紅葉の道に息づく
星乃
前編
私には自分のものではない記憶がある。
紅葉の朱に包まれながら大切な誰かとゆっくり歩く、まるでロードムービーのような景色。
その誰か、がどんな人なのかは判然としない。体格、背格好は自分と同じ。それぐらいしか分からない。なのに何故か、私と歩いている時その人は絶対に笑顔であることだけは分かる。
この記憶を、私は小学校一年生の時に見た。下校途中、頭の中に降ってくるように突然流れた。何かの映画とかドラマの映像を急に思い出しただけとは思えないリアル感だった。
それに、その記憶には感情も付随していた。寂しさを感じるほど切ないのに、それを打ち消すような甘ったるさもある、矛盾した心。
だから私は、これは前世の記憶なのではないかと思っている。
紅葉を見たくて、久しぶりに遠出をした。近くでも見られるけれど、同じ場所でなくとも記憶の中にある紅葉の道のような場所を歩きたかったから。
バスを乗り継いでしばらく歩くと、立ち並ぶ紅葉達が見えてきた。いろいろ調べた中で、ここが一番記憶の中の景色と近かった。実際目にしてみても、やっぱり記憶と重なって見えて、ここにして良かったと思う。
平日の昼過ぎだからなのか思っていたよりも人は少なくて、自分のペースで見ていられそうだ。進んでいるのかどうか分からないぐらいの速度で歩いていく。
晴れた空に紅葉の朱が映えていて、吸う空気さえも清々しい。見とれていたらいつしか少しの肌寒さも気にならなくなっていた。
秋の柔らかな風が吹いて、瞳を閉じて木々のざわめきに耳を澄ます。深呼吸をしてから目を開くと、突然前を歩いていた人がその場に蹲った。
「あの、大丈夫ですか……?」
近寄って声をかければ、少しの間の後「すみません、大丈夫です」と彼は立ち上がる。けれど、言葉とは裏腹にずっとまばたきを繰り返していて、心配で様子を窺っていたら、それに気づいた彼は苦笑する。
「すみません、なんか大丈夫そうに見えなかったですよね。……こんなこと言っても信じてもらえないかもなんですけど、さっき突然ここに似た場所の記憶を見たんです。自分なのかは分からないけど、誰かと一緒にここみたいな場所を歩いてる……。でも、ここ来たの初めてだったよなーって不思議で、ぼーっとしてました」
衝撃で、一瞬息が止まった。まさか、もしかしてと、驚きと期待が頭を駆け巡る。
「えっ、あの、私も小学生の時、誰かとここと似たような場所を歩いている記憶見ました」
「えっ、マジですか」
彼も目を見開いて驚いている。その様子から嘘をついているとは思われてなさそうだけど、もう少ししっかり、同じ記憶なのかどうか確かめたかった。
記憶の中に、何か決定的な共通するものがあれば良いのだけれど。
心の中で唸りながら、繰り返し思い出し続けた記憶からヒントになりそうなものを探す。だけど、目印になりそうなものはなかった。
「記憶の中で、一緒にいる相手の顔ってはっきりと見えました……?私はぼんやりとしていて見えなかったんですけど……」
「あっ、僕も見えなかったです!けど、ぼんやりしてても相手は笑顔なんだろうなってことだけは、なんとなく分かりました」
「同じです。見えないのに相手は笑顔なんだって何故か分かって……それに、その時の感情もあって。自分のものじゃないのにリアルで」
「分かります。なんか、確かに自分の中にあるのに自分じゃなくて、でも自分のような気もしてくるんですよね」
「そう、そうなんです」
紅葉の記憶を見たときの、あの不思議な感覚を共有できる相手がいるなんて思ってもみなかった。
「こんなことって、あるんですね」
人の良さそうな笑顔に思わず気が緩みそうになる。奇跡的なことが起こったとはいえ、初対面の相手にここまで安心感を得るのはそうそうない。
「そうだ、良かったら連絡先――」
だけど、彼が何を言おうとしているのか分かった途端、急速な焦燥感に包まれた。
「あの、すみません」
彼の言葉を遮って、元来た道を全速力で走り出す。
走りながら、高校時代のあまり思い出したくない記憶が蘇った。
あの時、私は選択肢を間違えた。いつも一緒にいる子達がいたのに、皆と違うものを選んだら、あっという間に輪から外れてしまった。
以来、私は精神的に人と距離が近づくことが怖くなってしまった。
目の前の人が皆そういうことをする人ばかりじゃないなんて分かっている。
だけど、どうしようもなく怖い。拒絶されることが。
申し訳ない気持ちと後悔でいっぱいになって、その日はベッドに入っても寝返りをうつばかりで眠れなかった。
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