あやかし生徒会はお化け対策で手いっぱい

ラグト

【Episode0】16歳の誕生日は人生最悪の日

【0】無価値な私は廃神社で何の意味もなく殺される

 今の世界が転生何週目か、私は知らない。


 貧乏な母子家庭、地味な見た目、幽霊が見えるせいで「あやかしの綾花」と呼ばれ、16歳の誕生日は廃神社の呪いに引きずり込まれた。


 毎晩、悪夢の中で知らない女の目がチラつく。


 次の人生は、せめて呪われていない体で生まれたい。





「や、やっぱり、もう神社から出ようよ、菜々美?」

「はあ、あやかしの綾花が何言ってるのよ。こんな時に役に立たなかったら、あんたの存在の意味がないじゃない」


 私と菜々美は山の中腹にある廃神社の社殿の中にいた。

 一年で一番日の長い季節なので、ここから見える外の空はまだ赤く染まっているが、社殿の中は懐中電灯でもないと詳細が分からないほど暗くなっている。


 もう何十年も掃除などはされていないんだろう。

 中の空気は埃っぽく、カビの匂いが混じる。

 もし明かりで照らされていたなら土足で入り込んだ私たちの足跡が目で見えるかもしれない。

 外から聞こえていたの鳥の声が消え、耳鳴りだけが響く。

 社殿の床下から爪音のような音が聞こえるが、懐中電灯を向けると止まり、背後で再開する。


 菜々美はその音には気づいていない。

 きっかけはクラスのボスである菜々美が暇だからこの廃神社に探検に行こうと言い出したことだった。

 菜々美の家はこの町のスーパー業を中心に宿泊業や食品製造業を営んでおり、この地域で働いている人のほとんどが何らかの形で関係している。

 だから、誰も菜々美の言うことには逆らえない。


 けれど、菜々美の行きたがった廃神社はうちの田舎では昔から絶対に近づいてはいけない禁忌とされている場所だった。

 山の廃神社は、行った者を呪うと囁かれ、夜には赤い光が揺れると私の祖母が警告していた。

 退屈していた菜々美が興味を示したというぐらいでおもしろそうと同調するクラスメイトはいない。

 みんな行きたくないが、菜々美のわがままには逆らえない。

 そこでみんなが示し合わせて幽霊が見える霊感の強い私が指名されたのだった。


 私はまた余計なことをしてしまったと後悔していた。

 私は菜々美についてきてしまったのだ。

 だって、私がかたくなに拒んだら、菜々美は意地になってひとりで廃神社に行ってしまいそうだったから。


 本当なら今日は私の16歳の誕生日で、クラスのみんなは誰も祝ってくれないけど、帰ってお母さんとふたりでささやかなパーティーをする予定だったのに。

 こんな最悪の誕生日になるなんて思いもしなかった。


「あっちの本殿になんかいいものが残ってるかも」

「えっ、何か持ち帰るつもりなの? それって泥棒じゃ」

「何言ってんのよ。こんな誰も来ない捨てられた神社のものを持ち帰って泥棒になるわけないじゃない」


 驚いたことに菜々美は神社から何か記念になるものを持ち帰ろうとしていた。

 そんなことをしたらどんな事態になるのか考えるだけで恐ろしい。

 木の階段を上がって社殿の奥の本殿までたどり着くと、人ひとりようやく通れるぐらいの小さな扉があった。

 菜々美がその扉を開けると、中にはところどころが錆びた丸い鏡が安置されていた。


「ほら、なんか良さげなものがあったじゃない。これを持って帰るわよ」


 古い鏡を持って帰ると聞こえたとき、さすがに私は耳を疑った。

 どう見ても、この鏡はこの神社の御神体だからだ。


「菜々美、やめよう……罰が当たる」


 私の声が震える。

 それはわずかな違和感だった。

 鏡に映る私の顔が、なぜか笑っている。

 私は今怖がっているはずなのに。

 菜々美の嘲笑が響く瞬間、鏡の彼女の口が裂けたように歪む。

 鏡が赤く脈打ち、血のような滴りが枠を伝う。


「綾花……?」


 菜々美の声が遠のく。

 社殿の外壁には無数の手の跡が浮かび、ゆっくり蠢き始める。

 鏡の中に赤い顔が現れて膨らんでいく。


 遅かった。

 完全に手遅れだった。


 おかしいと思ってたんだ。

