第7話 有為転変

 御親兵ごしんぺいは二人に近づくと無言のまま手だけを振って先を促し、指示された通りに右の通路へ抜けると待機していた別の御親兵が先頭に立って歩きだした。

 前後を王様の警護兵に固められるなど早々無い事で、いくら王に近い立場の≪御三家≫センサルティオの子息とはいえ、息遣いにわずかな緊張感が見て取れる。

 カナタ自身も胃が締め付けられる思いをしながら杖を抱きしめていた。


「陛下、お連れ致しました」

「入れ」


 工房右手の奥。突き当たりの扉を前にしてカナタは息を呑んだ。

 何度か謁見しているとはいえ、本来役職も無い一介の貴族が国の長と直接対面する機会など無いはずだった。

 社会人の職務における責任さえ碌に身に付いていない立場からすれば、王と顔を合わせるというのはあまりにも恐ろしい出来事なのである。


 きぃ、と蝶番の擦り合う音が嫌に刺さる。

 鉄と煤の匂いが最も薄れる応接間において、その人は最も巨大に見えた。


かしこくも王へ拝謁する時間を賜りましたこと、心より感謝申し上げたてまつります。工房へ出御しゅつぎょされていたとは知らず、このような身姿で不意の訪問となってしまいました」

「学生が本分なのだからそれが正装だろう。楽にしたまえ」


 レヴァレンシア王国において最高の権力と権威を持ち合わせる国民の象徴にして偉大なる建国者の正統なる末裔であり後継者――マルスェル・フーコー、その人。

 顎に蓄えられた立派な髭はいかにも為政者らしい主張をしており、顔に刻まれた皺は年齢によるものというより国政の歴史の積み重ねを思わせる深みがある。

 常盤色エヴァ―グリーンの眼光に、カナタは何故かユウの面影を重ねた。


「お久しぶりです、陛下。今日は随分とラフな格好ですね」


 あまりにも相手に相応しくない軽い挨拶を放ったカナタに、ラザーどころか王の対面に座っていた大柄で色黒の、いかにも力仕事に従事していそうなスキンヘッドの男――工房職長も目を剥く。


「ワシ流の訪問着だ」


 ボクに倣って膝をつかないか、と血相を変えてカナタに飛び掛からんばかりだったラザーは、まるで愛しい孫にでも接するようなマルスェルの態度にまたもや驚愕する。

 ≪御三家≫として国王陛下に接触する機会というのはいくつもあった。

 彼は必要が無ければ多くは語らず、ともすれば枯木寒巌こぼくかんがんとした姿勢に周囲の者は『陛下の御心は空』と、明敏であれど怜悧れいりにして冷徹であるという評価で一貫している。

 

 それがどうだ、この気安さは。

 小さな、しかし確かに柔らかな微笑みは、我が子を抱く慈母を思わせる光景だった。


「今日が学院の初日だったのだろう。城下の視察がてら、ワシも少し話を聞きたくてな」

「杖の、ですよね?」

「お前の話を聞いてやるのもいいが……」


 マルスェルが視線を向けたのは自分の斜め後方に立っていた国務大臣だ。 

 石像のようにピクリとも反応していなかった彼は、「陛下がこの後のご予定をお忘れのはずがありますまい」とだけ言うと、再び同じ姿勢で固まった。


「という訳だ」

(相変わらずロボットみたいな人だな……)


 地元――サンイースト領に居た頃、偶然が重なった先の必然で王との面会を幾度も経験していたカナタからしても、王と同じくらいこの大臣は怖い存在だった。主に、動作が機械じみているという意味で。


「それで、しばらく使ってみての感想は?」


 マルスェルからすれば本題は最初から魔導図書館の杖インテレプレタについてである。

 抱えていた杖から先端のカバーを取り外したカナタは、まずは杖先にある爪と砲口を指してこれまでの所感を述べ始めた。


「やっぱり慣れてくるとココは必要無くなります。杖が安定してきたのもありますけど、慣れてくれば杖とか自分の向きに関わらずに好きな方向に魔術出せますね」

「習熟できたとして、変わらず既存の魔術以外は難しいか」

「はい、そこは変わりません」

外辿血系げてんけっけいには魔力を操る感覚が無い。自分のものでさえ覚束ない者も多いのに、それが代替品ならさもありなん、だな」

「なので、使い始めの人には魔術の出口がついている今の形態のものを。慣れてきたら、この機関が付いていれば形は何でもいいんじゃないでしょうか。まだ重いんですよね」


 軽く持ち上げられた杖が手から離されて床に落ち、ゴン、という鈍い音が鳴る。


「その辺はどうじゃ、ロスリックよ」

「杖自体の肉厚を薄くすると重心がかなり偏りますから、当初から問題になっている内部機構の軽量化を目指すしかありません。色々と試しちゃいるんですが……」


 話を振られたロスリック――工房職長は、難しい顔で顎を撫でた。

 魔導図書館の杖インテレプレタは全備重量が約四キロほどで、その重量の殆どは先端に据えられた長方形の機関が占めている。

 繊細な構造でありつつ使用する材料の性質から、今の段階ではこれ以上の軽量化は難しいのが現状だった。

 

