4-1 終業、野球より前にバスケかい(回)


 7月も終わりに差し掛かる頃、我が学び舎は賑やかだった。


「黒江く~ん!」

「頑張って~!」

「3ポイント見た~い!」


 本日は終業式……および、球技大会である。

 なんか入学式から全然時間が経っていない気がするが、まあ気のせいだろう。時間の流れが早いと感じるのは大人になったということだ。きっと。


 球技大会の種目は男女別のバスケ、男子サッカー、女子バレーがあり、俺はバスケメンバーのため体育館内を走り回っている。


「葵!」

「え、俺か」


 黄色い声援を受けた里久が俺にパスを出したのでそれを受け取りドリブルしながらゴール下まで移動する。


 ちなみに俺はバスケが得意ではない。

 ではなぜバスケメンバーに入っているのかといえば、サッカーの方がより得意ではないというなんとも格好の悪い理由がある。


 相手は二年の……何組だっけな、忘れた。まあ上級生が相手だ。

 一人が俺のマークにつく。かなりの短髪に、体格もよさそうだから運動部だろうか。競り合いになったら勝てないだろう。それでいて目つきも鋭く威圧感がある。対面したくないタイプだ。

 ボールが手元に弾んできたところを両手で捕まえ、足を踏み込んで急ブレーキをかける。

 相手は勢いで通り過ぎる――ということもなくしっかり俺の退路を断っている。

 ちぃ、流石に運動部(推定)か。

 あまり長々とボールを持って1対1の状況になると分が悪い。

 それにタイトルやらで野球を匂わせているのに、最初にする試合の描写がバスケでそれが長いのもよくない。


「里久!」


 両手を広げた上級生のディフェンスの隙間から見えるデカブツを呼ぶ。

 このままではいつかボールは取られるだろうし、もう一度里久に任せた方がいいだろう。

 無論相手も流石に高身長は警戒はしていてマークは外さないが、里久はその程度では隠れない身長と運動神経がある。

 里久は俺に気づき、そしてパスをもらう位置に移動する――かと思ったら、ゴールリングを指差した。


 ……えまじ? 撃つの? こっから? 3ポイントラインなんですけど。


 とはいえこのまま里久へのパスに拘るように動いてしまってはジリ貧。

 お祈りシュートでもする方がまだ何かが起こる可能性がある。


 軸足を回転してパス、を見せかけると少し相手が体をその方に寄せる。フェイントは見越していたようで深追いはしてこなかったが、わずかとはいえそれは隙だ。その好機を逃さずにさらに足を後ろに引いて、相手の頭上にボールが抜けられる空間を作る。そしてボールを右手で持ち、片手でリングに向かって放り投げた。

