最弱スキル【反転】で無双する異世界冒険譚

@iwatan8

第1話 平和な日常と終わり

逆見東真(さかみとうま)はいつものように学校の廊下を歩いていた。春の柔らかな日差しが窓から差し込み、廊下には他の生徒たちの賑やかな声が響いている。横には天道勇人(てんどうはやと)がいて、彼の話はいつも通りだ。勇人はクラスの人気者で、スポーツ万能で頼りがいがある。彼の笑い声は周囲を和ませ、自然とみんなの注目を集めていた。


東真はそんな勇人を見ながら、どこか遠い存在のように感じることもあった。自分にはない明るさ、堂々とした振る舞い。そんな勇人を羨ましく思う瞬間もあったが、それでも彼との友情が心地よく、共に過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。ふと勇人が楽しそうに語る横顔を見て、東真は「自分もこんな風に輝けたら」と思うことがあった。


「なんだよ、東真。そんな顔してどうした?」


勇人が不意に振り返り、笑顔を向けてくる。


「いや、別に。ただ、お前はいつも楽しそうだなって思ってさ。」


「おいおい、何だそれ?俺たち三人で一緒にいるときが一番楽しいんだからさ。お前ももっと笑えよ!」


勇人の言葉に東真は自然と笑みがこぼれた。彼らの間には、言葉を交わさなくても通じ合える何かがあった。それが東真にとって、何よりも大切なものであり、失いたくないものだった。


「おーい、東真、勇人!」


声をかけてきたのは神楽美咲(かぐらみさき)。


「おっす、二人とも!またなんか面白い話してるの?」


美咲は天真爛漫な性格で、明るい笑顔で周りを照らす存在だった。彼女の大きな瞳はいつも好奇心に満ちていて、何事にも前向きに取り組む姿が印象的だった。


「美咲、ちょうど今、勇人がまたくだらない自慢話をしてたところだよ」と東真が笑いながら言うと、勇人が「おい、くだらないって何だよ!真実を語ってるだけだぞ」と冗談交じりに肩を軽く叩いてきた。


「まあまあ、二人とも仲良しなんだから喧嘩しないでよね」と、美咲は笑顔で仲裁に入った。


東真はそんな美咲に密かに想いを寄せていたが、それを表に出すことはなかった。彼はこの関係が崩れることを何よりも恐れていたからだ。


三人は何をするにも一緒だった。学食で同じテーブルを囲んで談笑し、放課後も寄り道をしながら帰ることが多かった。


「ねえ、将来ってさ、何になるかもう決めてる?」


ある日、美咲がぽつりと問いかけた。


「俺はプロのアスリートかな、やっぱり」と勇人は胸を張って答えた。


「東真は?」


「うーん…まだ特に決まってないかな。でも、何か役に立てることができたらいいなって思ってる」


「そうなんだ。東真ならきっと何でもできるよ」と美咲が微笑みながら言った。その言葉に東真は胸が熱くなり、顔が赤くなりそうなのを必死で隠した。


ふざけ合い、時には真剣に将来のことを語り合うこともあった。そんな平凡で心温まる日常が、いつまでも続いていくものだと信じて疑わなかった。




しかし、その平和な日常はある日、突然終わりを迎える。


学校帰りの道、三人で何気なく話しているとき、遠くから突然車のクラクションが鳴り響いた。喧騒の中で一瞬静寂が訪れたかのように、東真の心臓が跳ね上がった。振り向くと、一台のトラックが制御を失い、信じられないスピードで勇人と美咲に向かって突っ込んでくるのが見えた。


「危ない…!」


東真の中で何かが弾けた。頭で考える暇などなかった。一瞬の迷いもなく二人に駆け寄り、全力で叫んだ。


「避けろ!」


体が勝手に動いた。鼓動が耳に響き、世界がスローモーションになったかのように感じた。勇人の驚いた表情、美咲の目が大きく見開かれる様子。その全てがはっきりと見えた。


「絶対に守る…!」


必死に手を伸ばし、二人を突き飛ばそうとしたその瞬間、全身が強い光に包まれた。まばゆい光が視界を覆い、衝撃を感じる前に、東真の意識はふわりと浮かび上がるようだった。世界が白く染まり、何もかもが消えていく感覚。


自分の声が、誰かの叫びが、遠くでこだましているように聞こえた。その音さえも次第に薄れ、やがて完全な静寂に包まれた。




眩しい光が収まると、東真は石造りの広間に立っていた。冷たい石の感触が足元に伝わり、周囲の空気は厳かな緊張感で張り詰めている。目の前には大きな玉座があり、その周りには豪華な装飾が施されている。天井は高く、荘厳なシャンデリアが煌めいており、壁には歴史を感じさせるタペストリーが掛けられていた。そして、広間には多数の騎士や貴族と思われる人々が立ち並び、彼らをじっと見つめていた。その視線には期待と不安、そして好奇心が入り混じっているのが感じ取れた。


「ここはどこだ...?」


美咲が怯えた声でつぶやいた。その声には動揺と困惑が滲んでいて、東真は美咲の震える肩を見て胸が締め付けられるような思いだった。勇人も眉をひそめ、いつもの自信に満ちた表情は影を潜めていた。三人とも状況を理解できていない。周囲の人々は何かを期待するように彼らを見つめているが、それが何なのか全くわからなかった。


「勇者たちよ、よくぞ来てくれた!」


高らかに響く声に振り向くと、玉座に座る国王らしき人物が三人に向けて言葉を放っていた。その人物は豪華な衣装をまとい、冠をかぶっていた。その声には歓喜と安堵が混ざっていたが、その一方で重い責任を感じさせる響きもあった。東真にはただ不安が募るばかりで、目の前の状況に頭が追いつかない。


「勇者...?」


東真は自分たちがその言葉で呼ばれることに違和感を覚えた。普通の高校生であった彼らの日常は、今、この瞬間、完全に終わりを告げたのだと痛感させられた。

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