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部屋に戻ると、ルームメイトが共有机を拡げたノートでいっぱいにしていた。

「あっ、おかえりー!ねぇ時間ある?」

「ええと…」

用件が解らないので迂闊に返事が出来ない。拡げられたノートに目をやれば、それは。

「…食物学?」

「おっ。興味ある?」

ある。勿論ある。多分、そこが私の目指す処なのだと思う。

「まだまだこれはアタシの独学なんだけどね。ひょっとして興味があるなら、整理復習にちょっと付き合って貰えないかなーって」

衝撃が走る。七十日以上放置した、名も憶えていないルームメイトが。まさか同じ処を目指す先達だとは。

興味はあるし聴いてみたいが、私も厚顔無恥ではない。ここまで無碍にしてきた手前、流石に抵抗がある。葛藤が終わらない。

「あれ。時間ない?」

「あっ、いや。そういうわけじゃ…」

「ならちょっと聞いててよ。そこ座って」

結局。ありがたくも強制的に話は始まり、一区切り着くまでしっかりと聴かせて貰った。


「こんなとこかな。ありがとうね。良ければまた付き合ってよ」

「こちらこそ、勉強になりました。ありがとうございます」

ヒヒヒと歯を見せて笑うルームメイトは、フィルメクオコットさんというらしい。数魔術師の家系ではないと言っていたが、それらしい名の長さだ。略称で良いと言ってくれたが、今度こそ憶えたのでちゃんと呼ぼう。

口の利き方も整えた。フィルメクオコットさんも先輩だ。しかも知識を分け与えてくれるのだから敬わなければならない。

「食物学やりたいなら、医学と錬金取らないといけないよ。体験授業が全部終われば自分で受講科目組めるようになるけど、やりたいことあるならなるべく効率的に選んでいかないと。これが難しいんだ」

時間は有限だからね、と憂い顔だ。確かにそうだ。幾らでも時間を掛けていいなら別だが、計画的に取っていかないと期を無駄にしてしまいかねない。

「授業計画を立てる際は…相談させて貰えますか」

「勿論喜んで」

敬遠していたのが本当に申し訳ないほど、フィルメクオコットさんはいい人だった。

「そうだ!そろそろ夕飯だけど…カノトちゃんはどうする?」

ワクワクと鍋を火にかけ始めている。

「…外で…食べてきますので。今後も食事はお気遣いなく」

残念そうな彼女に引き攣った笑みを遺して、私はそそくさと部屋を出た。

コレさえ無ければ本当に…。



いやしかし。食事問題は何とかしなければならない。この身体は恐らく一〜二食抜いても問題ないのだろうが、そういうわけにもいかない。エネルギー不足は演算機能を低下させるし、そもそも、食物学を目指す学生が食を疎かにするなど言語道断だ。

好意を断っている以上、部屋で自炊は出来ない。いや待てよ?『勉強』に託つけて私に作らせて貰えばいいのではなかろうか。しかしそれでは向こうの勉強の機会を奪ってしまうか。いやいや。だからこそ自分の分だけ作る言い訳に…でも調理場は部屋にひとつしかない。夜は時間をずらせばイケるが朝と昼は授業の時間もあるから…。

悶々と考えている間に食堂に辿り着く。学業区内で学生相手に商売をする人気店だ。とにかく安くて、積んである惣菜を自分で取っていく形式なので量も調整出来る。代金は一律なので損得を考えてしまう事もあるが、なにせ安いので例え少食であろうと多くの人は元は取れているだろう。難点は食事時の混雑具合だが、テイクアウトも出来るので安心だ。流石にテイクアウトの場合はワンパック幾らという計算方法になる。

食べ切れる量だけ買って、空き教室を探す。自由に使えてお茶も飲める休憩室もあるが、いつも割と賑やかで私は落ち着けない。

温かな夕飯に舌鼓を打ちながら、先程食堂で聞いた話を思い出す。学生たちがしていた噂だ。もうじき塔に『特許王』が訪れるらしい、と。

その男は、あだなの通り様々な特許を取っている。幸運に恵まれた天才。顔は知らないが、功績と名前は嫌と言うほど知っている。なにせ、同郷の有名人だ。二人も塔の卒業生を輩出した彼の実家は、立派な邸宅を建て、村のシンボルと化している。私もそのお零れに預かって入学出来たようなものだし、会えるなら会ってみたい気もする。一方、実像を知りたくない気もする。

まあ、まず噂が本当かどうかも解らない。本当だったとして、一目見れるかというと難しかろう。

食べ終わった後の片付けをして、胃休めしてから図書館へ向かった。


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