12:メモリーズ24時
メモリーズでワンオペをすることになった私は、早速、先輩の記憶を受け取った。
ちなみに先輩本人は今日から海外旅行だ。自分の仕事の記憶を置いていくなんて、なかなかできる先輩である。まあ、置いていかれた私の身にもなってほしいところだが。
「はい、いらっしゃいませ」
入ってきた客は、コンビニのバイト帰りらしい。レジ打ちの記憶がユニフォームからにじみ出ている。文字通り「にじみ出ている」のだ。この施設では記憶が青白い靄のような形で見える。便利といえば便利だが、正直なところ見なくていい記憶まで見えてしまう。さっきも誰かの「彼女に振られた記憶」が通路に漂っていて、掃除するのに苦労した。
「あの、記憶、交換したいんですが」
「はい。料金プランは三種類ございます。お安い順に、『一時預かり』『二十四時間保存』『永久保存』となっております」
先輩の接客の記憶が勝手に口を動かす。私の中で、先輩が接客している。なんだかすごく変な感じだ。
「一時預かりで」
「はい。では通路をお通りください。ランダムで他のお客様の記憶と交換されます。交換された記憶は二十四時間で消失いたしますので、ご注意ください」
コンビニバイトの彼は通路に入っていった。すると、彼のレジ打ちの記憶が靄となって立ち昇り、代わりに誰かの居酒屋バイトの記憶が彼の中に流れ込んでいく。居酒屋の記憶の中で店長が「これくらい一人でできるでしょ」と言っているのが見えた。あー、うちの店長にも同じこと言われたなー。記憶が共感を呼ぶ。
そういえば、この施設自体もワンオペなのだ。皮肉としか言いようがない。記憶交換を管理する私自身が、せっせと記憶を交換しながら働いている。今日はもう三人分の接客記憶が私の中に入っている。一人分くらいなら対処できるが、三人分というのはさすがにしんどい。誰かが「いらっしゃいませ」と言おうとすると、別の誰かが「失礼いたします」と割り込んでくる。
奥の防犯カメラ(実際は記憶流出測定器)が点滅している。また記憶ブローカーが来たようだ。彼らは価値のある記憶を密かに収集して転売している。先輩の記憶によると、放っておくのが一番いいらしい。面倒なことになるからだ。でも、先輩の記憶には「たまに取引してもバレないよ」という情報も含まれている。これはどっちの記憶を信じればいいんだろう。
ふと、自分の記憶が少し不鮮明になっていることに気がついた。誰かの記憶と混ざっているのかもしれない。私は自分の名前を思い出そうとする。...思い出せた。よかった。この仕事を始めて三ヶ月、自分の名前を忘れた人を何人も見てきた。記憶交換の依存症だ。昨日の記憶を忘れるために今日の記憶を交換し、今日の記憶を忘れるために明日また来る。
「いらっしゃいませ」
今度は居酒屋の制服を着た若い女性が入ってきた。彼女の周りの靄が妙に濃い。相当疲れているのだろう。きっとワンオペだ。
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