えっちなゲームの最低勇者に転生したけど、世界を救うのに忙しくてそれどころじゃない
カラスバ
第1話
趣味として寝取られ同人ゲーを少々嗜んでいました。
グラフィックやキャラクターの出来が多少悪くても、ストーリーや設定が良ければそれで「良し!」。
とにかく女の子達の気持ちの移り変わりが大好きだったので、暇さえあればエロゲをプレイしていた日々。
大の大人がパソコンと睨み合ってにやにやしている様は凄く犯罪的だったが、しかし大半のオタクは通る道だと思うので気にしてはいけない。
ともかく、そんなどこにでもよくいるようなオタクだった俺。
そんな奴が何故早死にしたのかについては、未だに分からない。
死んだ時の衝撃で記憶が欠落したのかもしれない。
理屈は分からないし、多分一生分かる事はないだろう。
とにかく俺は死に、そして何故か今は新しい人生を歩み出そうとしていた。
過去の、そんな寝取られ好きのオタクの記憶を引き継いで。
「いやもっと引き継ぐべき記憶はあっただろ」
額を押さえながら思わずそう呟いてしまう。
現在、俺は固いベッドの上で半身を起こして自分の状況を確認しているところだった。
過去のオタクの記憶が復活したのは今。
死ぬかもしれないほどの高熱を出した事が原因かもしれない。
それは記憶を回復する際に起きた副反応だったのか、それとも記憶が復活した事が副反応だったのか。
どちらにせよ、俺は記憶を取り戻した。
厄介なのは、その記憶はかつての俺の意識を丸々塗りつぶす感じになったという事。
記憶には自我が宿る。
そしてそれにより過去の俺――ジョンとしての自意識は死ぬ事となった。
今の俺は、何なのだろう。
間違いなく自分はジョンだと思うが、しかし思考パターンが前世のそれに変わってしまっている。
これは、俺の知り合いとの付き合い方が面倒になってくるぞ……
ガチャリ。
と、俺が寝ている部屋の扉が遠慮なしに開かれ、そして一人の少女が入って来る。
金髪に碧眼の少女。
どこか勝気そうな雰囲気で、如何にも気が強そうだ。
「あら、起きたのね」
冷たくそう言ってくる彼女の名は、そう。
「クレア……?」
そうだ。
今、俺は魔術学校に入学していて。
そして彼女は俺と同郷の、言ってしまえば幼馴染。
しかしそれだけではない。
俺の頭の中にある今世の記憶と前世の記憶。
それを合わせる事により、一つの事実が明らかになったのである。
ここは、俺がかつてプレイした寝取られ同人エロゲ『手折られるアンブロシア』の世界だ、と。
い、いや。
俺の勘違いかもしれない。
俺は勇者としてこの学校で下手すれば先生達よりも強い権力を持っていたり、もう一人の幼馴染、グレンのハーレムを密かに狙っていた記憶が確かにあったりとか、そういう要素があるにはあるけど、勘違いの可能性だってある。
まあ、この場合むしろ勘違いじゃない方が嬉しいけど。
だって勘違いじゃない場合、俺はこの先いろんな女を自分のモノに出来るって訳だし、な!
「……なによ、黙って私の顔をジロジロ見て。キモイわよあんた」
「あ、ああ。すまん」
「ふん、そんな風に謝るなんてらしくないじゃない。もしかして熱を出して気を弱くしてんの?」
相変わらず冷たい雰囲気の彼女。
この世界がかのエロゲの世界ならば、そう。
クレアは俺の事を嫌っている筈だ。
それが俺の下半身についているミラクルなやつで堕としたら、始終甘ったるい声で甘えてくる事になるのだが。
そのギャップが大好きだった。
特に主人公への態度がだんだん冷たくなっていき、平気で嘘を吐くようになるところとか大好きでした、はい。
「とにかく、先生にはあんたが目を覚ましたって事、伝えてくるから。あんたはそのまま安静にしてなさい」
「……ありがとう」
「勘違いしないで。あんたに無理をされると私が怒られるの。勇者を無理させたって、そう言われるんだから。まったく」
そう毒吐きながら、有言実行とばかりに部屋から出て行くクレア。
再び部屋に静寂がやって来る。
しばし呆然とした俺は、次第に現状を理解していくうちにくつくつと笑いが込み上がって来た。
愉悦でだ。
面白おかしくて仕方がない。
ああ、そうだ。
俺は勇者。
この世界の救世主。
だからみんな俺に逆らう事は出来ないし、そして逆らう以上に俺が活躍すれば活躍するほどみんな俺に頭を垂れるようになる。
それは約束された未来。
俺の周囲に群れる美少女達の姿が、目に浮かぶ。
――恐らく、元の自意識も残っているのだろう。
寝取られ好きだからと言って寝取りを実際に行おうと思うほど俺は気が強い方ではなかった、むしろ小市民だった。
そんな俺が、今では幼馴染グレンのハーレムを狙っている。
それはきっとかつてのジョンの意思に違いない。
分かっているが、止まらない。
前世の俺も止めようとしない。
第三者として、俺がどのように他の女を堕としていくのか興味があるみたいだった。
その後、俺は保健室を出て校庭へと向かった。
ジョンとしての記憶を手繰り寄せてみると、今は確か、校庭で剣術の授業を行う予定だった筈。
だとすると、ちょっとした余興が出来るかもしれないな。
なにせ俺は勇者、才能の塊だ。
剣術で先生だって圧倒出来るかもしれない。
まあ、それに関しては完全に楽観的な想像だけど、間違いなく良い成績を残せるのは間違いない。
わくわくするな。
みんなの称賛の声、羨望の眼差しが俺に向けられる事を想像するだけでドキドキする。
だけど、調子に乗るなよ俺。
いくら上手くいく事が約束されているとはいえ、図に乗って失敗したらすべておじゃんだ。
すべて上手くいく為には極めて冷静沈着で真面目にやらなくてはならない。
まあ、原作の俺が本気でそのようにやったかどうかは定かではない。
ゲームをプレイしていても、ジョンという人間はお調子者でプライドの高い奴だった。
その癖女性への口説き文句は上手いという、典型的なチャラ男。
それで将来的に学校中の女を食っていくというのだから恐ろしい。
そんな事出来るのか、この俺に?
