神様の墓碑銘 ―Mocha Rich Blend―

室外機

一章 はるか彼方の異邦人

プロローグ

「んん……ふぅあぁ~~」


 雨後の朝露に冠を受けた朝暘ちょうようが街を照らす。

 カーテンの隙間から差し込むしっとりとした光に刺激され、私――夢見彼方ゆめみかなたは上体を起こして大きな伸びをした。

 ややごわごわとした感触のシーツを剥ぎ、寝ぼけまなこで立ち上がって辺りを見回す。


 ちいさな丸い机、やや傷んだ本棚、申し訳程度のクローゼット。テレビやパソコンなんてものは無い、現代人の生活を捨て去ったかのように簡素な光景。灯りでさえ鯨油のランプを使うこの世界には、電子機器なんてものは一切存在しない。

 それもそのはず。何せ、ここは夢見彼方の住んでいた星ではなく、れっきとした異世界だからだ。

 

「慣れた、慣れたなぁ」


 独り言をこぼしながら寝間着を脱ぐ。

 最初はランプの灯りの暗さに辟易したし、パンの固さには涙が出るほどだったが、今ではそれも日常のものだ。


 かつて高校生としての初日を迎えた私は、残念ながらその一日目を終えることなく世を去った。

 本当に偶然だった……とは考えている。

 なんとなく横断歩道駆けていった小学生が気になって、なんとなく聞こえたエンジンの音が気になって、なんとなくその子目掛けて飛び込んで――死んだ、らしい。

 私を撥ねた車はトラックだったらしい。運転していた人は飲酒していたらしい。小学生は私に突き飛ばされて無事だったらしい。

 らしいらしいらしい、全部伝聞なのは死んだ後で女神様に聞かされた話でしかないからだ。


「異世界に転生なんて、ね」


 制服に着替え、身だしなみを整えた彼方は紙包みから取り出した乾いたパンを齧っては水差しから直接水を飲む。

 多少行儀は悪いかもしれないが、咎める人間も誰も居ない。ここでは私が法律じゆうだ。


 死後の私の目の前に現れた大変に美人な女神様は、私を蘇らせる事は出来ないが、別世界に生まれ変わらせる事は出来ると言って道を示した。

 曰く、現代に比べると生活も文化も何もかも違うが、その世界では私は女神様の庇護の下、害される事なく過ごせるという。

 一にも二にもなく即決で提案を了承した私は、晴れてこの世界へ転生する事と相成った訳である。


 肝心の新しい人生の場所は難しい世界ではなかった。

 魔法の存在する、ファンタジーのような世界だ。


 生まれた瞬間から明確な自我というか意識が存在するというのもなかなかにしんどいもので、ある程度育つまでは思うように体を動かせずに難儀した。

 この辺までは流石の女神様も気を利かせてはくれなかったようだが、両親に関しては厳選してくれたのか非常に暖かい家庭環境で過ごす事が出来たので、その点については感謝している。

 名前についても両親は『天啓を受けた』と言っていたので、約束通り夢にでも現れて言い含めてくれたようだった。名前だけは私の数少ない好きな物の一つだ。だから、生まれ変わる前に名前だけは同じにできないかと女神様に頼み込んでいた(どうしてか少し渋っていたが)。


「カナタ~? 起きてる~?」

「ちゃんと起きてまぁす!」


 この世界に生を受けてすくすく育った私も今や立派な十五歳。生前果たせなかった高校生活を、違った形とはいえ今日から迎えるのだ。この学生寮の小さな一室から。


「おはよう!」


 迎えに来てくれた友人と挨拶を交わし、私は希望の一歩を踏み出した。

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