ちょっぴりホラーな彼女の日常

いももち

でも、すぐに引越した

 幽霊、妖怪、怪異。

 そういうオカルトチックな存在というものは、あんまりよく見えていないだけで、わりかしすぐ近くでうぇいうぇい元気に人の側で暮らしてるもんだ。

 暮らしてるっていうか、存在してる? 住み着いてる? 居憑いてる? 正しい言葉はよく分からないけど、まあそんな感じ。



 でもまあ、あんまり気にする必要は無い。 

 気にしたってどうにもならんし、気にし過ぎる方が面倒なことになりやすいから。

 なんかいるなー、怖いなーとなったら、お笑い番組見てゲラゲラ笑って、お風呂入る時は大音量でソーラン節かけといたらいい。

 もしくは口ずさもう。大声で。転倒しないように気をつけながら、ちょっと踊ってみるのもいいかもしれない。



 ということを中学からの付き合いであり、唯一残っている友達の栗原に言えばなんか、「違う。そうじゃない」みたいな顔をされた。



「違う、そうじゃない」

「違うのか」



 顔だけではなく言葉でもしっかり伝えられてしまった。



「私の言い方が悪かった。怖くなくなる方法じゃなくて、アレを無力化もしくは無害化できるならして。いや、してください」



 平身低頭。見慣れた懇願姿勢。

 綺麗なつむじを眺めつつ、はてさてどうしたものかとうーんと天井を見上げる。



 突き刺さるような周囲からの視線とか、まあまあ人の多い喫茶店でよくも恥じらいなく全力で頭下げてくるなとか、そもそも自業自得じゃねえかとか。

 言いたいことは色々あったけど、まあ彼女は現状唯一残っている友達なので。

 死なれてしまっては後味が悪いし、ほっといたことを後悔しそうだから。

 これ見よがしに溜息を吐いて、テーブルの上。冷め切ったコーヒーが入ったカップを持ち上げぐいっと一気飲み。



「とりあえず、行ってみるだけ行ってみよっか」



 *



 中学時代からの付き合いで、唯一の友達である栗原奏くりはらかなでは元会社員で現作家だ。

 小説の投稿サイトでコツコツ書いていた小説の一つが何かの大きな賞を取り、そのまま作家デビュー。

 他に書いていた作品も順調に書籍化されて、作家としてやっていけるだろうと自信が付き、就職した会社を一年半で辞めたという経歴を持つ。



 昔から小説家になりたいと言っていたので、夢が叶ってよかったねと心から祝福したもんだ。

 入った会社も、こう、なんか色々とヤバい感じだったのでさっさと辞めてくれたのも本当によかったと思う。

 だがしかし。ネタ集めと称してオカルトスポットに行ったり、事故物件に住むのは馬鹿のやることだって涼子ちゃん思うわけ。



 しかも栗原ってばなんか変に持っているというか……オカルト関係のネタ集めしようとしたらガチ目にまずいのを当ててくるんだ。

 いやまあ、普段からまずいの以外にも体当たりしまくってるけど。ネタ集めしようとした時は、普通の人が絶対に手を出したらいけない領分にいるヤツと大体七割、八割の確率でかち合う。



 今回もネタの収集のためにと、わざわざ探し当ててきた目の前のこれも無駄に高い確率故に当たっちまったもの。



 ぱっと見は普通の、二階建ての木造のちょいとボロっちい感じのアパートだ。

 栗原曰くトレイはあるけど風呂は一階と二階の角部屋以外には無い。見た目はボロっちいが部屋自体は綺麗で、他のアパートなどと比べたら家賃がめちゃくちゃ安い分とてもお得だなんだと言っていた。

 駅も近く、コンビニやスーパーも徒歩十分圏内。銭湯も近くに二件ある。

 事故物件ということを除けば、本当に立地が良くて、家賃も安くいい所だ。事故物件だってことを除けば。



「今まともなのがびっくりなくらい酷いですね。誠にありがとうございます」

「ありがとうございますじゃないが??」



 シャワー付きだという二階の角部屋。そこが栗原の現在の住まい。

 玄関から入ってすぐ左に風呂場があって、右側にはトイレ。その先にリビングダイニング。

 真ん中にどーんと丸テーブルが置かれてて、部屋の隅っこには畳まれた布団が。

 部屋はあんまり物が無くて、想像していた男が一人暮している部屋と違い掃除がちゃんとされてて、すごく綺麗だ。わたしの部屋よりも遥かに。部屋って言っても現在泊まってるビジネスホテルの部屋だけど。



