第6話

 団長とアレックのいる執務室へ入りお茶とお菓子を出す。


 団長はわたしの顔をチラッと見た毛玉アレックは全くこちらを見ようとしない。


 うん、いつものこと。


「どうぞ」と一言だけ。


「失礼致します」そう言って執務室を後にした。


 ーーうわぁ、緊張した。


 昨日の夜会での二人の抱き合った姿を見ての今日は、心臓に悪い。


 だけど今日もアレックは綺麗な顔をしていた。


 なんて馬鹿なことを考えながら仕事に戻る。


 昼食は仲の良い騎士達と仕事の話をしながら食べた。


 そろそろ鍛錬用の制服が古くなってきたので新しい服が欲しいだの、包帯が足りないので買い足しておいて欲しいなど要望を聞きつつ、頭の中で予算を弾き出す。


 その後仕事をあらかた終わらせると第二騎士隊用の厨房へ行きお菓子作りを始める。


 毎日飽きないようにクッキーやカップケーキ、ブラウニー、シュークリームと色々作って楽しんでいる。


 余ったら屋敷に持ち帰って、使用人のみんなと夜のお茶を楽しんで過ごす。


 そこにアレックはいないのだけど。


 屋敷のみんなはいつも「旦那様が申し訳ありません」と謝ってくれる。


「みんなが悪いわけではないもの、どちらかと言うと魅力のないわたしがいけないの」と自分で言って自分で苦笑いするしかない。


 ーーうん、ソニア殿下のように愛らしさもお胸もないもの……もう少し魅力があれば……


 今日はフィナンシェを作っていつものように団長の執務室に置いておく。


 だいたい疲れ果てた団員達は、帰りに甘いお菓子を食べて疲れを癒してから帰る。


 わたしも屋敷のみんなの分だけ頂いて仕事から帰宅する。一応団長からは許可をもらってるので大丈夫。


 定時になるとお迎えの馬車に乗り屋敷へ帰る。


 屋敷に帰るとすぐにアレックの代わりに侯爵家から譲り受けた領地やいくつかの事業の書類に目を通し、執事と二人で打ち合わせをして過ごす。


 休みの時は領地に向かい直接問題のあるところを訪問したり、領民達と話し合ったりしている。これは実家の伯爵家の時にもしていたことなので、特に問題なくこなしていた。


「シルビア様、いつもお手を煩わせて申し訳ありません」


 執事のビルは申し訳なさそうにしているけど、わたしは好きで仕事をしているの。


「明日はお義母様が来られるのよね?夕方は団長のところへ行きたいのだけど大丈夫かしら?」


「はい、プリシラ様のところへ行かれることは侯爵夫人もご存知ですので、午前中のうちにこちらに伺うと言っておりました」


「そう……わかったわ」


 お義母様はアレックにお顔がとても似ていて歳を取られてもまだなお美しい人。


 いまだに夢見る少女のような可愛らしい方でわたしに対しても意地悪はしない。ただ……素直な方なので思ったことをそのまま口にする。


 だから……少しだけ苦手でもある。


 貧しい我が家のこと……


「まぁ、使用人が4人?お食事はどうしているの?入浴は?着替えは?」


「うっそぉ、お菓子を自分で作るの?凄いわね?あっ、わたくし、料理人が作ったお菓子しか食べられないのごめんなさい」


 なんてことを毎回言われる。


 なのに最近はわたしが作るお菓子にハマって


「わたくし苺とベリーのタルトが食べたいわ」とか「チーズケーキはお持ち帰りあるかしら?」と毎回しっかり食べて残りは持って帰る。


 ーーああ、明日は何を作ろう。


 お義母様、嫌いなものが出たら

「これ嫌いなの、何か別のものを作ってちょうだい」と言い出すのよね。


 今回はリクエストがないと言うことはわたしの新しいお菓子を楽しみに待っていると言うこと……





 朝早くに起きて朝市に料理人のダンと出かけた。新鮮な卵と苺やベリー、チェリーにオレンジなどの果物、搾りたてのミルクを手に入れてプリンを作ることにした。


 大きめのガラスの器にプリンを入れてたくさんのフルーツを盛り、生クリームを絞って可愛く盛り付けた。


 今回は新鮮さで勝負!


 お義母様はいつも侍女を二人連れてくる。あと護衛が二人、だから必ず五人分は最低作っておく。


 今回は……お義母様……何故ここにお義父様まで?


 お義父様とはあまり接点がない。アレックはあまり実家に顔を出さないのでお義母様がいつも遊びに来るだけで、お義父様とは数回お会いしたくらいで話したこともあまりない。


「あ、あの、本日はお日柄もよく……ようこそおいでくださいました」


 ーーうわぁ、何言ってるのかしら?


 お義父様はアレックと同じであまり話をしない人。


 お義母様が一人楽しそうに話をして隣で黙ってお義父様は頷いている。

 こんな夫婦になりたかった。


 三人でお茶を飲みながらアレックの話題になった。


「シルビア、今日アレックは?」


「最近は仕事が忙しいみたいであまり帰って来れないんです」


「まぁ、ソニア殿下の護衛だから仕方がないわよね」

 そう言いながら右手を頬に置く。


 ーー何が仕方ないのだろう。


「幼い頃から幼馴染でずっとそばにいたから彼女の我儘もつい聞いてあげてしまうのよ、ねぇ貴方?」


「……そうかも知れないな」


「そうですね、お二人は幼い頃から共に過ごされたのですものね」


 ーー殿下とアレックの噂は二人とも知っているはずなのに……全くそのことを気にしていないみたい。

 わたしとアレックの仲があまり良くないことも知っているはずなのに……


 お義母様はプリンをとても喜んで食べてくれた。

「このプリン甘くて蕩けてしまうわ!果物もとっても美味しい!この生クリームもシルビアが作ったの?お土産に持って帰りたいわ」


 そしてアレックとソニア殿下の仲の良かった子供の時の話を沢山して帰って行った。


「ああ………疲れた」


 わたしがぐったりしていると、ビルが「お疲れ様でございました。侯爵夫人は悪気はないのです……あれでもシルビア様を心配して顔をお出ししているのだと思います」と言うのだけど……あと一年もすれば白い結婚で離縁できる。


 だからどうかもうわたしのことは嫁と思わず放っておいて欲しい。


 お義父様は「何かあれば言ってきなさい」とわたしの肩を優しく叩いて帰って行った。


 ーー何か……アレックとわたしの間には何もなさすぎて……話すことすらない。




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