2.触れてはならぬ華

「ほらほらどうしたってんですかい? 俺はまだまだ戦えるですぜ! かかってきなすって!」


 質問をしているのに、「戦える」や「かかってこい」と返すテリーラ。


 カディはまだ口を開いていないが、まともな会話にはならないと確信した。


「何でこの人、こんなに強気なの?」


「わかりません。何故かずっとこうなのです」


 ルルカが聞き、隊員が返す。


 鉄格子を隔てながらも、テリーラはシャドゥボクシングを続けている。拳を振るう時は「シッ!」と口にするのも忘れない。


 本人はかかってこいと言ったが、その独特な敬語と奇行ぶりから、隊員達は近づこうとしない。そもそも牢越しだ。


「私は仲間のことは言いませんぜ! そしてここで寝泊まりするつもりもありやしないですぜ!」


 長らく使われていない牢屋。人が入らないから、清掃も最低限。鍵の確認などもめったにしない。


 例え壊れていても、すぐには気づかないだろう。


「まぁまぁ、そう威嚇しないで」


 わがままな子どもを落ち着かせるように言いながら、レルファが近づいた――その瞬間だった。


「好機!」


 テリーラは牢屋の扉を蹴り開けると、素早い動きでレルファの後ろに回り込み腕を取った。


 牢屋の鍵は劣化していた。その上、テリーラの細工も重なり、蹴り飛ばしただけで壊れるようになっていたのだ。


「レルファさん!」


 ルルカが叫び、兵隊が構える。当の本人は慌てる様子もなく「あらら……」と呟いていた。


「すいませんですレルファさん。悪いようにはしませんので、少しこらえてください」


 テリーラはレルファにだけ聞こえるように囁いた。怪我や病気の人間が居れば、誰彼構わず治療をするレルファ。カディよりも良い意味で有名な彼女は、当然CVにも顔が知られている。


 レルファをよく知るカディは助けようともせず、壊れた牢屋の鍵を見ていた。力ではなく、細工で壊したと気付いたカディは、少しつまらなそうな顔をした。


「カディ! 助けなくていいの!? レルファさんが!」


「ほっときなよ。大丈夫だから」


 スレッドの返事を聞いて「だ、大丈夫?」と困惑気味に返すルルカ。テリーラは「考えを読まれているのか?」と錯覚した。


「そうですねぇ……」


 レルファが自分の唇をなぞる。場に合わない妖艶な仕草を見て、テリーラはもちろん、SOの隊員たちも釘付けになった。


 異性を惑わすことにおいて、レルファの右に出るものはいない。


 見た目、声、匂い、優しさ。ありとあらゆる要素が、異性を狂わせるためにできている。


「どんな事情があれ、私に触れるのはご法度ですよ」


 レルファはそう言うと、なぞった指をテリーラの唇に当てた。


 どう取り繕おうが結局は人質。自分が助かるための盾であり、逃げるための道具に使われるのは、プライドが許さない。


「い、いけませんぜレルファさん。俺にはダリアっていう心に決め――」


 それを遮るように、開いた口に指をゆっくりと入れていくレルファ。テリーラは指を舐めないよう舌を避難させる。しかし口内にある指は、舌を探すように動き、標的を見つけると、それを撫で回した。柔らかい感触とかつてない快感がテリーラの舌と欲を刺激し……妙な味が口内に広まった。


「た……人が」


 だが、それに気付いた頃にはもう遅い。テリーラは急に意識が遠のいたと思うと、床に倒れてしまった。


「今回も「唇」だったんだ」


 いつかのカディと同じことを口にするスレッド。レルファは手袋を捨てると、透明な液体の入った小瓶を取り出した。


「結構便利なんですよここ。責める場合も、守る場合も」


「責め、守り?」と首をかしげるスレッドを見て、レルファはいたずらっぽく笑った。


「捕まえてください」とレルファが促すと、少し遅れて隊員達が動いた。


「な、何が起こったの?」


 瓶に小指を入れ、液体を唇に塗るレルファ。


 ルルカの問いに答えたのは、なんどか薬をもらったことのあるカディ。


「あいつは体に毒薬を塗ってるんだ。唇とか首筋とか、日によって塗る場所は変わるけどな」


「しびれ薬と催眠薬を混ぜた特製の品ですよ。毒薬ではありません」


 新しい手袋をはめ直したレルファは、唇の下に指を当てた。


 レルファは体や病気を治す物以外にも、護身用の薬も持ち歩いている。自分の血を混ぜて作り、幾重にも改良を重ねたそれは、熊すらも気絶させる。


「唇に塗る必要があるの?」


「体を狙ってくる奴に良く効くんだとよ」


 意味を理解したルルカは、伏し目がちにそうなんだと返した。


 カディは武器を仕込み、レルファは体のどこかに薬を塗っている。かつてイリソウで触ると危ないと警告したのも、このためだ。


「他に捕まえた奴は居ないのか?」


「はい。この者はどうしましょうか」


 CVの副官。どんな奴かと思って見に来たが、そいつも眠ってしまった。レルファの薬は本物だ。蹴り飛ばそうがしばらくは起きない。


「ほっとけ」


 見るものもなくなったカディは、隊員達に背を向けた。元より、ジュラウドとして裁くつもりなどない。


「こいつはCVですよ!? 何もしなくて良いんですか!?」


「捕まえたのがお前らなら、どうするのかもお前らが決めることだ。好きにしろ」


 カディはそれだけ言うと、牢屋を出ていった。しばらくして、足音が完全に聞こえなくなったころに、片方が不満をこぼした。


「……やはり今回のジュラウドもロクな奴ではなかったか。強そうなのは見た目だけで、結局何もしない。レルファさんが捕まったときも、目をそらしていた」


 この二人はマイトのような隊長ではなく、ただの平隊員だ。罪人の処遇は上司やゼガンの判断に従えと教わってきたし、独断で行動した者がどういう目に遭ったかも知っている。


 隊長が居なくなった以上、近くを通りかかったゼガンの指示を仰ぐしかなかったのだ。


「やめろ。コロコロ変わるごろつき……もとい、最下位に期待するな。ホワルド様も居たはずだろう。あの方の指示を仰ごう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る