300/

「ちょっとクノちゃん。ファンクラブ出来てる」

顔を合わせるなり、ココットはズイと顔を近付けそう言った。その表情は真剣だ。

「…ファンクラブ…?」

ファンクラブといえば、何かに心酔する者たちがその趣味と想いを共有する集いのことだろう。

「どういう──」

「何処で何してきたんだい?玄獣学研究室の面々を中心に出来てるみたいだけど」

何のファンクラブか尋ねようとしたところに被せられた。その言い様はつまり。

「………ボクの?」

「そうだよ!」

玄獣学研究室には行った。確かに、二日連続で行った。言い換えれば、二回しか顔を出していない。

「なんで?」

「か〜わいいからかなぁ!」

謎の迫力で眼前に突き付けられた何か。近過ぎてよく見えないので、一歩引く。

「…『会員証 第二三番』」

ココットはニヘッと顔を歪めた。

「一桁欲しかったな〜!」

玄獣学研究室発祥なら部外者が入れただけでも凄いんじゃないだろうか。というか、同室なのにそんなもの入る意味はあるのだろうか。そもそも会員たちは何をする気なのだろうか。

「…よく解らない」

「あはは!大丈夫、彼女には迷惑掛からないように気を付けるよ!」

そうして欲しい。自分と違ってちゃんと学びに来ているのだ。邪魔はしたくない。

「まあたぶん、何をするってもんでもないと思うよ。同志の証ってやつさ」

それで思い出した。

「そういえばココット。特許王、知ってる?」

「んー、お姉ちゃんの方なら会ったことあるよ。錬金術の先生と仲いいらしいから、偶に見たね」

問の理由が続くのを待って、ココットが首を傾げている。

「会ってみたい、らしくて」

「あ~同郷の偉人だもんね〜!でも特許王は冒険者だから滅多に…」

ココットはふとそこで口を噤んだ。

「ああそっか、噂になってたね。来塔の予定があるとか」

肯きを返す。

「オーケー、任せて。ココットさん噂の収集得意なんだから!」

「ありがとう」

クーシェ先生も調べてくれるみたいだったから、来塔の真偽くらいは判るだろう。

「ところで、錬金術の先生、不思議な人だった」

「不思議?よく解んないな。対人は大雑把で顔は広い、口は悪いけど面倒見は割と良い先生だよ」

上手く言葉に変換出来ない。懐かしさ…親しさ?僅かな親近感と微かな…脅威?警戒感。

「魔術適性も低いからナメられることはあるみたいだけど、そんなに警戒されてるのは初めてみたよ」

「ん。ボクはあんまり会わないようにしよう」

その言葉にココットは何かを思い出したらしく、小さく音を洩らした。

「そう言えば、『雪兎が一匹も寄ってこなかった』ってボヤいてたことあったね。『餌持ってたのに』って。小動物に嫌われるタイプなのかねぇ」

「なるほど」

ココットにとってボクは小動物だったらしい。

雪兎は故郷でも見た玄獣だ。真っ白な小さな毛玉でその愛らしさから人気がある。彼らも、あの人に不穏を感じたのかも知れない。

「それじゃあ、ボクは出掛けるね。おやすみ、ココット」

「また玄獣学研究室?…気を付けてね。おやすみ〜」

部屋を出る。

今日の行き先は違う場所だ。入れそうで入れない部屋がある。それが気になっている。

食堂の裏手。多くの人の目に付くだろうに、誰一人気に留めない扉。その奥には長い長い通路がある。その先にまた扉がある。これが開けられない。

あれは魔術師に対する結界だ。魔術師の住処たる塔に、魔術師を拒む結界が張られた部屋がある。いや、拒絶ではなく、選別だろうか。

何れにせよ、興味を引かれるには十分だった。

あれを開くには、多大な『力』か『知恵』が要る。だがそれは魔術師であればの話だ。

──ボクは、魔術師ではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る