第36話 凍道チャンネル「祟神機関八咫烏スペシャル⑪」

「祟りと崇めるはこじつけ?うーん。漢字の成り立ちから言って、こんなに相反する概念の字がパッと見でこんなに似てるのは変だと想うけどねえ。こじつけといえばさ、日本って、”実るほど頭を垂れる稲穂かな”みたいに、偉くなった人は謙虚であらねばならないっていう美徳あるよね?その原点ってなんだと思う」


『あるね』『それが?』『原点って?』


「日本の歴史上、驕り高ぶった人間というと誰を連想する?はい制限時間10秒」


『足利尊氏のだ』『花山天皇』『織田信長』『藤原道長』『平清盛』『花山天皇』『豊臣秀吉』『道長』


「信長はおごってねーっつの!あと花山天皇は違うベクトルねw正解は、俺は、藤原道長と平清盛だと思う。それぞれわかりやすいエピソードがあるね。藤原道長は、”この世をば我が世とぞ思う望月の欠けたることも無しと思へば”と、自分は世を支配しており、満月のようだと詠んだと逸話がある。平清盛は”平家にあらずんば人にあらず”と、人権思想がない時代なのにまるで人権を否定するかのようなえげつないことを言った、みたいな逸話が平家物語にある。平家物語自体が、”奢る平家は久しからず、生者必滅盛者必衰の理~”って話だよね。ここまでOK?」


『OKのだ』『はいのだ』『は、はい』『それが?』


「まず、この”望月の歌”は、藤原道長自身が文字にしたりして残していない。道長の日記である御堂関白記も残ってるのに、「みんなで歌を詠みました」くらいしか書いてなくて、望月の歌については書き残されていない。では誰が残したのかと言うと、藤原実資という人が日記で「こういうことがありました」と残してるんだ」


『へ~』『でも藤原一族じゃないの?』


「で、この実資という人がどういう人だったかというと、”三条天皇と道長は不仲で、やがてことごとに対立するようになった。ところが朝臣の多くは権勢家の道長に阿り、天皇は孤立し、朝廷の綱紀は日々弛緩するようになった。この時も実資は敢然として公平な立場に努め、天皇も密かに実資に頼るようになった。”とあるように、天皇側について道長と対立していた人で、なぜか史料では良識人と説明されてるんだ。まるで”太平記”みたいにwちなみに道長が病気で死んだあとも実資は権力の座にいました」


『・・・あっ(察し』『あかんこれ』『はわわのだ』


「そして、天皇の側についた実資もまた、太閤秀吉と同じく、子どもができなくて焦っていたというエピソードがある。"花山院の女御・婉子女王と大恋愛して結婚したが子供に恵まれず、晩年認知症が進行してからは焦りのために手当たり次第に手を出し、妻が非常に少なかった政治上の弟子・宇治関白頼通を嘆かせている。"とね。たとえば、病気の研究が進んでれば、種無しにすることも容易いかもしれない。これは流石に考えすぎかもしれないが、実資というこのマイナーな藤原一族の人も、どうも種無しだったみたいだね」


『偶然だぞ』『えっ・・・あっ』『偶然だぞ』『やめるのだ!』


「実資は道長の所業に対して強い批判を書き残しているのにもかかわらず、望月の歌はこんなことがありました、と残しているだけであまり批判していない。”道長が「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも 無しと思へば」の和歌を披露した際、道長は実資に対してこれに必ず和してもらいたい(返歌を作って欲しい)と述べた。実資は白居易が元稹の詩を絶賛して和せずにただその詩を繰り返し吟唱した故事をあげ、居並ぶ公卿とともにその歌を数度吟詠した”とあるだけだ。それまでの実資から言っても、ここで「道長ほんま偉そう!」とか憤るはずなのにそれがない。これは、創作なんじゃないのか?道長が祟りにあう予定だから、驕り高ぶった道長には祟りが落ちると言いふらしてくれとか、天皇に頼まれたんじゃないのか?」


『いけませんよ!』『いまアカデミアの席が爆発しました』


「”道長の娘・彰子が入内する際、調度品の一つとして、公卿名士たちから和歌を募り、筆を入れさせる四尺の屏風が用意された。これには公卿たちだけでなく、花山法皇までも歌を贈ったが、当時中納言であった実資だけは、道長から何度催促されても「大臣の命を受けて、その屏風に歌をつくるなぞ、未だに前聞なし」と言って、歌を献じるのを拒んだ。”どうだい?藤原実資って、太平記で「忠臣」としてクドクドと持ち上げられた楠木正成みたいじゃないかい?この実資の日記ってちょっとあやしくないかい?」


『お口ミッフィーのだ』『んっ・・・』


「最後に、藤原道長が「望月の歌」を詠んだとされるのは1018年の10月のことだ。ところで道長は、1018年の4月から胸病の発作が苦しく、叫び声をあげるほどだったと日記に書き残している。9月からは目も見えなくなってきて困ったとも。さて訊くが、胸の病で叫ぶほどくるしい、目が見えなくなってきた、と日記に書き残していた道長が、”ワールド・イズ・マイン”なんて歌を本当に詠んだのだろうか?これこそが、天皇が実資を使って工作したデマの和歌なんじゃないか?天皇を掌握しようとした驕り高ぶった藤原道長は衰退しました、というイメージで、天皇を超えようとするような驕り高ぶることはいけません、そんなイメージ戦略だったんじゃないか?」


『もう何も言えないのだ』『おもしろっw』

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