第9話

 記録越しにチセが告げた言葉を反芻する。彼女は、確かにこう言ったのだ。


“わたしにとって大事なのはストーリーの大筋が変わらないことだから、それ以外の些細な部分は、正直どうだっていいし。数人ひっそり生き延びるくらいなら許容範囲かなぁ”


 勿論、どこまで本心かはわからない。気が変わってあっさり前言撤回するかもしれないし、そうでなくても、私たちの行動が目に余れば潰しにくることだってありうるだろう。力関係は完全にあちらが上だ。

 なによりこちらの最終目標は、国が滅ぶ未来を変えることだ。ストーリーを完遂したい彼女とは、どのみち最終的に敵対する。けれど少なくとも今のうちは、――対抗する術がないうちは、彼女を刺激しない手段を講じるべきである。


「とりあえずしばらくの間、チセと正面から対立するのは避けたい。そんなんでどうやって未来を変えるんだって言われると、答えに困るけど……」

「まぁ、それはこれからも考え続けるとして。出来ることから始めようというお嬢様の意見にはおれも賛成です――そのうえで、計画の概要を教えていただけますか」


 私はジークに促されるまま話し始めようとして、直前に、そばのテーブルから書類の束を集めた。先程書庫で調べた内容の覚え書きである。そこに記した乱雑な文字の羅列を指で追いながら、説明を続ける。


「まず結論から言うと、殿下との婚約が公表されるより先に、別の相手との婚約を進めてしまおうと思うの。その相手と家同士の繋がりができることが、将来の第二王子夫人を輩出することより重要であるとアピールできれば……きっとお父様は賛同してくれるはずよ。王家側からすれば、大勢いる婚約者候補のうちのひとりが脱落するというだけ。私が抜けた分序列を繰り上げれば済む話だから、食い下がったりはしないと思う」

「そんなに都合の良い相手がいるのですか?」


 当たり前の疑問を口にするジークに、私はにやりと笑って答えた。


「いる。さしあたって数日のうちに、相手のお家にお邪魔するつもりよ。そのときはあなたにも付き合ってもらうわ」

「それは勿論、構いませんが」

「なら、大丈夫。きっと上手くいくわ。ううん――上手くやってみせる。……あぁ、そうだった。そのお相手というのがね」


 書類の束の最後に、一際大きく記したその名前を、ジークに見えるように差し出す。そして私は、堂々と口にした――世間的には死んだことになっている、“彼”の名前を。


「ルクシオン・ヴァルドル。ヴァルドル伯爵家――通称魔法卿の、ご長男よ」

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