なんにせよ、今日は剣術の授業。
それをこなしてみて、自身の能力を確かめよう。
天才としての能力を人に見せられるか、はたまた教わる側としていろんな事を学べるのか。
ここは異世界なのは間違いないし、前世の時といろいろと勝手が違うだろうが、そう言う意味で勉強も楽しみである。
そんな風に、俺はいろいろな事に希望を見出し校庭へと向かっていたのだった。
だからこそ、失念していた。
今は原作の時系列のどこら辺であるか、という事を。
ドッッッッ!!!!
それは日常的ではない――今世の常識で考えても――非日常なもの。
爆発音。
空気を揺らす、不穏な信号。
びくりと身体を震わせ、何事かと音のした方を見る。
校舎を出て、校庭へと向かう途中だった。
音は、恐らく校門の方から聞こえて来た気がする。
沈黙。
イヤな静けさだった。
まるでこれから何かが起きる事を予期しているかのような。
たくさんの生徒や教師がいる筈だというのに、学校中の生命が失われたかのような、そんな空気が漂っている。
そして――
それは唐突に聞こえて来る。
GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!
「な、ぁ……!?」
それは獣の雄叫びに似ていた。
かつて前世のテレビで見た、怪獣の鳴き声っぽいと他人事のように思う。
しかし、ここは現実。
エロゲの世界と言っても、間違いなく俺が生きている現実の世界――!
そして。
唐突に。
悲鳴が。
聞こえる。
絹を引き裂く、なんてものじゃない。
それは断末魔。
血の匂いすら漂ってきそうな、悲壮感漂う声色。
一体、何が……?
その正体はすぐに俺の視界の中に飛び込んできた。
漆黒の毛並み。
二足歩行。
爛々と輝く鋭い瞳。
尖った獣の耳。
そして筋骨隆々なその腕には石剣が握られている。
「あ、れは」
知識にはあった。
そうだ、あれはゲームのイベントCGで見た事がある。
――ワーウルフ。
原作のプロローグにて起きた、学校襲撃イベントにて登場する、魔物だ。
悲鳴が聞こえてくる。
ワーウルフは剣を振り回しながら人々を追い回している。
……悲鳴が遠くからも聞こえてくる事から察するに、襲撃は間違いなくここ以外でも起きているのは間違いない。
どうする、俺?
さあ、活躍の場が早速現れたぞ。
剣を取れ。
呼べばすぐに、聖剣は手元にやって来る。
「うぅ、ぁあ、あ……!」
無双の始まりだ。
ヒーローになれ。
ハーレムを築くチャンスだ。
救世主になって女どもを跪かせ崇拝させろ――
「あ、ああああああああああああああっ!」
喉から出てきたのは、悲鳴だった。
信じられないほど恐怖に歪んだ声。
死が迫って来る。
石剣と鋭い顎という物質的な死が、ゆっくりと確かに俺へと近づいて来る。
恐い。
怖い。
恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い!!!!
あんなのと、戦えるわけないだろ!
体格が全然違う、あんなぶっとい腕から繰り出される剣撃なんて受け止められる筈がない!
食らったら最期、死――!
リアルな恐怖。
リアルな地獄。
それが俺を追い立てる。
だから俺は。
走った。
逃げた。
出来るだけ、遠くに。
人々を置き去りにして。
ただただ、戦地から遠くへと。
どこかで人と魔物が戦っているのを聞いた。
加勢する事なんて出来やしない。
そんな事、出来る筈がない。
そんな事したら、死んじゃうじゃないか――!
そして俺は、気づけば学校の周囲を囲う高い壁の近くへとやって来ていた。
そこで、俺は視る。
見てしまう。
「た、助け――っ!」
一人の少女が、巨大な魔物に襲われているところを。
しかもただの魔物ではない。
全身が黒い鱗で覆われている、巨大な爬虫類のような生き物。
しかしその瞳には理知的な光が宿っている。
「は、はは! そうだ、泣け、鳴け! どうせ助けは来ない。ユーシャ様もいるらしいが、お前なんて木っ端な奴を助けには来ない!」
人語を理解する魔物。
魔族。
それが発した言葉に胸が締め付けられる。
俺は、勇者だ。
今、ここにいる。
だけど、あんなのと戦ったら死んでしまう。
死にたくない。
死にたくない。
「い、イヤだ……死にたく、なぁ……!」
倒れ、這い蹲りながらゆっくりと逃げようとしている少女の悲痛な声。
それはまるで俺を非難するかのように。
鉄剣を振りかぶる魔族。
天高く持ち上げられた剣先が、今、振り下ろされる――
ガギンッッッッ!!!!
「あ?」
魔族が驚きの声を上げる。
一撃を防がれたからだろう。
そして、その一撃を防いだ主とは。
「ら……っ!!!!」
「……ちっ!」
剣を思い切り弾き、そしてそのまま手に持っている剣、聖剣で魔族の胴体を狙う。
しかし魔族は見た目の大きさの割に素早い動きでその一閃を避け、距離を取る。
「お前、なんだ?」
魔族の問いに対し、俺は。
「おぉ、俺はぁ!」
震える声。
足が震える。
それでも名乗りだけは果敢に。
「勇者だ! 文句あっか!!!!」
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