 ボールは放物線を描きリングに吸い込まれ――


「ナイスパス」


 ――たらよかったのだがそんなこともなくボードに当たって弾かれた。

 それをゴールまで急接近していた里久が大きく跳躍して拾いに行く。


「ほうら、よい!」


 そして空中で回収したボールをそのまま片手で突き返した。レイアップ、というのだろうか。

 手がかかるほどに里久の手はリングに近づいたが、直前くらいで手は上昇を止めた。

 しかし手から離れたボールはリングに掠ることなく、ネットを揺らした。


 高身長による大ジャンプで、あわやダンクになるかと思われたそのゴールの迫力は十分で、その日一番の歓声を巻き起こした。


 ちなみにその後なんやかんやで負けた。

 負けるんかい。


 まあうちのクラスはほぼ里久頼りのチームだしな。総合力で勝てなかったという単純な負け方だ。

 やっぱり10代の1年の差って結構あるもんだなと実感。


☆☆☆


「ダンクしたかったな~」

「十分だろ。あれで決めてたら今頃バスケ部から勧誘されまくることになるぞ」

「もう3人くらいにされた」

「女子からもいつも以上に取り囲まれてたな」

「ありがたいけど複雑だったわ。みんな『ほぼダンクすごかった』って言ってきて。ほぼダンクってただダンクできなかっただけだし」

「褒めてんだから素直に受け取っておけよ」


 中庭から辛うじて見える上級生同士のサッカーを見ながら、俺と里久は涼んでいた。

 いや涼しくはないな。夏だし。

 次の試合もないしうちのクラスの他種目もしばらくないしで暇だから休みに来ただけだ。


「なんにせよ勝ちたかったな~」

「まあ5点差は惜しかったもんな」

「葵の3ポイントが決まってたらまた変わったかもな」

「そりゃタラレバ言い出したらなんでもそうだろ。第一、あそこで俺が決めなかったからこそあの歓声に繋がったわけだし、感謝してもいいくらいだ」

「歓声だけじゃな勝てないんだぞ」

「知ってる。でも気持ちよかったろ」

「まあな」


 伸ばした足のかかとを地面につけたまま、ぶらぶらとつま先を振る里久。

 バスケは体育館で二試合分を同時にするのだが、たまたまもう一方は終わっていて、体育館全体が俺たちの試合に注目しているタイミングだった。故にあの時は体育館が割れるかと思うほどの歓声があがった。本人はダンクが決まらなかったことを嘆いてはいるが、それはそれとして歓声は嬉しいものだろう。


「お前もすごかったぞ。小山先輩を掻い潜るなんて」

「小山先輩?」


 誰だ。


「ほら、お前がパス――じゃねえや。外した3ポイントしたときのお前についてたディフェンスの人」

「なんか言い方むかつくな」

「俺のゴールの前座」

「なんだとほぼダンク」


 軽口の叩き合い。

 バスケに思ったより体力を持っていかれて会話の内容が雑だな。

 それにしてもあのディフェンスの人か。

 たしかにがっしりしていてパスしようにも隙が見つからなかったもんな。


「……たしかにほぼ勝機はなかったからな。半分やけくそで投げた」

「あの人はすごいんだぞ。体幹良すぎて普通に押し合ったら勝てない」

「そんなにか。っていうかなんでそんなの知ってるんだ?」

「だって小山先輩――」

「黒江」


里久が何か言おうとしたところで背後から野太い声がした。

振り返ると件のディフェンスの人――小山先輩と呼ばれる人がいた。


「小山先輩。休みに来たんですか?」


 里久が小山先輩に座ったまま言う。

 挨拶とかないんか、と思ったがそういえば試合後に少し話していた気もするな。ということは……十中八九野球部の先輩か。

 よく見たら髪は時間の経った元坊主頭って感じの短さだな。


「少しな。お前もか」

「見ての通りです」


 里久が足をぶらぶらとしながら答える。

 いいのか先輩にそんな態度で。


「そっちの君は……ああ、ほぼダンクのパスの」


 小山先輩が俺を見て思い出したように言う。

 いやまあ間違えてないけど、俺はシュートのつもりだったからちょっと引っかかるな。


「里久のクラスメイトの伊達です。あとあれシュートのつもりでしたよ」

「そうか、それは悪かった」


 小山先輩はすぐに頭を下げた。なんか意外だ。そこそこ強面だから堅物タイプかと思ったのに。


「ああいや、全然謝ることじゃないですよ。それに、先輩のディフェンスの方がすごかったです」

「抜かしたやつに言われると、皮肉に聞こえるな」

「あ、すみません。全然そんなつもりは。あれは偶然だと思ってるんで」

「いや、フェイントを見ても対応できるつもりではいたが、直後の行動が早かったから驚いた。バスケ部なのか?」

「いえ、帰宅部ですよ。体育の授業以外では経験もないです」

「そうなのか。片手で真っすぐリングの方に投げたのもなかなかのコントロールだった」

「それは……まあ、あざす」


 めっちゃ褒められた。

 なんかすげえいい人だぞこの人。

 と里久に目で言うと、「だろ?」みたいな顔をされた。

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