 だが、うん。

 こんな綺麗な部屋になんでこんなもんがあるんだろうなって、疑問に思っちまう黒いヘドロのような塊があっちこっちにへばりついているため、掃除されて綺麗なはずなのに微妙な嫌悪感。

 ベランダの窓にはピタッと貼り付いてじぃっと栗原に熱視線を送る顔面グチャドロォな女の人もいる。

 硫酸でもかけられたんですかね? 窓が血と溶けちゃったらしい肉だったもので真っ赤っかですね。



「人の心」

「あるからこうして自業自得な友達の頼み聞いてあげてんじゃん」

「お、おう……マジでごめん」

「ネタ探しするのはいいけど、程々にねー」



 新鮮なネタ発見したぜひゃっはー!! ってなるのは分かるけど、ちゃんと調べて危険かそうじゃないか分かるまではステイするべきよ。ほんとに。

 君がネタ探しのために行くオカルトスポットは、高確率でやべえオブやべえなとこだから。



 前に勤めてた会社? あれはそういうの関係無く単に運がめっちゃ悪かっただけ。

 ……栗原以外の人たち? 大体が運が無かったのと、残り一、二割くらいは良縁全部失くすようなことしちゃったからあの会社に行っちゃった感じだね。そんな気にしなくていいよ。



 っと、そんな過去のくだらん話は置いておいて。



「普通にまともな場所に引っ越した方がいいよ。このアパートからっていうか、この部屋からさえ離れられたらまあ大丈夫だから」

「……他の部屋へ移動した場合は?」

「正気ではいられるけど、めっちゃ憔悴しちゃうんじゃない? 首吊ろうって思うくらい」

「ここのも別の部屋のも無力化とか無害化とかできない感じ?」

「んー。できなくはない。ここのはとにかくし執念深くて恨みもちょー深い。他の部屋のはそうでもないけど、無力化していった端から新しく補充されてきて、危害を加えてくるようになる。一匹倒しても第二第三どころか、第十ぐらいまでくるから」

「台所の悪魔か何かか??」



 ポツリと呟く栗原。まあそれに近い感じではあるよね。

 アレはいくら倒しても倒しても新しいのが来るし。そもそも一匹見かけたら、三十匹か百匹いるし。

 積極的に人を殺しにはこないけどねー。代わりに精神力はゴリっと削ってくる。まあ数日で回復する程度だけど。



 奴の話はさておき。とりあえずの対処法はさっさと引っ越して逃げる一択。これに限る。特にこの部屋の相手なら。

 他の部屋ならね、別に逃げなきゃいけない程じゃないんけどね。精神力を毎日少しずつ少しずつ削って、緩やか〜に殺しに来るけど。まあまだマシだ。殺意が低いくて猶予期間も長い。二、三年くらいはある。



 でもここのはなー。無力化できんこともないけど、憎しみと怨みと怒りが強過ぎるんよー。

 頑張っても最短で半年はかかる。そしてその間に栗原は逃げねば死ぬ。

 部屋から出たら助かるだけめっちゃめちゃに良心的だがね。逃げ出したところで「逃がさないぞ⭐︎」って、追いかけてくるいやーなタイプのが多いのだ。こういうのって。



 そういういやーなタイプだった場合、物理で語り合わねばならないとこだったけど。

 今回はそういうの無さそうですよかったよかった。



「ここに来てまだ一週間なのにもう引越ししなきゃなのか……。元々長居する気はなかったけど……せめてあと一月くらいはどうにかなりません?」

「ならんことはない。あともう一週間くらいしたら、風呂入った時と出た後、それからおやすみ前にちょっと怖いもの見ることになるけど」

「……ちなみに何が見えるんです??」

「顔面グチャドロォな女の人のドアップ。血が垂れてくる演出付き」

「今からちょっと荷物まとめてネカフェ行く準備するわ」

「物件見に行く時は一応ついてくねー」



 そんなこんながあった一月後。

 栗原は曰くも何も無い、ごくごく普通のアパートに引越しすることになった。

 ただまあ、彼女の選んだ部屋はなんでかトイレの床と壁が真新しくとても綺麗だったけれど。誰か突然の心臓発作で孤独死して、二週間くらい放置されでもしたんすかね。



 何はともあれ綺麗なのはいいことだ。臭いなんてちっともしないから気にすることじゃない。

 部屋の隅っこに体育座りしてるモノがいても。気にすることじゃないのだ。



 だって害が無くて、この部屋の新しい住人となる彼女にはなにも見えはしないのだから。

 そこにはなにもいない。

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