ホルン吹きの休日
清瀬 六朗
第1部 色とりどりの音符
第1話 色とりどりの音符(1)
少女が歩いて行く。
背筋をピンと伸ばして、顔をしっかりと上げて。
目は、遠くを見るようにはっきりと見開いている。
髪質はさらっとしていて、艶のある前髪の先は眉のあたりできちんと揃っている。
肩の後ろまでの長い髪が歩くのに合わせて自然に揺れる。
背丈は中学二年生としては中ぐらい、まん中より少し高いほうだ。
紺色の吊りスカートに襟なしジャケットという制服を着て、さっそうと歩く。
手に持っているのはホルンのケースだ。
そのなかに入っているのは、ホルン奏者の父がいずみのために作ってくれた、世界でただ一つのホルン。
三階から下りる階段にかかったところで、音楽が聞こえてきた。
ホルンの音!
深みがあって美しい音だ。
いずみにとってはとても身近で、大好きな音。
その音が、いまは、活発な、テンポの速い曲を演奏している。
流れるようにメロディーを奏で、そのメロディーにハーモニーをつけ、力強く拍を打ってリズムを支えている。
正確に、むだなく、必要な音をきちんと楽器から空気のなかへと打ち出す。
打ち出された音が、水のように、惜しげもなく、なめらかに流れて来る。
その流れてくる音が金色の流れのようにきらきらと輝いている。
だれが吹いているのだろう?
リーダーの
もし先輩が吹けるとしても、その音を支えているのは?
同じ二年生の
黄金の川を泳ぐようにしてたどり着くと、教室の扉は開いていた。
教室に入る。
机を後ろに寄せてスペースが作ってある。
詩乃先輩は椅子に座ってその曲に聴き入っている。膝についた
いずみと同じ二年生の谷川みち子がその向こうに並んでいる。
いつもどおり、何を考えているかわからない柔らかい笑顔で、目を細めてそのホルンの音色を受け止めている。
一年生三人がその二人の後ろに椅子を並べている。
詩乃先輩が、いずみの顔をちょっと見上げると、谷川みち子とは反対側、自分の左隣の椅子を軽く叩くふりをした。
ここに座りなさい、ということらしい。
いずみはそこにそっと座る。
自分のホルンのケースを椅子の左側に置く。
顔を上げて奏者二人を確かめた。
巧いはずだ。
向かって右が
二人ともいまは高校生だ。
二人とも、
この二人で去年まで中学校のホルンパートを率いていた。たしか池浦先輩がリーダーだったと思うけど、演奏技術に優劣はなかった。二人とも巧い。
二人?
いずみは驚いた。
いまさら、だけど。
これだけの豪華な、これだけいろいろな音を、この先輩たち、たった二人で鳴らしていたんだ!
曲はポップスの曲らしく、同じメロディーを繰り返しながら盛り上がっていく。
池浦先輩が軽くいずみに目配せすると、駆け上がるような音程を吹いて、さっきと同じメロディーをいっそう力強く吹き始めた。音は力強いけれど、吹いている口のまわりにも手にも指にもよけいな力が入っていない。
池浦先輩がメロディーを取り、馬形先輩がハーモニーとリズムを一手に引き受けている。
もともと感情が顔に出ない馬形先輩は、クールに、メロディーのまわりを軽やかに駆け回って、その役割を果たしている。
曲が盛り上がったところで、二人の先輩はきっちりとメロディーとハーモニーを揃えた。
メロディーの池浦先輩が顔を上げて右手で音を震わせて表情を作った。馬形先輩はメロディーの最後の部分まで池浦先輩の音につきあった後、また伴奏に回って低音を短く奏でてリズムを支える。
曲の最後の和音を二人だけで鳴らす。
音を弱めていくタイミングもぴったり揃っている。ふわーんと弱くなっていく音を、こんどは揺らしたりせずに正確に吹く。
少しのずれもなくぴったり同時に終わらせた。
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