第16話 アルミラ洞窟
酒場でリアナと飲んだ後、トーマは宿屋に戻った。部屋に入ると、しばらくベッドに腰を下ろし、今日の出来事を振り返り始めた。リアナとの出会い、ギルドでの冒険者登録、メンターとの戦い、そしてD級ライセンスを取得するまで――あまりにも急展開で、彼にとっては怒涛の一日だった。
「冒険者…か」
トーマは手に入れた冒険者証を持ってD級と書かれた部分を見る。
「…リアナには悪いが、まずは一人で冒険者としてやってみるか。」
冒険者とはどのようなものか、明日まずは一人で経験することにした。
翌朝、トーマは冒険者ギルドに向かい、新しい任務を受注することにした。ギルドの掲示板に貼られた数々の依頼の中、とある討伐依頼について目に入った。
「アルミラ洞窟にてゴブリン退治…1層から3層にゴブリンが生息しているのか。」
アルミラ洞窟はイニツィオの街の西に位置し、全10層のダンジョン構造になっている。そのうちゴブリンは1層から3層にかけて生息しており、繁殖力が高いため定期的な間引きが必要とされていた。このため、ゴブリン退治の依頼は低レベルの冒険者にとって訓練の意味合いも兼ねて出されることが多い。ただし、ゴブリンは狡猾であり、低級の冒険者が単独で挑むと命を落とす危険性があるため、パーティを組んで行うことが前提の依頼だった。
トーマは受付で依頼を受注し、そのまま準備を整えて出発しようとしていた。その時、リアナがギルドに入ってきた。
「おはようトーマ、早速依頼を受けるのね...って、アルミラ洞窟のゴブリン退治を一人でやろうとしてるの!?」
「そのつもりだよ」
「まあ、あんたなら一人でも大丈夫だろうけど…一人で行くのは危険だわ!」
リアナは心配そうな顔をして言ったが、トーマは笑みを浮かべて首を振った。
「ありがとう、リアナ。ただ冒険者の依頼がどのようなものなのかをまず一人で経験してみたかったんだ。だから一人で大丈夫さ」
「でも…!」
「心配するなよ。ゴブリンならゲヘナの森で戦ってきたから。」
リアナはしばらくトーマの顔を見つめていたが、やがてため息をついて頷いた。
「分かったわ。でも、無理はしないでね。何かあったらすぐに戻ってくるのよ。」
トーマはリアナに軽く手を振り、そのままギルドを後にした。
トーマはイニツィオの街を出て、乾いた風が吹き抜ける荒野を西へと向かった。足元の砂利がカリカリと音を立て、太陽は遠くの地平線に沈みかけていた。しばらく進むと、目の前に巨大な岩壁が見え、その中にぽっかりと開いたアルミラ洞窟の入り口が現れた。洞窟の入り口は広々としていたが、その奥からは冷たい薄暗い空気が漂ってきており、まるで内部に何かが潜んでいるような不気味さを感じさせた。
トーマは立ち止まって洞窟の様子を観察した。そして、ゆっくりと洞窟の中へと足を踏み入れた。洞窟内は薄暗いが見えないほどではなかったが、空気は湿っていて、鼻腔にかすかなカビの匂いが漂ってきた。
進んでいくと早速ゴブリンの姿が見えた。3体ほどのゴブリンがこちらに向かってきており、トーマに気付くやいなや、ゴブリンたちは奇声を上げながら襲いかかってきた。
ゴブリン達のその様子にトーマは冷静に対応し、全ての攻撃を避ける。ゴブリンの攻撃は全て見切られ、逆にトーマの拳が当たったゴブリンの部位を跡形もなく消し去っていく。
「あ、忘れた」
ゴブリン達を倒した後、トーマはそのまま進もうとしたが、このままだと依頼達成にならないと気付き、残ったゴブリンの体から耳を討伐証明として切り取っていった。
部位を切り取っていると奥からゴブリンの気配を感じた。
「これはなかなかの数いるな...まあこの程度ならいくら来ても問題ないか」
トーマはこのD級で挑むことが出来る依頼を一人で受けられるものとして軽くみていた。本来はパーティで臨む依頼であり、C級のリアナですら一人では苦戦するであろうものをこの程度と思えるほどトーマは規格外であるが、そのことを本人は知る由もなかった。
1層を狩りつくした後、2層に進んだが状況は同じだった。ゴブリンたちは集団でトーマを囲み、罠を仕掛けて追い詰めようとしたが、トーマはその全てを見切り、一撃で葬り去っていた。彼の動きは次第に鋭さを増し、ゴブリンたちは恐怖に駆られて逃げ出すことすらできなかった。
「気配が無くなったな、下へ降りるか」
トーマはそう呟きながら3層に足を踏み入れた。3層はこれまでよりも広く、ゴブリンたちもさらに多く潜んでいるようだった。
(気配は多いけど...問題ない)
トーマは変わらないペースで、次々と現れるゴブリンたちを討伐していった。
そして3層の中盤に差し掛かった時点でゴブリンとは違う気配に気づいた。
(?...人の気配?)
トーマはゴブリンとは違う気配を感じ、他のモンスターかと思ったが、どうやら他の冒険者がいるのだと気付いた。
(まあ俺だけが来てるわけではないから当然か)
そう思いその気配がある方向に進もうとすると違和感を感じた。
その瞬間トーマは自信の警戒のレベルを最大限まで引き上げた。
進行方向の先に感じる気配は大人二人と子どもの気配…そして
(これは...穏やかじゃなさそうだな)
そう思いながらトーマは見つからないようにその場所の様子を伺った。
そこには商人のような恰好をした小太りな男とリアナと冒険者ギルドで会ったクルスがいた。そして、その足元には粗末なワンピースを着た血だらけの少女が倒れていた。手足には手錠、首には首輪をつけられ鎖が繋がれており、繋がれた鎖の先を小太りの男が持っていた。
「こいつは大丈夫なのか?」
クルスが小太りの男に言う。
「ええ、多少痛めつけても問題ございません。」
それに呼応するように小太りの男が答える。
「それなら安心だな。」
クルスはそう言って少女の髪の毛を掴んで持ち上げる。
「これから俺が主人だ!かわいがってやるぜぇ...」
その瞬間トーマの中でクルスと小太りの男に嫌悪が湧いた。
リアナから聞いた話だと、この国では奴隷制度自体はあるが奴隷の売買は禁じられていた。
(クルスには悪い噂があると聞いていたが、それがこの国で禁止されている奴隷の売買だったとは...つくづくこの世界の人間はクズが多いな)
トーマはそのまま去ろうとした。
(力なきものは淘汰される…この世界では常識だろ)
この世界に来てから受けた理不尽から、トーマは少女を救おうとしなかった。
なぜならこの世界は弱者に厳しい世界だ。有用でなければ廃棄される。
自分のように。
そう考えながら去ろうとすると少女が言葉を発した。
「た...す...け............て」
そのふり絞って出されたSOS、それを聞いてしまったトーマは足を止める。
(この世界はクソだが...自分までクソになる必要はないな)
そう思いながらトーマは少女が助けを求めた場所へと歩を進めた。
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