第3話 部屋での2人

「クリスマス?」


 放課後、俺の部屋。

 いつものように部屋にやってきた凪の口から、そんな言葉が投げかけられた。


「はい。元々なら、4人でクリスマスパーティをしようって話になってたじゃないですか」

「ああ、そうだな」

「でも、蓮君と咲希ちゃんは付き合ってしまったわけですし……となると、クリスマスは2人きりにさせてあげた方がいいと思うんです」

「……だよなぁ」


 付き合って初めてのクリスマス。

 それがカップルにとってどれだけ大事なイベントなのか、言うまでもないだろう。


「けど、今日のあいつらのあの感じだと、それは難しいと思うぞ」

「ですね。まさか、2人でご飯を食べるのすら緊張すると言い出すとは……」


 2人揃って、ため息を吐き出す。

 

「……まあ、奥手ってことに関しては俺たちはあまりあいつらをつつけないわけなんだが」

「……それはあまり言わないことにしましょうよ」


 そう。あいつらのことを奥手奥手だと言っている俺たちこそ、幼馴染というポジションにあぐらをかいて、行動すら出来なかった敗北者たちなのだから。

 負け犬2人、ずーんと肩を落とす。


「で、このままだとあいつらの初々しくて甘酸っぱいクリスマスデートを近くで見守らないといけなくなるわけだけど」

「悪夢ですね。まだまったく傷の癒えていない私たちにとって」

「傷口に塩を塗り込む行為過ぎるよな」


 そんなことしてたら、いつまでもカサブタにすらなりはしない。


「別にあの2人と親交を断つって話じゃないんだけどな」

「難しい話ですよね。その、色々と交流の頻度というか、バランスというか……」


 べったりし過ぎると、俺たちがしんどくなる。

 逆に、急に距離を取るとあいつらをいたずらに傷付けて、変に人間関係を拗らせることになる。


 俺たちの気持ちが知られることになれば、あいつらは絶対に変な気を遣い始めるだろう。

 それだけは避けたいところだ。


 あいつらには、なんの憂いも無く幸せになってほしい。

 そうでもしないと、俺たちが自分の気持ちを呑み込んで、あいつらが付き合う手伝いをした意味が無くなってしまう。


 まったく、自分たちで選んだこととはいえ、難儀な立ち位置だ。


「ココア、出来ましたよ」

「おー、ありがと」


 凪がリビングからマグカップを2つ持ってきて、こたつに戻ってくる。

 足を入れると、凪ははふぅと気の抜けた息を漏らす。


「やっぱり部屋にこたつがあるっていいですねー。一人暮らしも含めて羨ましいです」

「まあ、うちは昔からそういう決まりだったからな」


 うちの家では高校生になったら将来のことを考えて、早めに一人暮らしをさせる問いう決まりになっていたので、俺はこうして一人暮らしを謳歌しているというわけだ。


 最初はどうなることかと思ったが、なんだかんだ、こうして友達が部屋に来て、毎日楽しくやっているし、家事も覚えたし、凪が手伝ってくれることが多いからどうにかなっている。


「うちはお父さんが過保護なので、一人暮らしの機会はまだまだ先になりそうです」

「その過保護なお父さん、一人暮らしの男の部屋に娘が上がってるって聞いたら卒倒しない?」

「大丈夫ですよ。お母さんにはちゃんと話してますし、何度か顔を合わせて、お母さんは海斗君のことも信用してくれてるみたいですし」

「そりゃありがたい限りだけどな」

 

 凪のお母さんとは、まあ、この8ヶ月の付き合いですっかり顔馴染みになってしまっている。

 と言うのも、凪はうちで夕食を食べる機会も多くて、その時は俺が凪を家まで送り届けているからだ。


「それに、過保護ですけど信用されて無いわけじゃないですし。もしお父さんに知られても自慢の娘と言ってもらえるだけの実績は積んできたつもりですので。最終的には海斗君の部屋に上がるのも納得してくれると思いますよ」

「その最終的にの前に、1発俺が殴られるっていう行程が入ってないことを祈るよ」


 お父さんにバレた時のことは、今は考えないようにしよう。うん。


「で、話は戻ってクリスマスのことだけど。……どうする?」

「……どうしましょうか」


 いや、本当どうしたもんかね。

 俺はココアを一口含み、ほうと息を吐き出す。


「まあ、クリパは予定通りやるんでいいんじゃないか? そっちはキャンセルする理由もないし」

「そうですね。せっかくですし、大きなチキンを焼きましょうか。他にも色々と作りますよ」

「ああ、いいな。凪の料理は美味いし」

「ありがとうございます。喜んでもらえるように頑張りますね」

「ああ。触発されて一緒に料理を手伝おうとする奴の指導の方もぜひ頑張ってくれ」


 凪の顔から表情が消えていく。


「……やっぱり、言い出しますかね。咲希ちゃん」

「言い出すだろうな」


 ぶっちゃけ、咲希は料理が下手だ。

 なんと言うか、味覚がずれてるとかじゃなくて、これ入れたら美味しそうを実行しちゃうタイプ。あとはなにかと大雑把で、調味料を目分量で入れちゃうタイプ。


「まあ、出来上がったものは彼氏が責任持って平らげてくれるだろ。愛のパワーとやらで」

「そうですね。蓮君に頑張ってもらいましょう」


 俺はまだ咲希のことを好きだけど、あいつの料理の腕だけは本当に信じていない。

 凪も凪で、蓮のことをまだ好きだけど、咲希の料理を食うぐらいなら犠牲にすることを選ぶ。


 それくらい、咲希の料理はまずい。


「んで、クリパの途中でデートに追い出す感じでいいだろ」

「もしごねて行かなかったら?」

「意地でも行かせるよ。そもそも、恥ずかしいとか緊張するとかの理由でクリスマスデート行けない、なんて言い出したらもう別れた方がいい」


 普通に説教レベルだし、そんなの付き合ってる意味もない。

 

 どうか、そこまで面倒見させてくれるなよと願っていると、俺の腹が大きく鳴った。

 時間が時間だし、食べ物の話もしていたせいで腹が減ってきた。


「そろそろ飯にでもするか。凪も食べていくだろ?」

「では、ご相伴に預かります。今日はなにを作る予定ですか?」

「鍋にしようかと思っていたところだ」

「いいですね。私もお手伝いしますよ」

「頼んだ」


 俺と凪は、2人でキッチンに行って、下ごしらえを始めた。

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