第5話 帰り道
「じゃあね、皆ー! また明日ー!」
ここから1人だけ帰る方向が別の咲希ちゃんが大きくぶんぶんと手を振ってきた。
私たちはそれぞれ咲希ちゃんに手を振り返して、咲希ちゃんを見送る。
その際、ちらりと蓮君の方をうかがって見ると、とても優しい顔で咲希ちゃんを見つめていた。
(もう何度も見たことあるのに……やっぱり堪えますね)
私たちが自らの恋を捨て、好きな人の幸せを願うと決めてから8ヶ月という月日が流れている。
だから、私たちは失恋を受け止める時間が普通の人に比べたらあったと思うし、実際、泣きはしたけど、思ったよりは受け止めることが出来ている。
でも、この優しい眼差しや笑顔が、幼馴染の私にさえ見せたことのない表情が、この先ずっと私にじゃなくて、咲希ちゃんにだけ向けられるという事実はどうしたって胸が痛い。
胸の中にズキリとした痛みを覚えていると、咲希ちゃんが振り返ってくる。
そんな咲希ちゃんに、蓮君がまた手を振った。
すると、咲希ちゃんは嬉しそうにはにかんだ。
私はそこで、今度は海斗君の方をうかがってみると、既視感のあるどこか寂しそうな顔を浮かべている。
既視感があるのは、さっきまで私も似たような表情をしていた自覚があるから。
まったくもって、どこまでも私たちは似た者同士。
1人だと絶対に受け止め切れなかったし、同じ痛みを分け合える彼がいてくれて心底良かったと思う。
「ったく、後ろ姿だけで浮かれてるのが丸分かりだな」
「まったくです。見せつけられるこちらの身にもなってください」
「付き合い立てくらい大目に見てよ」
私たちの集中砲火にも、蓮君は頬を緩めるだけ。
まったく、本当に私たちの気持ちにもなってほしい。
「ってかお前、今からでも行って咲希送ってやれよ」
「え?」
「大した距離じゃないだろ? それに、少しは2人きりになるのに慣れろ」
どうやら、下校デートをさせるつもりらしい海斗君が「ほら」と強めに蓮君の背中を押す。
蓮君は分かりやすく頬を染め、目を泳がせて、私たちと咲希ちゃんが歩いて行った方を見比べて、
「う、うん! 行ってくる!」
力強く駆け出して行く。
「ったく、本当に世話の焼ける」
海斗君はいつもは少し鋭い目を細め、眩しそうに蓮君の背中を見送ってから、私に向き直ってくる。
「俺たちも帰るか」
「そうですね」
私たちはどちらともなく、歩幅を合わせるようにして歩き出す。
「にしても、全員無事に冬休みを迎えられそうで良かったよな」
「特に咲希ちゃん、ですね」
話題は期末テストの話。
私たち4人の中では、1番勉強が苦手な咲希ちゃんが危ない位置にいた。
気を抜いたら赤点になるくらいの位置に毎回いる感じなので、毎回テスト前はバタバタとしてしまう。
けど、咲希ちゃんにはそんな欠点を補ってあまりある程の、周りから好かれる愛嬌があって、いつの間にか人の懐に入ってしまえる不思議な魅力がある。
なんと言うか、ナチュラルにコミュニティの中心にいるタイプだ。
少々人見知りしてしまう私からしてみれば、羨ましいことこの上ない。
「もしあいつだけ赤点で補修ってなったら、3人でのクリパの写真送り付けて煽り散らかしてやるところだったぞ」
「……海斗君って普通に性格悪いですよね」
「いい性格してるって言ってくれ」
ジトリとした視線を送ると、さらりと躱される。
まったくこの人は……本当に掴み所が無く、飄々としている人だ。
そうこうしている内に、私の家が見えてきた。
ちなみにここから徒歩5分くらいの距離に、海斗君の住んでいる部屋がある。
「今日はうちに来るのか?」
「そうですね。予定も無いですし、お邪魔します」
「分かった。それじゃ後でな」
そう言って、海斗君が家の前から歩き出そうとしたタイミングで、家のドアが開く。
中から出てきたのは、私と同じ銀髪の女性。
「お帰りなさい。凪ちゃん、海斗君」
私たちの顔を見るなり、お母さんがそう口にする。
「ただいま。お母さん」
「こんにちは。紗奈さん」
多分、私たちの声、というよりは海斗君の声が聞こえたからってわざわざ顔を見せにきたのだろう。
「すみません。今日も娘さんをお借りします」
「いいわよー。なんならそのまま貰ってくれても」
「ちょっ!? お母さん! そういうのはやめてって何度も言ってるじゃないですか!」
お母さんのからかい混じりの言葉に、私は慌てふためく。
この人、海斗君のこともしっかりと気に入っているので、私たちが一緒にいると、こうして関係をからかってくるのだ。
周りからいつものように言われているから慣れてはいるけど、身内からの色恋沙汰絡みのいじりは鬱陶しいだけだ。
そもそも私たちの気持ちがどこにあって、どういう結末を迎えたのかも知っているくせに、我が母親ながら悪趣味極まりない。
お母さんの言葉に、海斗君は慣れたものと言わんばかりに慌てるでもなく、
「いえ、凪は俺なんかには勿体なさ過ぎますよ。あとでしっかりとお届けさせてお返しさせてもらいますので」
「そう? 残念ね」
お母さんの方もにこにことしているだけで、なんだか慌てている私が子供みたいだ。
私がむくれていると、海斗君はお母さんとの会話もそこそこに打ち切り、去っていく。
その後ろ姿を見送って、家に入った私は、不機嫌なのを隠そうとせずに一緒に家に入ってきたお母さんに開口一番、文句をぶつける。
「まったく! お母さんはいつになったらああいうのをやめてくれるんですか!? 私と海斗君はそんな関係じゃないって何度何度も言ってますよね!? どうして執拗に私と海斗君をそういう仲にしたがるんですか!」
「そりゃ、親としては自分が安心出来る人に娘をお願いしたいじゃない? その点、海斗君なら安心して凪ちゃんを任せられるもの」
「余計なお世話もいいところですよ! それに、海斗君を蓮君の代わりみたいに言うのは彼に失礼です!」
「そんなつもりはないわよ? 私は蓮君も海斗君も同じくらい信用してるもの」
こっちが怒っているというのに、どこまでもケロッとしていて悪びれないお母さんに頭痛がしてくる。
それは、私だって蓮君を除けば、1番信頼している異性は真っ先に海斗君と答える。
でも、それは本当に周りが思っているような感情じゃない。
先のことは正直分からないけど、少なくとも、今は違うと言い切れる。
(今の恋が叶わなかったからって、すぐに別の人を好きになったり出来るわけないじゃないですか)
それこそ、海斗君を蓮君の代わりとするような、最低の行為。
誰から何を言われたところで、私は海斗君の信頼を裏切るようなことはしたくない。
お母さんにそれを言っても納得しないだろうけど。
私はそっと諦めのため息を吐いて、海斗君の部屋に行く準備を始めたのだった。
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