三千世界のロンギヌス

毎日消

1-①.地球は緑だった

「『白鳥は 哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ』。この俳句の意味を考えてみましょう」

 一般的な小学校の一室。きっちりとシャツを着こなす若い教師が生徒に向かいそう問いかける。

 数秒の沈黙の後、一人の生徒が不服そうな目をしながら手をあげる。

 

「でも先生、空も海も緑色じゃないですか」


 世界はそうやって回っていた。青色が無くなろうと、今や誰も咎めることはない。

「そうだね。でも昔は青って名前の色があったんだよ。先生のお父さんお母さんがまだみんなくらいの頃には存在していたらしいんだけどね……」

 教室内の生徒は枷が外れたかのように"青"について話しだす。どんな色だったのか、今も見ることができるのか、自分の名字にこの文字が入っているなどなど。


 地、水、氷、炎、光、闇、風……この世に生まれた全ての人間はこの七つの内どれかの能力を手にして生まれる。最近は無能力者が増えているという話も聞くが。

 だがしかし、本のように能力者全てが自身の能力、水の能力者であれば水を操れる訳ではない。

 能力者の中でもランクがあり……というのは少々難しいのでまたいつかにしよう。


 この能力というのはもちろん便利である反面、犯罪などに使われやすいのも事実だ。

 特に、七年前のヨーロッパ・アジア集団能力暴走事故……通称"能力騒動"で先進国の大半が一瞬とはいえ秩序が保てなくなってしまったことにより、世界的に能力を用いた犯罪率が高まった。

 自己防衛が求められる中、各国で急速に信者を増やしていた聖教会が全世界に対し声明を出した。

 聖教会は教会に所属することで自分自身はもちろん、近親者の安全も保証すると断言した。

 この発表により、先進国の中で一番信者が少なかった日本での聖教会の信者は急増。それまで地方の神社や寺で行われていた自治は崩壊。


 これは不味いと判断した全国の神社と寺が一丸となり全日本仏神道連盟というのを発足させたらしいが、結局所属人数が聖教会を上回ることは無かった。

 それだけで終われば良かったのだが、神はこの世に一人しかいないと主張する聖教会、連盟の中でも八百万の神を信仰する派閥、仏を信仰する派閥などと思想の違いから完全に敵対。

 

 人々の安全を守ると宣言した二つの組織があまつさえ町中で衝突することもしばしば。

 こういったやり方に不満を持ち所属はしているが思想には賛同していないという人間もよく見る。

 そのため、教会に所属している場合には連盟の……


「訳わっかんねーよ!」

 説明の途中にそう声を上げ話を遮る。

 ぐちぐちと不満を垂れる赤茶色の髪を持つ少年の名前は赤塚賢斗あかつかけんと

「ちょっと! あんただって他人事じゃないんだからね! これからひかり高の生徒として……」

「知らねー、大体俺一人の行動で学校の評判なんて変わらねぇよ!」

「いや、それだけじゃないわよ。最近は教会と連盟の衝突が特に多いじゃない。その分教会付属のこの学校の生徒が狙われることだって――」

「やめろやめろ! 分かったから!」

 

 少しばかり冷たい態度を取り、口をへの字に曲げているそばかすのある少女の名は武中たけなかみう。

 腰まで伸びるウェーブがかった灰の髪をいじりながら深緑の目を伏せる傍ら、赤塚はオーバーに感じるほどわーわー言いながら耳をふさいでいる。

「うるさい恥ずかしい! まだ中学生気分なの?!」

 

 息をするように言い争いをする二人はともかく、少しばかりこの学校について説明しておこう。

 赤塚と武中が入学するこの高校、聖教会付属煌高等学校は名前の通り聖教会運営の学校。

 ただの宗教系の学校ではない。全国的に見ても偏差値が高い上、この学校に所属していた経歴があれば少なくとも聖教会で勤務できる。

 他にも利点はあるのだが、今は割愛しよう。ともかく、この煌高等学校は様々な側面から入学希望者が絶たない国内屈指の進学校なのだ。

 

 二人の言い合いもどんどん論点がずれ、今となっては発端も忘れこれから始まる希望に満ち溢れた学校生活について談笑している。

 地図で見たときはあんなに遠く感じた学校も今は目の前にそびえ立っている。

 西洋の城さながらの豪華な門を潜れば、打って変わって現代的でシンプルなデザインの校舎が視界の端まで見える。真っ白に塗りつぶされたその建物は朝日に照らされ、少し眩しいとも感じる。

 

 正面に見える玄関には「二〇〇九年度一般クラス新入生はこちら」と書かれたプラカードを持った人間が立っている。

 能力が優れている、親が聖教会の重役などの生徒は特別クラスに入学するのらしいのだが、赤塚達一般クラスとの区別を徹底しており特別クラスの校舎への専用バスが出されるほどの距離なんだそうだ。

 中に入れば沢山の新入生がひしめき合っており、ひとたび見失ってしまえば再び見つけるのは困難なほど人間で溢れかえっていた。

 

 背伸びをして少し先を辺りを見渡すと、どうやら先にあるクラス分け一覧を見ようと一箇所に集中してしまっているようだった。

「何か向こうにクラス分けあるっぽいぞ。早く行こうぜ」

 サッと武中の手を掴み、同じく一覧表を目指す生徒に時たまぶつかりつつも人混みを掻き分けスムーズに目的地へと向かう。

「ちょっと待っ……いきなり何すんのよ!」

 落ち着いて周囲を見渡してみると段々道筋が見えてきたおかげで、クラスが表記された紙まで辿り着くのに時間はかからなかった。



次回投稿は明日12月13日です。

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三千世界のロンギヌス 毎日消 @everyday_kie

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