馬車旅! 乗合馬車・乗り継ぎ旅
うっさこ
0日目 スタート地点 ナルマディ
酒場で四人、一つのテーブルに目して顔を突き合わせていた。
「ボク達がここに呼び集められたのは、もしかして。」
四人の中、紅一点のショートカットの女性が、一人の顔を見て言った。
「馬車旅です。」
返ってきた言葉に彼女は思わず頭に手を当ててため息を吐く。
彼が返答と同時に取り出し掲げた本がテーブルの中央に置かれる。
『馬車旅 乗合馬車・乗り継ぎ旅 5』
本には題字でそう記されている。
「では改めまして。ガターです。一応面識はありましたよね、旅の詩人をやってます。」
ガターを名乗った男は、彼女に礼を払う。名前ともによく通る声が周囲に響くと、近場のテーブル客が振り返り、そのテーブルを凝視する。
「うん。確か、帝国ミレネイルのペアレスで、何度か遠目にご一緒を。ボクは旅の芸人をしてます、イラです。」
挨拶を受けて、イラと名乗った彼女は他三名に会釈を返す。彼女は眼の前のガターを除いて、他二人には面識がなかった。
「私ははじめましてですね。作家のビーエです。」
小太り初老の男が、眼の前の皿に置かれた茹で海老の皮を剥き、塩を振りながら続ける。
「旅の主催者で、出資者の呼び集めや旅の裏方を行う、ラサワです。」
最期に声を発したのはラフな格好をした背の低い無精髭の男であった。
「というわけで、イラさん。今回の客演女性枠、という事でよろしくお願いします。」
「何が、巡業の依頼だよぉおおおお!何が旅の一座のお助け枠だよぉぉおおお!」
イラは手近にあったエールの入った木ジョッキをテーブルに叩きつけた。
中に注がれたエールの泡が飛び散って、ビーエが食べていた海老に盛大に降り注いだ。
馬車旅 乗合馬車・乗り継ぎ旅。
十年ほど前から、酒場で食事や酒を待つ間の暇つぶしの読み物として置かれるようになった物語である。
大きめの商会や組合に行けば、製本されたものが販売もされているが、作品と提携した酒場や宿泊所で、断片を得ることが出来る。
その断片を集めて自分で冊子を作ること。それを旅の娯楽にする荷運び商人も決して少なくない。
既に五冊分が発行されており、一つの酒場に配布断片が二つ有る事もある。
商会や組合で求める場合に添えられた巻末にはその出資者、協力者たちが名を連ねているが、その面々は、舞台になった国の重役の名前も入っており、各国共同の国策の一環なのではないかと噂にもなっている。
ガターはこの作品で大きく名前を売り、一説には、周辺国の乗合馬車の運行表を全て暗記しているのではないかとすら言われていた。
実際そんなことはないのだが、名前が売れたことで、本業の詩人業が減って、馬車で旅することが仕事になっているとまで噂されている。
そんな旅には、相方のビーエと共に、毎回、客演女性枠として、著名な女性芸人が参加する事が慣例となっていた。
イラも巡業の酒場で、待合の間にこの乗合馬車乗り継ぎ旅の冊子を読んだことが有る。
第三弾の冊子は知り合いの協力も経てなんとか完成し、製本もしているぐらいには、面白かったことも理解している。
「簡単に決まりを説明しますね。使用できるのは乗合馬車と徒歩だけです。鉄道や船の使用はできません。貸し切り馬車の手配もできません。」
「うへぇ。本当にそれなんですね。今からでも断れますか?」
イラはガターにそれを問うと、彼は静かに首を左右振って、ラサワに視線を向ける。
「イラさんが参加するって事で、もう組合から今回の出資者に伝達してもらっています。旅先の運営の方にも連絡してますので。」
「ですよねー。」
ラサワの言葉に、彼女は目を泳がせてため息を吐き出す。
「今回の第六弾は、ここ西の果てナルマディを出発し、東のスラール三国バルドーの東端、ベル・ラルタ海峡まで、乾季の五十日を期限で向かいます。」
「無茶だなぁ。相変わらず。」
ビーエが頬張った海老の肉を飲み込み、呆れた顔をする。
「無理だよ。こんなの出来るわけ無いじゃん。」
それを発したガターも呆れた顔で彼に返す。手に持った次第の書かれた紙を放り投げる。
既に熟練者である二人の言い草に、イラは口を開けて放心する。
詳しくはないものの、それがおそらくは無理であろうことを、彼女も直感で理解していた。
「今回は、紛争地帯はありません。今のところ。後、検証で雨季に裏方側で各国協力の元、試走もしてます。」
「第四弾は行軍で馬車が止められたり、街道が封鎖されたり散々だったからね。一応、試走したってのは素直に褒められるけど、国の協力でやったんじゃ、乗合馬車じゃないじゃん。」
ラサワの言に、ガターは苦笑いを浮かべつつ反論をする。
「あの、第四弾まだ結末知らないんですけど。」
テーブルの隅で小さくなっていたイラが挙手をして三人に話しかける。
「第四弾は目標失敗しました。本にはなってるけどね。失敗しても成功しても、本にはなります。旅が終わったら、製本版、送ってもらえるから。仕事だからね。ちゃんと報酬も出る。」
ガターの返答に、彼女はやや安心をした後、改めて頭を抱える。
「今回も、目標達成して貰えると。協力国の組合とか出資の顔色良くなるのでお願いします。後、旅の資金は裏方で負担しますが、宿の交渉は皆さんでお願いします。」
ラサワが補足した内容に、ビーエが苦笑いを浮かべ、その顔を見てガターはため息を吐き出す。
「もう一度確認なんですが、今からでも断れますか?」
イラの生気の抜けた表情の問いに、三人は黙して首を振った。
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