地球で最も人気な奴を勇者として呼んだら、文化侵略された件について!

たんぼ

第1話 真っ赤なオジサン、サンタクロース

「報告します!天使セラフィーナ様が召喚した勇者殿、魔王軍のゴブリン部隊と交戦の末に敗退!」

「何だと!?」

 伝令が悲痛な声を上げながら凶報を持って来た。

 私を含め、天界の天使たちは沈鬱な面持ちを浮かべている。

「それで、セラフィーナはどうした?勇者殿は?」

 天使を統べる長老がオロオロとした声で伝令に尋ねる。

 あなたが弱気になってどうするのよ、と一言物申したかったが、私も長老の気持ちが分かるので何も言わないことにした。

「…………逃げおおせた様子ですが、行方は分かりません」

「何と…………無事なら良いが。ご苦労だった。下がりなさい」

「……はっ」

 伝令が下がる。天使が集う宮殿の広間に重苦しい空気が立ち込めていた。

 無理もない。突如現れた魔王が、下界に住む人々と天界に戦争を仕掛けてきてから半年以上経つ。その間、私たちを喜ばせた報告はほとんどない。

 下界のいた冒険者や冒険者ギルドは魔王軍の前に成す術もなく敗れ去り、私たちが異世界から召喚した勇者たちも勝てなかった。成果らしい成果はないと思う。強いて言えば、敵の進軍速度を少し遅らせた程度だろう。

「天使シルヴィ!」

 長老が私の名前を呼んだ。長老に呼ばれたら立ち上がらなくてはならない。ここでの仕切りたりだ。

「ここに」

「天使シルヴィ、次はお主の番だ。分かっているな?」

「はい」

「よろしい。それでは勇者召喚の準備にかかりなさい。整い次第、虹の泉へ行くのだ」

「かしこまりました」

「うむ。さあ行きなさい」

 長老と彼を囲むように座っている姉妹たちに頭を下げて、私は広間を後にした。

 向かう先は虹の泉と呼ばれている部屋だ。

 虹の泉は、私たちの世界であるフィンディラムと異なる別世界を結ぶ懸け橋のようなものだ。高度な召喚術を使える者だけが立ち入りを許可されている。

 召喚術は術者の念に感応して、別の世界から最もふさわしい者を選びフィンディラムに召喚する術だ。天使の中でも召喚術を扱えるのは数える程度しかいない。私もその一人だ。

 長老からの命令が下った今、私は勇者を召喚し、魔王軍に立ち向かわなければならなくなった。フィンディラムの行く末を担っていると思うと、胸が高鳴って張り裂けそうだった。責任重大だ。何としてでもやり遂げなければならない。

 白亜に輝く宮殿を歩いて行く。宮殿の衛兵たちが私に向かって敬礼をしてくれる。歩きながらではあるけれど、答礼する。彼らの表情は暗く重い。宮殿の輝きのせいでそれが余計に目立っていた。

 虹の泉に続く扉へやって来る。扉は長老の許可がなければ微動だにしない。そういう魔法がかけられている。誰も破ることはできない。

 私が手をかざすと、扉はひとりでに開いた。部屋に入ると扉は閉ざされて、しばらくの間、室内は真っ暗になった。待っていると、徐々に足元が虹色に光りはじめて、床が水面のように波打っている。光の粒子が揺蕩っている様子はとても綺麗だった。こんな状況でなければ、いつまでも見ていたいのに。

 気を取り直して、私は、勇者を呼び出す世界を選ぶ。候補はほとんど残されていない。と言うのも、一度勇者を呼び出した世界からの召喚はできなくなるのだ。時間が経てば再召喚できるようにならしいけれど、仕組みはよく分からない。

 悠長に待っている時間はないので、二つの候補の内の一つ、テラディラムを召喚元の世界に選んだ。

 目を閉じて、どのような勇者を召喚するのか頭に思い浮かべる。そして決まり文句を口に出し、呪文として詠唱する。

「世界をつなぐ虹の雫よ、異界テラディラムにおいて、最も強い聖なる力を持ち、最も知名度、人気のある者を我が世界へと顕現させよ。大天使の名のもとに天使シルヴィが命じる!輝きよ、彼の者を導かん!」

 詠唱が終わると少しの間があった。何の変化もない。私は呪文を間違えたのかと思い、何度も頭の中で繰り返し確かめた。これで合っているはずだ。問題はない、と思う。

 そうしている間に、水面が輝きを増し、穏やかな波がさざ波となりやがては光の渦へと姿を変えた。

 私は一歩下がり渦の中から現れる勇者を待った。

 邪悪な存在に対抗するには清らかな心を持ち、かつ力強い聖人でなければならない。これまで姉妹たちが召喚した者たちにはそれが足りなかったと思う。だからゴブリンにすら勝てないのだろう。

 私が呼び出したのはテラディラムで最も強い聖人だ。自分の判断は間違っていないと思いたい。

 渦の動きが緩慢になり、ゆっくりと消え去っていく。水柱の向こう側から勇者が姿を現した。

 勇者は赤い帽子を被り、帽子と同じ赤い色をしたコートとズボンを着こなしていた。腹が大きく前に張り出して、胸の辺りまで長く白い髭が伸びている。眼鏡の奥にある琥珀色の双眸からは、これでもかと人の好さが滲み出ていた。

「ホー、ホー、ホー!メリークリスマス!!」

「…………え?」

 それが、真っ赤なオジサン、サンタクロースとの出会いだった。

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