清水 亮君

「え?」


 ある日の天気がいい昼下がり。

 購買で買ったサンドイッチを片手に、人気の少ない廊下を歩く。

 そんな私の耳に、聞き覚えのある一つの声が聞こえた。

 思わず振り向いた私の目には、いつもの黒髪で振り向く、一人の男子生徒が映る。


「えっ」


 思わず足を止めた。

 いつもと違う場所で見る彼は新鮮で、目が彼を捉えて離さない。

 窓から吹く風の音が、少しの間沈黙を作る。


「そういえば学校、同じだったね」


 そんな中で、貴方は口を開いた。

 そうだった。私はこうなるのが嫌で、私と同じ制服を着る彼と関わりたくなかった。


「そう、だね」


 学校は、ただ勉強をする場所であってほしかった。


「それじゃあ、また、、」


 誰にも、触れないで欲しかった。


「、、、あの!お昼、一緒に食べない?」


 はずなのに。

 気づけば私は、声をかけていた。

 あんなにも人と関わることが嫌だったのに。

 私の中に触れられることが、嫌だったのに。

 自分から突き放していたのに。

 私は彼を知りたいと思った。話したいと思った。

 

 ねぇ、その挨拶の先を、聞かせてほしい。

 私が感じた心地よさの先を、見せてほしい。

 何も知らない貴方について、教えてほしい。

 私のことを、知ってほしい。


 分からない。自分が。この感情が。

 ねぇ、教えて。貴方は私の、何なんだろう。





「こんにちは。清水亮君」


 いつもの道の、空の下。

 少しだけ変わった、いつもの挨拶。

 初めて呼ぶ、君の名前。

 目の前で待つ黒髪の貴方は、少しだけ知れた、

いつもの貴方。

 この少しの変化が私の胸を熱くさせる。

 あぁ、いいんだろうか。こんな感情知ってし

まって。

 今まで散々人を傷つけてきた私が、感じてし

まって。

 温かいこの空間を、大切にして。


「いいのかな、、」





「こんにちは。清水亮君。暑いね、今日は」


「こんにちは、清水君。見て、紅葉が綺麗。秋、私の好きな季節だ」


「こんにちは、亮君。今日は雪が降ってる。冬って感じだね。」



『こんにちは、亮君』

 昨日も今日も明日も、貴方と交わす、いつもの

挨拶。

 一言交わす、短い会話。ねぇ、亮君、、、






 貴方と出会って五ヶ月が経った。

 真っ白な雪が降る月曜日の夕暮れ。

 いつもの道へ、今日も貴方に会いに行く。


「こんにちは、亮君。今日も寒いね。」


 また、いつも通りの道で、挨拶で、揺れる黒髪を目に留める。

 貴方の笑顔に、視界を揺らす。


「ねぇ、亮君、、、。好きだよ」


 零れてしまった、そんな一言。

 あぁ、伝えるつもり、無かったのになぁ。

 ねぇ、亮君。ありがとう。私のそばにいてくれて。私に感情を教えてくれて。

 お母さんだけだった私の世界から、連れ出してくれて。

 ねぇ、亮君。大好きだよ。

 こんな感情を教えてくれて、ありがとう。




 また、ある四月の晴れた月曜日。桜が咲き並ぶ道の下で、私は貴方を待っていた。

 見慣れたはずこの道も、花が咲くのは初めてでなんだか知らない道のようだ。


「こんにちは。葵」


 いつもの声が耳に届く。

 私が待っているのは珍しいが、こんな時間も悪くない。


「こんにちは。亮君」


 この挨拶も、今となればなんだかぎこちない。

 でもこの何気ない一言が。挨拶が。大切な言葉な気がして、貴方と私をつなぐ何かな気がして、大切にしようと思った。


「ねぇ、亮君。この先も、隣にいてくれる?」


 舞い落ちる花びらを見とめて、隣を歩く貴方にふと声をかける。

 少し、不安になった気がしたから。

 また、この幸せな時間が過去になってしまうかも、なんて。

 貴方が私を見てくれなくなるかも、なんて。

 ずっと、ずっと隣にいてほしい、なんて。


「将来は、葵と結婚する」


 その言葉に、足を止める。

 ねぇ、亮君。ずるいよ。

 私の頬に、涙が伝う。

 冗談のようにも、真剣にも聞こえるその一言が、私を何処までも安心させる。

 確証もない、そんな一言が。


「そっか。じゃあ私は清水葵だね」


 私はある一つの鍵を貴方に渡して、そんなことを呟く。


 ねぇ、お母さん。私今、幸せだ。

 こんな私なら、見てくれるかな。

 これが、見たかった私かな。

 ごめんね、お母さん。遅くなっちゃった。

 やっとお母さんに会いに行ける。笑わせられる。

 また、二人で__。


“ねぇ、お母さん”


「ブー、ブー」


 そんな時、ふと私のスマホが音を鳴らす。

 誰だろ、、、


「知らない、番号、、、」


 つうと、私の背に嫌な汗が流れる。

 なんだか、出たくない。この、嫌な予感はいったい__。


「、、、はい、もしもし」


 震える指で、一つのボタンをスライドする。

 そのスマホから聞こえてきたのは、知らない女の人の声。


「川野葵さんでお間違いないでしょうか。こちらの病院に入院されていたお母さまが、今__!」


「え、、?」

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