第2話 採取依頼2

 聞いた話によればダンジョンの発生とは、世界の崩落現象であるらしい。世界と世界を訳隔てていた壁がある日崩れ落ち、ちょうど私たちの世界の裏側にあった別の世界と繋がってしまった。

 ギルドのパンフレットによると、最初に崩落現象が確認されたのは1954年のビキニ環礁。それに誘発されるみたいにして、世界中に次々と穴が開き始めた。世界で初めてスタンピードが発生したのは、1957年。その一年後に人類で初めての『スキル』の発現が確認される。日本で最初に穴が確認されたのは1990年。国内で初のスタンピードが発生したのが2年後の1992年の7月。それから、国土崩落現象対策法が改訂され、一般人のダンジョンへの立ち入りが国内で認可されたのが、2000年。その日以来、探索者と呼ばれるダンジョン調査、ダンジョン内の資源の調達、或いは魔物と呼ばれる危険生物の駆除を生業とする職業人が生まれる。かく言う私もその一人。






 295番地は森林型フィールドで、呪草を含む植物資源が豊富に採取できる。私が一番歩き慣れたフィールドだった。足元にはシダ類に似た植物が生い茂り、背の高い樹木が空を覆っている。先行したパーティーが付けたものであろう移動痕が森の奥に続いて、それに沿って歩いた。

 まずは頭の中に叩き込んだ知識を頼りに、群生地を順に回る。呪草は魔力濃度の高い水辺に群生していることが多いのだけど、銀になるとさらに条件が絞り込める。

 『隠密』を最大まで引き上げて、同時に『歩行』を発動させる。『歩行』は歩くことをトリガーとして使用できるアクティブスキルで、私の得意なスキルの一つだった。

最初に使った時はすっ転んで、地面を転がった。2回目は壁に激突した。にっちもさっちもいかなくなって、そもそも意味が分からなくて小夜子さんに聞いた所、まだ新人だった時の彼女は非常に面倒臭そうに説明してくれた。どうやら踏み込むというモーションに対して、過剰に運動エネルギーを発生させるスキルであるらしい。

 ……いちいち難しい言葉を使わないで欲しかったけど、一生懸命辞書とかを引いたら何となく理屈は分かった。大体私がイメージして踏み込んだものより、三割増しくらいで勢いが出るのだ。一月ぐらいはまともに歩けなかったけど、使い慣れてくるととても便利だ。『歩行』の補正を使いながら歩くと、普通に移動するよりも少ない労力で歩ける。

 『隠密』と『歩行』と、パッシブスキルの『感覚強化』は、一人でダンジョンに潜る場合は必須のスキルだった。……まあ、そもそも一人でダンジョンをうろつく人間はそんなに多くはない。私にしても偶々『隠密』が得意だからできているだけだった。ギルドも基本的には5人単位での、パーティーでのダンジョン探索を推奨している。小夜子さんにも昔は、散々小言を吐かれたっけ。


「ここも駄目か」


 三か所目の採取地点でも銀呪草を見つけられなかった。溜まり池の周りの群生地の中で、銅呪草のギザギザの葉をざっと見渡しながら呟く。

 呪草の品質は、主に周辺の魔力濃度で決まる。経験上この辺りの群生地なら、一、二本混ざっていても不思議ではないなだけど、今日に限って一本も無い。


「誰にも荒らされたことがない採取地点だったんだけどな……」


 少し、情報を整理した方が良いかもしれない。

 周辺の適当な木を見繕って、枝の上に登る。雑嚢の中から携帯を取り出して、電源を入れる。


「ええっと、どれだっけ?」


 何回構っても携帯電話というヤツには、慣れる気がしない。あくせくしながら写真のフォルダを開く。写っているのはA4用紙に印刷したギルド発行のマップや、大学ノートに掻き込んだ自作の地図。

 条件にもよるが魔素濃度は日によって微細に変化する。魔法系のスキルを持つ人は魔素濃度の違いが感じ取れるらしいのだけど、生憎私は持っていない。私には魔法系技能の才能は全く無いらしかった。加えて言うなら近接戦闘系のロールをしているとまず間違いなく取れるはずの、筋力補正系のスキルも無い。とても非力なのだ。魔素はそこそこ取りこんでいるはずだから基礎身体能力は悪くないと思うのだけど、スキル持ちには大きく劣る。

 マップを見比べて、経験則で魔素濃度の高そうな群生地に当たりを付ける。小夜子さんに大見得を切った手前、せめて一本だけでも持ち帰りたかった。


「…………」


 『感覚強化』で上がった聴覚が、植物を踏み潰した時の独特の足音を聞き取る。それから微かな唸り声。金属音は聞こえない。

 程なくして群生地に姿を見せたのは魔狼と呼称される、獣型の魔物だった。視線の通る位置に二匹と、恐らく木の裏側にもう一匹。

 個人的には295番地に生息する魔物の中でも、いっとう厄介な相手の一種だ。獣型の魔物はスキル抜きでも五感が優れていることが多く、斥候役の天敵だ。その上『隠密』を発動していても、どういう理屈なのか直感的に見破って来ることがある。スキルに寄らない、野生の直感みたいなものが働いているとしか思えない。

 スティレットに手を伸ばす。幾ら獣型と言えども、念を入れて樹上で『隠密』を掛けている私を見つけるのは、難しい。四足歩行で頭身が低い分、上には注意が向きづらい。臭いも『隠密』で幾分か誤魔化せる。ただ、それでも絶対ではない。『隠密』が効いている内に、一体だけでも倒してしまうべきだろうか?

 一瞬だけ考えた末に、結局はそのまま見守ることに決める。そして、一度決めたら後は迷わない。息を殺して魔狼が通り過ぎるのを待つ。

 幸いにも魔狼は、三匹揃って池の水を飲み始めた。狩りの為に獲物を探している訳ではなかったようだ。

 魔狼は親子なのだろうか。体が大きい個体が二匹と、一回り小さい個体が一匹。大きい個体の片方は、体毛が白い。水を飲み終わると三匹で顔を擦りつけあっている。私は三匹が水辺を離れて行くまで、親子がじゃれ合う姿を眺めていた。






「あった」


 群生して生える呪草の中に、青みがかった色に変色したものを一本見つけた。

 根元の方から刈り取って、切り口を雑嚢の中から取り出したガーゼで包み、仄かに湿らせる。それを手拭で丁寧に包んで、懐にしまう。これで本日二本目だ。

 ……流石に時間を掛け過ぎた。そろそろ引き上げるべきだろう。銀呪草二本で普段なら大体1万円。道中で殺したゴブリンの魔石が三つ。命を担保にしているにしては、あまり稼ぎはいいとは言えなかもしれない。ただそれでも謎肉の牛丼は食べられて、お酒だって買える。十分だ。


「――ん?」


 視界の隅に何かを捕らえて、帰ろうとしていた足を止めた。

 ちょうど一キロほど先だろうか。黒い煙が空に立ち昇っている。295番地の森が、焼けている。

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