負けヒーローと負けヒロインが、いずれ付き合うまでの物語

戸来空朝

第1話 ラブコメで言うところのクライマックスシーン

「——わ、わたし……! あなたのことが好き!」


 目の前で行われる大好きな幼馴染の告白。

 

 俺、真嶋海斗まじまかいとはそんな幸福に満ちる状況の中、安堵と悔しさ、喜びと悲しみと切なさというどちらかと言えば苦味の方が強めな様々な感情がブレンドされた気持ちでいた。


 好きな人からの告白なのに、俺がどうしてそんな複雑な感情でいるのかというと、答えは単純明快。


「——お、俺も……! ずっと、君のことが好きだった!」


 ——たった今告白を受けた相手が俺じゃないからだ。


 俺の幼馴染、水瀬咲希みなせさきが告白しているのは俺の親友、風間蓮かざまれん


 2人は俺から少し離れたところで、想いを重ね合い、幸せそうに笑っている。


 そんな幸せな光景を眺めている俺の横で、鼻を啜るような音が聞こえてきた。

 

 隣に目をやると、視界に映るのは日本人離れした銀髪の煌めきを持つ、小柄な女の子。


 俺と同じ光景を隣で眺めていた、銀髪と並ぶくらいの象徴である青い瞳から、涙が溢れていた。


「大丈夫か?」

「……大丈夫なように、見えますか」


 嗚咽を堪えるように返ってきた声音に、俺は軽く鼻を鳴らす。


「言い返せる気力があるなら大丈夫そうだな」


 そう言うと、ぐしりと腕で目を拭った少女、氷高凪ひだかなぎが不服を隠そうともしない目をして、俺を見上げてくる。


「あなたという人は……同じ境遇の仲間を普通に励ませないのですか?」


 同じ境遇の仲間。

 その言葉に、俺は今までの、こいつと一緒に奮闘してきた日々を思い出す。


 こいつ、氷高凪との関係を説明して、一言で表すなら、戦友と言うのが1番相応しいだろう。


 なんせ、こいつは俺の親友、風間蓮の幼馴染で、蓮のことが好きで、俺の幼馴染で想い人の水瀬咲希の親友なのだから。


 俺たちは、互いの親友が互いの幼馴染のことを好きだということを知って、その恋を叶える為に8ヶ月もの間、共同戦線を張ってきた仲だった。


「悪かったな。俺もそんなに余裕ないんだよ。軽口でも叩いてないと、やってられないんだよ」


 まったくもって、情けないことこの上ない。

 が、10年来の片思いが終わったということを加味して、どうかご容赦いただきたいところだ。


 俺は目の前の幸せを、瞼に焼き付けるようにしばらく眺めてから、静かに目を閉じて、大きく息を吐き出した。


「……まあ、とにかくこれで、めでたく俺たちもお役ごめんってわけだ」

「そうですね。……まったく、世話の焼ける人たちでしたね」


 お互いに苦笑のなりそこないみたいな顔をして、笑い合う。

 本当に、大変だった。


 割と入学してから間もなく、咲希と蓮は同じタイミングでお互いのことを意識し始めた、というのは凪との情報交換で知っていたが、なにせ、2人とも奥手が過ぎるときたもんだ。


 そのくせ、俺たちから見てもお似合いな雰囲気を醸し出して、驚くほどに想い合っているもんだから、見ててとにかくやきもきしたし、もう何度、無理矢理告白させてやろうかと思ったか。


 けど、そんな日々もこれでようやく終わりを告げるわけだ。

 俺は、改めて凪に向き直る。


「お疲れ様」

「……はい。海斗君もお疲れ様でした」

「ああ。……ひとまず、俺たちの共同戦線も、今日で解散だな」

「……ぁ」


 告げると、俺の言いたいことを察したらしい凪の瞳が分かりやすく揺れた。

 言わなくても伝わっていると分かっているが、俺は敢えて言葉に変える。


「だから、もう、わざわざ俺の部屋に集まったりしなくてもよくなるってことだな」


 お互いの幼馴染の恋を叶えるという状況だったので、俺たちは毎日のように2人で会って作戦を立てたりしていた。


 でも、それは本来ならおかしなことだ。

 付き合ってもいない、異性が毎日一人暮らしの男の部屋に来るなんて、どう考えたってよくないだろう。


 俺たちは、お互いに本来、あるべき距離感へと戻ることになる。


 凪は、なにも返してこない。

 これ以上、俺から言えることもなにもない。

 

 結局、咲希と蓮がこっちに戻ってくるまで、俺と凪が言葉を交わすことはなく、色々な終わりを目の前にした凪がなにを思っていたのかは、分からずじまいだった。



 その日の夜。

 部屋に戻ってきた俺は、なにをするにも、どうにもやる気が起きず、ただただぼんやりと時間を過ごしていた。


「……はぁ。本当に終わっちまったんだよな」


 長かったのに、短かった。

 あいつらと出会ったのが4月で、今は冬休みを目前にした12月。出会ってからの8ヶ月はそれこそ飛ぶように過ぎていったと思う。


「悔しさも、悲しさもあるけど……やっぱり上手くいってよかったよな」


 自分に言い聞かせていると、ぴん、ぽぉーんとどこか控えめなチャイムの音が鳴り響いた。


 正直、今誰かに会うのは気分的に億劫でしょうがない。

 でも、居留守を使うのは良心が咎めるし、出ないわけにはいかない。

 

 俺はやや緩慢な動作で立ち上がり、モニターを覗き込んで、

 

「え……?」


 思わず、声を漏らした。

 怪訝に思いながらも、俺は玄関へと向かい、鍵と扉を開けた。


 そこに立っていたのは、凪だった。

 

「どうした? なんか私物置きっぱなしだったか?」


 しっかり者のこいつがそんなことするとは思えないけど。

 凪って基本的に俺の部屋に物置きっぱにしないし。


 尋ねると、凪はどこか居心地が悪そうに、体を揺すりつつ、バツが悪そうに見上げてくる。


「い、いえ……そういうわけでは、ないのですが……」

「じゃあ、どうした?」


 再度聞くと、凪は言葉を探すように口を開けたり閉めたりを繰り返して、やがて意を決したように、そっと口を開いた。


「……さ」

「こ?」

「……さ、寂しいと思ってしまったのです」


 その呟きに、俺は目を見開く。

 1度声に出してしまえば、吹っ切れたのか、凪は目に力を宿して俺を見てくる。


「確かに、私たちの関係は少し特殊で……本来なら、このように男の子のお部屋に何度も上がるのは正しいとは思えません」

「……」

「でも、あの2人が付き合って、私たちの恋が終わったからと言って……あなたと過ごし、培ってきた時間とかまで、簡単に手放して薄れさせてしまうのは……」


 きゅっと、凪の拳が握られる。


「私は、嫌なんです」


 紡がれた気持ちは、どこまでも真っ直ぐ。

 俺は、そんな真っ直ぐな声と、瞳を少しだけ見つめてから、


「……そうだな」


 静かに笑みを返す。


「確かに、しばらくはお互いの傷を舐め合う相手が必要だな」

「そう言うことです。なにせ、私たちは同じところに同じ傷が付いているのですから」


 俺たちが経験したのは、境遇がまったく同じもの。

 そう考えると、今の俺と凪にとって、お互いほど慰め合うのに適した相手はいないわけだ。


「とりあえず上がるか? ココアくらいなら出すぞ」

「……では、少しだけ。お邪魔します」


 俺たちの共同戦線は終わりを告げた。

 でも、この奇妙な縁で結ばれた友人関係は、どうやらまだ、しばらく続きそうらしい。

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