第8話

「ジャジャーン。これを単なる蒸かしただけのお芋さんだとおもうなよ。」


俺は爺さんが包み紙を受け取ると、そう得意気に言った。なんせこの芋を口に頬張った者は、その美味しさに思わず我を忘れ、芋を頬張り過ぎて喉に詰まらせてしまう。それほどに美味なのだ。


もちろん俺は緊急事態に備えて手に水筒を用意しておく。


もし爺さんが芋を詰まらせても、水を飲ませればなんとかなることは、既に白猫パイマオで実証済みだ。


「なんと芋じゃと? 芋は何よりの好物じゃ。でかしたぞエル。」


まだ少し温もりの残るその包み紙。芋と聞いてうやうやしくそれを手にした爺さんは、既にその表情を満面の笑みに変えている。どうやら爺さんが芋好きという俺の予想は当たりらしい。


「やっぱりな。前に爺さんが芋を食ってる所を見てからそうじゃないかと思ってたんだよ。まぁまずは食べてみてくれ。そんじょそこらの芋とは大違いだぜ。」


俺は、爺さんがその美味しさに歓喜の声を上げるのを今か今かと待った。


しかし、包み紙をめくると、爺さんはその芋を頬張るどころか、まさか手に取って眺めただけで歓喜の声を上げるとは思っても見なかった。


「な、なんとこれは……蓬莱金時ほうらいきんときではないか。二度と出会う事はあるまいと思っておったが、まさかこんな場所で出会えるとは。」


それは、俺の期待をはるかに超て、すこし大袈裟過ぎるのでは……と思えるくらいの大きなリアクションだった。


「じ、爺さん。そんこと口に入れる前から分かるのかよ?」


そんな俺の声も、爺さんの芋愛いもあいの圧に少々押され気味だ。


「あぁ。見れば分かるぞい。何よりこの一般的な甘藷かんしょ(さつまいも)より赤みがかった色。所々に滲み出た蜜が乾燥して格子状に黒く固まっておる。それこそが蓬莱金時の特徴じゃ。そしてこの芳醇で甘い香り……感謝するぞエル。しかしなんじゃ、お前さん。良くこんなものが手に入ったな。」


「珍しいのか? この……ホウライなんちゃらって芋は。」


「馬鹿者!蓬莱金時ほうらいきんときじゃ。東方の蓬莱と呼ばれる小さな島でしか採れんとされる珍味じゃよ。わしの知るところでは、その島には数年に一度ほどしか船が行き来せん。それにその船は商船などではないのでな。船が港についても積荷が芋とは限らんのじゃ。だからこの芋は市場に一切出回らん幻の芋と言われておる。」


今だ口にも運ばず手に取っただけでこの蘊蓄うんちくだ。爺さんの芋に対する造詣の奥深さはまさに驚嘆に値するものだった。


だが、しかし……


ここまで言われると俺は何だか申し訳ない気持ちになってきた。だってこの芋は、みすぼらしい物売りの少女から一本たった銅貨3枚で買い取ったものなのだ。なんちゃらキントキだなんてそんな貴重な芋のはずがあるわけ無い。


でも、もし万が一にもこの芋が――本当に爺さんの言ってるような代物なら……。これは確かめる必要が大アリだ。


なぜなら、爺さんの言っていることが本当ならば、その儲けはさっき白猫と冗談を言っていた焼芋屋経営の比ではない。そのまま芋を売り捌くだけで、まさに一攫千金なのだ。


ただし、これはこの胡散臭い爺さんが一人で言っているだけの勘違いの可能性が高い。そこで俺は念の為に目の前の芋博士にこう尋ねた。


「なぁ爺さん。もしこの芋が市場に出回っていたとしたら……いったいどれくらいの値がつくんだい?」


「まさか……市場に出回らん物に値などつけられるわけがなかろう。つまり夏に氷が買えんのと同じで、この王都でこの芋が手に入ったことそのものが奇跡なんじゃ。もしかしたら、王族ですら食ったことが無いかもしれんのう。そうじゃろエデン。」


話の途中、爺さんに突然に話を振られたエデンはやけにしどろもどろしていたけど、大事なのはそこでは無い。


大事なのは、そんな幻の芋をどうやって白猫が手に入れることが出来たのかと言うこと。そして、この芋をもう一度手に入れることが出来るのかということだ。


幻の珍味『蓬莱金時』を売り捌いて一攫千金。


最高じゃないか。たとえそれが一時の夢物語だったとしても、俺のことが大嫌いな親父の下で格好だけの騎士を続けるよりかはよっぽど楽しそうだ。


そんなふうに思ってしまう俺は、もしかしたら自分が思うよりもこのファンタジックな異世界を諦めていなかったのかもしれない。


蓬莱から渡ってくる船がなければ、俺自らがその蓬莱に行けばいい。それで爺さんには腹いっぱい幻の芋を食べさせてやって、白猫パイマオにはこの国で一番の仕立て屋に頼んでお城にいる公主様と見紛うくらいのお洒落をさせてやろう。そしてエデンに引き合わせて二人の仲を取り持ってやるのだ。


しかしどうしたものか――。


俺の夢は胸いっぱいどころか何処までも果てしなく広がっているというのに、今の俺ときたらいつまでも芋に手をつけず延々と爺さんが垂れ流す芋講釈を、ただひたすらに聞かされ続けているのである。


俺はただひたすらにこう思っていた。


「もう講釈は十分だ。良いから早う芋を食え!」

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