 この廃神社には通常廃墟にいるような浮遊霊が全くいない。

 それはこの神社が元々神域だったからだと思っていたのだけど、そうじゃなかった。


 鏡の中から現れた顔のような像はどんどん膨らみ、まるで小さな太陽のように赤く輝きながら宙に浮かび上がった。

 鏡からは黒い霧が溢れ、私の体に絡みつく。

 立ち込める霧の中からは無数の目が私を睨んでいる。


 この神社の神様は怒っている。

 怒りの気に満ち満ちている。

 こんなところに普通の霊は近寄ってこない。

 たちまちこの空間に広がる怒りに満ちた気が私の心を挫けさせた。


「ひっ、逃げ……ゆ、ゆるしてください」


 凄まじい怒りの気、まるで念の針で体中を突き刺されているような感覚だ。


「何、ビビってるの、綾花?」


 菜々美は見えない。こんな苛烈な怒気の中でも何も感じない。

 逃げたいけれど、足は一歩も動かない。

 そのとき、私の頭の中に怒りの神霊の思念らしきものが流れ込んできた。


 イキ、イキ、イキ、イキ、生かせてやる!

 オマエハ、ゼッタイ、生かせてやる!

 目を、鼻を、舌を、手を、足を、ダメにする!

 ソレデモ絶対、生かせてやる!

 ドレダケ死にたくても、生かせてやる!


 まるで汚れに汚れた下水の中に沈められたような不快感と絶望感。


 おえぇえっ!


 神の怨念のあまりの気持ち悪さに私はその場で吐き戻してしまった。

 私の心臓が神の声に握り潰されそう。逃げたいのに、足が石のように重い。


「ちょっと、綾花、汚いわね。何して……」


 そこまで叫んで、菜々美の言葉が止まる。

 菜々美の左目に無数の黒点が現れたかと思うと、目が真っ黒に染まる。

 次の瞬間、菜々美は別の叫び声を上げ始めた。


「いやあああ、なに、なに、目が痛い!」


 菜々美が両手で左目を押さえてしゃがみ込む。

 神の呪い、菜々美は神の怒りをその身に受け始めたのだ。

 次は当然私の番だ。


 オマエハ殺す。

 ミセシメに殺す。

 スグに殺す。

 オマエは死ぬ役。

 オマエは無価値。


 どうやら私は単純に死んで神の呪いの見せしめになるようだ。

 神の呪いの力が強くなる。

 心臓が破裂しそうなほどに締め付けられる。

 息ができない。

 声も発することもできない。


 胸の激痛に耐えられなくなり、私は壊れた人形のように床に転がった。

 ああ、このまま死ぬんだ。

 今回の人生は最低だった。

 貧乏で、スクールカーストは一番下で、おまけに霊が見えるから、あやかしの綾花なんてあだ名でいじめられて……。


 もし、この世に転生なんてものがあるのなら、次はもっといい人生を……。


 私が今回の人生を諦めたその時。

 私の頭の中で新たな思考が生まれた感覚がした。


(なんだ、この体は? なぜこんな呪いを受けているのだ)


 ……誰の声?


 私とは別の人の声がする。耳から聞こえたのではない。頭の中で直接響いている。


(状況はわからないが、仕方がない)


 今にも私の心臓は裂けそうだったが、私の右手が自分の意志とは関係なく胸の上に置かれた。

 そして、何か暖かい気のようなものが痛む心臓に向かって放たれたような感覚があった。


(今は私の力でこの場をやり過ごすしかないな)


 また、声が聞こえた。

 誰の声だろう。

 いや、私はこの声を聞いたことがある。

 私の悪夢に出てくる鏡の女の声だ。


 ナゼ、ナゼ、なぜ、神の呪いが利かない。

 なぜ、ナゼ、ナゼ、この女は死なない。

 ナゼ、なぜ、ナゼ、口惜しい、口惜しい。


 神様の声なのか、鏡の女の声かと薄れる意識の中で考えたが、隣からは菜々美が半狂乱になりながら叫んでいる。


「お兄ちゃん、助けてよ。今、山の廃神社にいるの! 今すぐ迎えに来て!」


 もう目で確認することはできないけど、どうやら菜々美はスマホで家族に助けを求めているようだった。


 菜々美の叫び声を聞きながら、私の意識は闇の中に落ちて行った。

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