第18話 閑話~ケイラ・ヴァリアント視点1

《ケイラ・ヴァリアント》

 入学式。

 道に迷い、ちょっと遅れてしまった。

 途中、男子生徒に会ったので道を尋ねようとしたら激しく舌打ちされ、無視された。

 高貴な方のようなので黙って頭を下げたら行ってしまったが……迷っているんだからしかたないじゃない! と叫びだしたかった。

 なんとかたどり着き、ふと見たら……リリスはすでに座っていて、周りの女子生徒と楽しげに話していた。


 ……なんであの子が他の女子に受け入れられているの……?

 ワガママで、人の物をなんでもほしがるあの子が?


「……早く席に着きなさい!」

 誰かに叱責され、私は慌てて貴族クラスの最後尾、一つだけ空いた席に座った。

 周りは自己紹介が済み、すでにグループが出来ているようだ。

 出遅れた私はどうしたらいいかわからず、黙って座っているしかなかった。


          *


 ――私が前世の記憶を取り戻したのは、リリスが父とメイドの間に出来た子だと知ったときだ。

 そこで、この世界が前世に読んだ小説の世界だと解った。


 数年後、母が亡くなりリリスの母が正妻になる。

 そうしたら、私はリリスからすべてのものを奪われ、使用人と同じ扱いになるのだ。

 さらには、唯一優しくしてくれた婚約者までも、リリスに奪われるのだった。

 ……絶望した私は隣国へ移り、苦労しながらそこで新たな生活をしていると私は聖属性を持つ魔法使いだと判明する。途中で懐いた大きな猫は、聖獣だったのだ。

 そして、王族に囲われて、かつての男爵家は稀少な聖属性の魔法使いを追い出した罪で取り潰しされるという、結果的にはハッピーエンドなのだが……。


 私は王族になりたいわけではない。

 お父様とお母様と優しい婚約者とともに、男爵家でのんびり暮らしたいのだ。

 苦労だってしたくないし、父とメイドの間に出来た子に虐げられたくない!


 だから、原作改変をするべく動いた。

 まず、お母様の体調を調べることにした。


 最初、お母様に体調を尋ねると「どうしたの、そんなことを訊いて」と、笑ってくれていたのだが、何度も尋ねると怪訝な顔をし出した。

 つい、「お父様の愛人が母を亡き者にするんじゃないかと……」とこぼしてしまったら、お母様が怒ってしまった。


「子どもの言うことではないわよ、ケイラ。あなたが不安に思うのはもっともだけど、あの親子はわきまえていますし、そもそも私が亡くなったとしても、彼女は正妻にはなれません。その場合、あなたのお父さんは爵位を返上するでしょう。あるいは、あなたが成人して結婚するまで、他の領地経営出来る後妻と契約結婚するでしょうね」

 だから心配しないのよ、と頭を撫でられた。


 それでも心配だった。

 リリスは厨房に出入りしている。

 毒を盛り放題なのだ。

 リリスの厨房入りをやめさせるようにお母様に頼んだが、聞き入れてもらえない。


「リリスはまだ幼いのに料理人の手助けをしているのよ。料理人も助かっていると言っているわ。なぜそれを止めないといけないの。第一、リリスが厨房で手助けするようになってから、食事がおいしくなったでしょう? ……ケイラ、もう少し警戒心を解きなさい。あなたが恐れるようなことは何もないのよ」


 私が何度頼んでも、お母様は聞き入れてくれない。

 しまいには怒り出すようになってしまった。

 それでもなんとか、定期的に医者にかかるようにという約束を取りつけた。


 結局、その時が来てもお母様は亡くならなかった。

 でも。


「今日から、リリスを教育します。……今まではまだ幼かったのでメイドの子として扱っていましたが、これからは男爵家当主の娘としての礼儀作法と教養を学ばせますから」


 そう紹介されて、目の前が真っ暗になった。

 お母様は無事だ。だけどリリスはお父様の娘になったのだ。

 結局、行きつくところは同じなのか。


 ――だけど、お母様は生きている。

 私がリリスから何か奪われたら、訴えることが出来るのだ!


 ……ところが、リリスは警戒しているのか、私から何も奪おうとしない。

 ドレスも、ブローチも、何もほしがらない。

「うらやましい」とさえ言わない。

 人気取りをして、皆を洗脳してから奪っていくのかもしれないと、私は奪われるはずのお気に入りのブローチを隠し、お母様に先回りして訴えた。


 これで、リリスはメイドの子に戻るだろう。

 私は一安心した。


 ――数日後、厳しい顔をしたお母様に問いただされた。

 いつ、どこで、どんなふうに奪われたのかを言えと。


 私が答えられずにいると、叱られた。

「あなたがリリスを受け入れられない気持ちは理解出来るわ。……だけれど、嘘をついて陥れようとするなど言語道断です!」

「違います! 本当にそうなるんです!」

 お母様は信じてくれなかった。

 なので、メイドたちに訴えた。

 でも、メイドたちも、「叱っておきますね!」と最初は言ってくれていたのに、次からはいくら訴えても「はいはい、そうですね」と流されるようになった。

 ……リリスが、着々と周りを洗脳しているようで、恐ろしかった。

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