縁日のりんご飴【短編】【完結済み】

弥次郎衛門

第1話

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これは【祭煙禍 薬】さんが主宰する自主企画【このイラストに物語を!】に出されたお題を基に書いた作品です。

お題内容については【祭煙禍 薬】さんの近況ノートをご覧ください。

リンク貼る許可は頂いてます。

<https://kakuyomu.jp/users/banmeshi/news/16818093089915581324>


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 とある田舎町。普段は静かなこの町に今日だけは多くの人が溢れかえっていた。


 少し小高い丘の上、石段を上った先にある竜神神社。


 今日は縁日。石段の麓の道路わきに多くの屋台が並ぶ。明るく楽しそうな人々が行き交う雑踏の中を一人の少女が、これもまた楽しそうに歩いている。


 水色の美しい髪、青いフリフリの服を着て、頭上には透き通るような輝きの青い角が生えている。少しこの場にそぐわない格好であるが、小さな少女のコスプレ姿に周囲の人々は大して注意を払わない。せいぜいがたまに「可愛い~!」という声が聞こえるくらいのもの。


 少女は楽しそうに屋台をまわる。


 金魚すくいの屋台では早々にポイに穴をあけてしまい、店主の親父が「残念だったね、お嬢ちゃん」とオマケで一匹くれようとする。


「飼えないから要らないです」


 店主は「おや、そうかい?」と少し困った顔をする。何かしてあげたいところだが、本人が要らないと言うのなら仕方がない。

 そんな店主に少女はニコッと笑って顔を上げ「楽しかったです、ありがとう」と言って立ち上がった。


 少女は楽しそうに屋台をまわる。


 焼きそばをズルズルと食べながら歩き、輪投げや射的を見つけると屋台に飛び込む。

 お金の心配はない。自分に奉納されたお賽銭が沢山あった。


 輪投げや射的の景品であるお菓子をボリボリ食べながら少女が丘の麓、神社の石段のところまで戻ってきた時にはすっかり日が暮れていた。


 石段の脇には、りんご飴屋の屋台があった。これが最後と、少女は店主に声をかける。


「おじさん、りんご飴一個ちょうだい」


「あいよ、お嬢ちゃん」


 少女はお金を渡してりんご飴を受け取る。


 暗くなり、屋台の店先に吊るされた白熱電球に灯りがともる。少女が受け取ったりんご飴は暖かな電球の光に照らされて輝いていた。


「おぉ!」


 目をキラキラさせて感嘆の声を出した少女は、宝石のように輝くりんご飴を口にすることなく、宝物のように眺めながら石段を登っていく。


 石段を登り切り、神社の社殿が見えたときだった。どこからか、すすり泣く小さな声が聞こえた。


 少女は辺りを見回す。周囲の人は屋台通りに比べるとまばらだった。縁日ゆえか、恋人たちが多く、手を繋いだり腕を組んだり、楽しそうに自分たちの世界にいる彼等にすすり泣く声は聞こえていないよう。


 少女はすすり泣きの声に向かって歩を進める。境内の一角の木の下で、五、六歳くらいの男の子がうずくまっていた。


「どうしたの?」


 少女に声をかけられて顔を上げた男の子は、それでも泣き止まない。眼に涙を溜め、ズルズルと鼻水をすすり、うぅっ……うぅっ……と堪えるように小さく泣き続けていた。


 少女は困った。どうしようか?と手元を見た彼女は男の子にりんご飴を差し出し、「食べる?」と聞いてみた。


 それでも男の子に返事はない。少女はちょっとイラっとしてりんご飴を男の子の口元にズイッっと無理やり押し込むようにした。


 りんご飴が唇に触れると、男の子は反射的に口にし「甘い……」と言って泣き止んだ。少女から飴の棒を受け取ると、少女に手を掴まれ引かれるまま彼女の後をついて歩き始める。


 少女が男の子を連れてきたのは二人掛けのベンチである。二人の身長からすると少し高い座面に少女はピョンと飛び乗るように座る。男の子はりんご飴を手にしたまま、よじ登るようにして座った。


 座ったはいいが沈黙が続く。男の子はペロペロとりんご飴を舐めながら、チラッ、チラッと少女の横顔を見て意を決して口を開く。


「お名前なんていうの?」


「名前? わたしの?」


 うん。と頷く男の子を見て、少女はちょっと考える。

 竜神様と町の人達から呼ばれているがそれだけだった。「う~ん……」と少し唸ったあと、適当に「リュウ」と答えた。


「男の子みたいな名前…… ぼくはね、モリグチ トシキ」


「そう」


 そこからまた、しばらく沈黙が続いてしまう。


「ね、ねぇ、リュウちゃんは近くに住んでるの? お休みに、おじーちゃん、おばーちゃんのおうちに遊びに来たの?」


 トシキのオドオドとした問いに「わたし?」と首を傾げた少女は答える。


「わたしはここ。ここに住んでる」


「ここ? 神社?」


「そう、神社」


「へ~、神社の子なんだ」


 トシキの言葉に「ううん」と首を振って否定した少女は続ける。


「わたしはここの神さま」


「すごい! リュウちゃん神さま!?」


「うん。 たまにこうして人間の姿で遊んでる」


「そうなんだ! ねぇ、また一緒に遊んでくれる?」


 今遊んでたっけ?と疑問に思った少女だったが、「うん、いいよ」と答えてあげた。


「でも、また会うのはちょっと時間がかかるかも。 凄く疲れるの、人間の姿。 みんながお祈りを沢山してくれると力も溜まりやすいんだけど」


「へぇ~、そうなんだぁ」


 あまり分かっていないが何だか凄そうだと返事をするトシキ。その時、遠くから慌てた涙声の女性の叫ぶ声が聞こえる。


「トシキー! トシキー! どこー!!?」


「あ、お母さんだ」


 ピョンとベンチから飛び降りたトシキは少女に振り返って「ばいばい! リュウちゃん、またね!」と笑顔で手を振って母親の許に走って行った。


「よかったぁ…… どこ言ってたのよ、もぉ……」


「リュウちゃんと遊んでた」


 遠ざかる親子の姿が少女の目に映る。


「あ、りんご飴……」


 ぽつっと呟いた少女は、「ま、いいか」と言ってピョンとベンチから飛び降りると社殿のほうへとトコトコ歩いて行き消えていった。 

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