「ふ、興味津々だな」


 不意にマルスェルの目が室内の置物と化していたラザーに向けられた。

 カナタの放言に呆気に取られて立ち上がる機会を逃していた彼は、挨拶の時の膝をついた状態のまま杖をじっと観察していたのだ。


「いえ……今更このような事を申し上げるのもおこがましいかもしれませんが、杖についての話を聞いていてもよろしいのですか?」

「お前がこういった新技術に目が無いのはお前の父から聞かされている。だが、貴族の象徴とも言える魔術を奪うような代物なのだぞ?」

「は、恐縮です。しかしながら、貴族は高い魔力を持つからこそ貴族という役割を奉じているというのは、古の時代に取り残された者たちの戯言でしかありません」


 一切の取り繕いが無い言葉にマルスェルから愉快な笑い声が上がる。

 まだ国が乱立して世が荒れていた時代では、必然的に魔力を多く備える者が戦場で力を発揮して武勲を立て、そうした者同士が血を繋げて人々のさきがけとなり権力を持つまでに至った。

 高い魔力を持つ者が国を守り民を司る――それは国同士の大きな争い事が少なくなった現代では、もはや苔むした価値観である。


「滅多な事を言うものではない。元老院はどこでも聞き耳を立てておる」

「拳を振り上げるだけのお元気があるのでしたら、さぞ長生きされるでしょうね」


 ラザーが王を相手にここまで踏み込んだ冗談を言えるのも初めてのことであった。

 一層愉快そうに笑い出した王は、机の上に置いてあった長方形の箱を手に取ると、一部の面を取り外す。


「わかるか?」


 それはカナタが持つ杖の主要部分、先端に取り付けられた長方形の箱と同型の機関。面が取り外され中身が露わになったそれに、ラザーは食いつくように近づいた。

 興奮が抑えられない様子で様々な角度から観察し、持ち上げて底を覗いたり軽く振ってみたりと、まるで新しいおもちゃを与えられた子どものような姿に、カナタは彼の意外な一面を知る事となった。


「肉厚な箱の中に更に小さな箱……周りは鉱石で……ダイアライト鉱石? 重たいわけだ。この細長い隙間は……外に開くのか。何かを挿入して……鯨油か? 分厚い鉄と可動部分以外、隙間なく埋めた衝撃に強いダイアライトで小さな箱を守って……留め具は全て六角穴のねじ……内箱は――」


 一分の見落としもないように隅々を見分するラザーの手から、唐突に箱が取り上げられた。

 それがよほどショックだったのか、茫然とした表情で見送る彼にお気に入りのぬいぐるみを取り上げられた子犬の姿を想起したカナタは思わず吹き出しそうになる。


「中身は秘密じゃ」


 マルスェルはいたずらっ子のような笑みを浮かべて箱に蓋をした。

 途中まで見せておいてお預けというのも随分な生殺しだ。逆に言えば、本来はラザーが触れられない秘密をここまで見せてあげたというべきか。


「……ご厚意、痛み入ります。それにしてもこのような技術……原理に見当が付かないのですが、第一工房が開発されたのですか? それとも蒸機研が?」


 何かヒントが得られれば儲けものとばかりに果敢に踏み込んでいくラザーだったが、マルスェルはとぼけた顔で「さぁてな」と返した。

 

「ただまぁ、原案を作り出したのはそこのカナタ・オルレックだがの」

「なんですって?」


 それ言っていいんですか!? とマルスェルを目線で批難するカナタであったが、彼は素知らぬ顔で立ち上がると身支度を整え出す。

 王の居る手前、カナタに詰めよる訳にもいかず視線だけで彼女を縛り付けながらもラザーは恭しく扉の前の道を空けた。倣ってカナタも脇へ退く。


「新しい目標が見つかりそうだな」

「は……?」


 それは果たしてどちらに向けられた言葉だったのか。

 問いかける間もなく、マルスェルは大臣と御親兵を引き連れて部屋を去ってしまった。


「ふぅ~~……」


 カナタの口から大きなため息が漏れる。

 あれだけ気楽に接しておいてどこに緊張が? という表情を工房職長のロスリックが向けてくるが、あれはマルスェルの許しがあるからこそそうしているのであって、立場が天と地ほど離れているのには変わりない。

