2-3 教室、メガネと好きなもの

「でもそっか……伊達君か」

「はい」

「伊達メガネ?」


 覗き込むように先輩が俺を見ながら、親指と人差し指で作った丸を眼鏡に見立て、フレームを象るように動かす。

 なにその動作。可愛い。

 正直こんな小中学校時代に死ぬほど受けたいじりは、今更過ぎて呆れるほかないのだが、なぜかこれは許してしまう。


「度は入ってますよ。ちゃんとメガネ男子です」


 お返しに、わざとらしく中指でクイクイとメガネを動かす。


「結構悪いの?」

「平均ですよ」

「そうなんだ?」

「右は0.9です」

「え、悪くないじゃん。左は?」

「0.1です」

「ひっくい!」


 先輩が教室に響かない程度の声を出す。それでも何人かの生徒に少し見られた。


「両目で平均0.5なんで、日本人の平均くらいですね」

「そんな極端な例を……」

「平均ってそういうもんですから」


 第三の目があれば中央値も出せたが、残念ながら俺は地球人だ。


「じゃあ結構左右で度が違うんだね」

「右はほとんど入ってないです」

「あれだ、独眼竜だ」

「中学の頃はよく言われましたね。眼帯つけないのかって」

「つけた?」

「生憎と中二病歴はないです」


 小学生の時は一瞬マサムネがあだ名ではあった。それもあって中学に入ってそんなものにあこがれることはなかった。

 むしろいじられたことで嫌悪していた時期もあるほどだ。

 ちなみにいじってきたやつにリベンジを考えたことはある。マサムネだけにな。


「片方だけ悪いならコンタクトとかにはしないの?」

「片眼だけの矯正でいいかは医者の処方次第なんで。一概に片目コンタクトでいいってわけじゃないんですよ」

「あ、そうなんだ。知らなかった」

「俺は別に片目だけでもいいって言われましたけどね」

「いいんかい」

「単にコンタクトするのが怖いだけです」

「君は、あれだね。だいぶヒネクレモノだね」

「心外です。僕ほど真っすぐな人間はいないです。それにコンタクトが怖いって結構メジャーな理由じゃないですか?」

「いやなんというか、性格の方」

「そんなことないと思いますけど」

「好きな球種は?」

「シンカー」

「うわっキモ」


 少し先輩がのけぞる。


「なんでですか、いいじゃないですかシンカー」

「だってこう、メジャーじゃないじゃん。握りも難しいし」

「へぇ、そうなんですか?」


 シンカーの握りって難しいのか。まあ確かにカーブと逆方向(利き腕側)に曲がるから簡単ではなさそうだけど。


「え、好きなんじゃないの?」

「好きだったらなんでもわかるわけじゃないですよ。好きな子の想い人はわからないものでしょう?」

「深……いのか……?」


 深くはない。

 微妙な例えをしたせいで主題からずれた。


「大谷の誕生日を知らないのと同じようなものです」


 咳払いをしてから伝わりやすいように例え直す。

 これなら大丈夫だろう。今世界で一番有名な日本人と言って差し支えない存在だし。


「7月5日だね」

「――え?」

「大谷の誕生日」

「……」

「……」


 なんで知ってるんだこの人。


「……好きなんですね、大谷」

「まともな日本人で嫌いな人いなくない?」


 まあよほど変な擦れ方した人じゃなければそうか。

 いやでも、『普通に好き』程度なら誕生日なんて知らない人間の方が多いだろう。


「よく覚えてますね」

「5月7日が誕生日の知り合いがいるからね」


 それは理由になるのだろうか。


「ところで、なんでシンカー?」

「好きな理由ですか? 名前ですね。かっこいい」

「適当!」

「そんなことないです。イチローのレーザービームくらい真っすぐで、誠実な理由です」

「せめてピッチャーで例えなよ」


 彼女は笑った。

 野球女子に野球ボケはやはり使い勝手がいい。


「スライダーとかは?」

「嫌いじゃないですよ。Vスライダーの方がより好きですけど」

「名前がかっこいいから?」

「名前がかっこいいから」


 ちなみに例の如く握り方は知らない。

 ふと、そこまで話して先輩が改めて俺を見た。


「君、やっぱり経験者でしょ」


 そう言ってニヤっと笑った。


「どうしてですか?」

「普通の人はシンカーもVスライダーも出てこないよ」


 残念ながら、どうやら観念するしかないようだ。

 別に隠していたわけじゃないし、知識と経験が比例するわけでもないから先輩の推理が十分ではない。とはいえ、嘘をつく必要もこれ以上ごまかす必要も理由もない。

 ふう、と一息ついてから口を開く。


「甲子園行ったことありますからね」

「……は?」


 まさしく素っ頓狂という声で彼女は驚いた。そして半分は呆れていた。

 まあ嘘にしたって突拍子がなさすぎるからな。


「……え、もしかして一年生の二週目だったり……?」


 先輩は少し考えたような顔になって言った。

 そうきたか。

 いやまあたしかにその線もないとは言い切れないが。


「成績優秀ではないですけど、ダブったわけでもないです」

「……別の学校で甲子園行って、でも留年してうちに転入してきたとか」

「その場合って1年生で入るんですかね」


 転入試験の結果によるのだろうか。

 よく知らないし縁もなかったから今まで気にしたこともない。つまりそういう理由でもない。


「普通に先月まで中学生してましたよ」

「……応援に行ったとか?」

「当事者としてですね」


 そして先輩はしばらく考えてから、「あ」と声を漏らした。


「もしかして……ゲームの話?」


 ふむ、意外とたどり着くまで速かったな。

 もう少し文字数を稼げると思ったのだが。


「よくわかりましたね」

「パワフルなやつ?」

「ええ」

「……詐欺師だ」

「別にだましてなければ嘘もついてないですよ。勘違いはされましたけど」

「悪い人の言い分だ!」

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