった。
言ってすぐ、自分の情けなさを自覚し、嫌悪した。
ダサい。
逃げたくせに八つ当たりなんて、俺は本当にどうしようもない奴だ。
「ご、ごめん。そういうつもりじゃなくて……」
先輩が慌てたように手を振る。
「……いえ、すみません……」
頭を下げた。
謝罪の意味ではあったが、同時に顔を見せたくない気持ちもあった。
「ううん。こっちこそごめんね」
「先輩が謝ることじゃないです。すみません」
「君も気にしないで。顔、あげてよ」
優しい声をかけられる。
ゆっくりと顔を上げる。
が、少し目線は下にしたままにする。
「なにか……あった?」
「少し、嫌なことを思い出してただけです。すみませんでした」
「そっか」
加賀美先輩はそれ以上は言わなかった。
少しだけ、目線を先輩の顔に向けると、先輩の微笑んでいる顔が見えた。
風がまた、そよいだ。
「……でも惜しかったって言ったのは勝敗のことじゃなくて、君のスリーポイントの方だよ」
先輩は小さく息を吐いてから言った。
「……あれはパスですよ。里久のほぼダンクの礎です」
さっきはシュートだと言い張ったことを、今度は自分で否定した。
不貞腐れもあったが、自己嫌悪の言葉だった。
「結果的には、でしょ。君、外れた時に『あっ』って顔してたよ」
「……そんなとこ見てたんですか?」
俺はそんな顔をしていたのだろうか。
今もダサいところを見られ、そしてそんな情けない顔を見られたとは、もうどうしようもないな俺。
「べ、別にいいでしょ? たまたま目に入ったの!」
なぜか先輩は慌てていた。
視界の端で、この町を囲む山の頂上が、光りだしたのが見えた。
長い雲がようやく途切れたみたいだ。
「なんか、色々と情けないところを見せて、すみません」
「謝りすぎ。もっと自信もっていいのに」
「でも」
「いいから。それに、別に情けなくなかったよ」
「そう……ですかね」
「そうだよ」
先輩の諭すような、慰めるような声のおかで、ようやく、落ち着いた。
そしてやっと先輩の顔を見れるようになった。
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