 社長は小さいころから良くしてくれる親戚だから気安いけど、職務では一番上の人だから馴れ馴れしくはできない、と言ったところか。


「君が原案者だったとはな。素晴らしい、実に素晴らしい」

「あはは……どうも」


 パチパチと乾いた拍手がラザーから送られてくる。

 喜べばいいか謙遜するべきか複雑な感情を抱え、カナタは小さく頭を下げてラザーと共にロスリックの対面へ座り直した。


「相変わらず坊ちゃんは新しいモノに目が無いですね」

「いつの時代も人々を支えるのは技術だ。興味が無い方がおかしいんだよ」


 そう言って鼻で笑ったラザーは、再び机上の箱に手を伸ばそうとしてロスリックに制される。


「坊ちゃん」

「分かってるさ。ただ、置きっぱなしだったからな」


 王の目が無くなった途端にこの有様。確かに無類の技術好きであるらしい。

 カナタは代わりとばかりに懐からカートリッジを取り出してラザーに手渡すと、杖の機関にある開閉口を開いて追加で取り出したカートリッジを挿入した。


「それがこの杖で魔術を使うのに必要な動力源です」

「核は……これは魔力源石マギア・フラグメントか。それを鋼で覆っていると。こいつから魔力を取り出して機関が魔術を創り出す仕組みか」


 これはどうせ今後杖を使っていく上で隠す事のできない部分である。

 どこまでを彼に話していいのかは不明だが、中身の種さえ明かさなければ問題はないはずなので、カナタは少しだけ構造を解説することにした。


「杖で出せる魔術は誰が使っても同じ威力が出せます。魔力源石マギア・フラグメント――これはカートリッジと呼んでいますが、小さな魔術で一個につきだいたい十回程度使えますね」

「ほう、鯨油ではないのか! しかし定格出力だと力加減はできないな。それにこの重さ……ブレイズ十発につき一つと考えると、三、四個は持っておかなくちゃならんのはな」


 机に置かれたカートリッジから、ゴトリ、と重量を感じさせる音が鳴る。

 代々魔力を多く持つ者同士で血を繋げてきた貴族からすれば、それでも心もと無い数であるのは言うまでもない。

 一定の魔力を複数回使えるとして、杖一つにつきカートリッジを三つ程度でようやく平民より少し上のレベルと言ったところだろう。


「だから、まだまだ不便なんですよ」

「試作品の段階で中々の完成度だと思うが? そこいらの蒸機駆動ワポル・ケタスより機関部がこれほどコンパクトなのは驚愕に値するぞ。最近バウンス邸の入り口に作られた蒸機扉、あれに使われている蒸機駆動ワポル・ケタスはパラトラスト式の構造から脱却した革新的なもので従来の半分ほどに小型化されているが、それでも大人が二人並んで入れるほどの大きさなんだ。最も小さい機械と言われる時計は鯨油を使わないが、ゼンマイだけでは構造が大袈裟に複雑化するしあの大きさで同じパワーは実現できない。とすると、鯨油もゼンマイも用いずに豊富に採掘できる魔力源石マギア・フラグメントで魔術を生み出せるこの機関の恐ろしさは語るまでもないだろう。これを他の機械の動力源として応用できるのであれば技術革命と言っても過言ではないんだ」

「なんのなにがなんて???」


 待ってくれたまえ、言葉の洪水をワッと一気に浴びせかけるのは!

 と、どこかで聞いた事あるような台詞で制止する間もないまま怒涛の見解を披露されたカナタは、さも知ってて当然であるかのように語られた単語を一つ一つ咀嚼しながら彼から距離を取る。

 カナタは自然と自分の兄の顔を思い浮かべていた。理解に及ばない熱量を押し当てられて反射的に恐怖を感じるというのは昔にもあったことだ。


 兄もたいがいオタクだった。とりわけ、自分の興味が湧いた分野には夜通し熱中するほどの熱意を示していたものだが、しかし男女関係無く自分が心から好んでいるものには誰だって夢中になるものだ。

 自分は大して興味を持てなかったが、前世の友人はあるアイドルユニットを三日三晩語れるほどのめり込んでいた。

 これが夢を持つ人の力か、と引き攣った表情を見せるカナタに流石のラザーも自分が事を悟って咳払いをする。


「ごほん、失礼した。とにかく、これは素晴らしいものだ」

「お褒め頂き光栄です」

「意匠については何も言ってない。どうせ、この調子だと中身の技術も工房産じゃないんだろう」


 どこかおどけたように頭を下げたロスリックに、ラザーがピタリと的中している予測をこぼした。

 内部については極秘事項。王から口外しないよう厳命されているカナタは、なるべく平然とした素振りで杖にカバーを取り付ける。


「申し訳ありませんが、俺からも坊ちゃんに話せることはないんですよ」

「分かっているとも。まさか父上から陛下にボクの話が出ているとは思わなかったが、お陰でお目こぼしをもらえた。それだけでも満足さ」


 そう言って立ち上がったラザーは、皺の寄ったローブを羽織り直すと出口へ向かった。  


「君もありがとう、オルレック。無色だなんだと自分を卑下していたが、君にはこういう才能があるんじゃないか」

「えっ!? いや、わたしはただ『こういうの作れないかな~』って提案しただけで何も……」

「何も、か? こうして発想が実現したのだから、君は立派な発明家だ」


 カナタには、ラザーの表情が僅かにかげって見えた。


「力を持つ者には果たすべき義務がある」

「……ノブレス・オブリージュ」


 レヴァレンシア学院が掲げる憲章であり、目指すべき理想像。

 中庭ではレイベリーが一文を口にして口論が激化する原因となったものでもあったが、今その単語を口にした彼は真剣な眼差しである。


「そういうことだ。自分の力は生かせよ」


 それだけ言い残すと、ラザーは未練の無い足取りで部屋を出て行った。

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