勇者獄 ~警視庁公安部異世界対策室作業報告~
マガミアキ
第一章 戦士〈ウォリアー〉
第1話 「あの男を殺したのは、俺だ」
「あの男を殺したのは、俺だ」
取り調べ室の椅子に座った男は、向かいに座る刑事に向かってそう告げた。
男の日に焼けた顔には深い皺が刻まれている。長く伸ばした白髪を、襟元できつく縛っていた。
歳は六〇代後半あたりだろうか。
背はそれほど高くはないが黒いスーツをまとった体躯はたくましく、年齢を感じさせないどころか威圧感すら放っている。
取り調べの若い刑事は、それでも臆する様子もなく相手をにらみつけた。
「……それはさっき聞いた。だからこっちの質問に答えてくれ。どうやって、殺したんだ」
「……」
男は刑事の目を正面から見据えて黙っている。
「凶器はどこだ」
「……」
「殺した動機は」
少し間を置いて、男は口を開いた。
「そんなもの、後でお前さん達が勝手に調べればいいことだろう。何であれ俺が殺したという事実は変わらんのだ。早く捕まえてもらおうか」
相手の刑事がさらに言い募る。
「そもそも、殺したっていう相手のことをあんた知ってるのか。被害者の名前を言ってみろ」
「さあな」
「……!」
刑事はいら立たしげに掌で机を叩き、顔を背けてため息をついた。
「やれやれ、いったい何が不満なんだ。俺がこうして自白しているんだから、それで充分だろうが」
「そういう訳にいくか!」
監督室の扉が開く音に、夜美は背後を振り返った。
クリーム色のスカートスーツを着た長い黒髪の女性が入って来る。
「どうだ、万色」
「室長」
彼女の上司、
「取り調べの開始時から、ずっと同じ調子ですね。自分が殺したと白状しておきながら、事件のことについては何ひとつ喋ろうとしません」
並んで立つ大文字とともに、窓に視線を戻す夜美。
こちら側のやりとりは取調室には伝わらない。
「ともあれ本人が罪を認めていますし、遅かれ早かれこのまま捜査一課によって立件されるものかと」
「ふん。ではこの事件――」
上背のある大文字は、横目で夜美を見下ろした。
「我々、“異世界対策室”の所掌ではない、と?」
警視庁公安部・異世界対策室。
日本の首都東京の公安警察において、異世界および異世界人を捜査・情報収集の対象とする部署だ。
夜美は、大文字が室長を務めるその部署に配属されたばかりの捜査官だった。
所属長の言葉に、夜美は小さく首を振る。
「まさか。今や異世界人による犯罪は珍しくもないですが……彼は、ただの異世界人ではありませんから」
「その通りだ。他でもない、あの男は戦士マルコ・ヴェントゥラ――」
細いメタルフレームの眼鏡の位置を大文字は薬指で直した。
「一〇年前の魔王暗殺事件、その実行犯とされる四人組――いわゆる“勇者パーティ”のひとりだ」
取調室の椅子に座るその男――マルコ・ヴェントゥラは落ち着き払っている。
くつろいでいるようにすら見えた。
「異世界人のなかでも特級の重要人物ですね。そんな彼が突然今になって殺人を犯し、警察に自首してきた……素人でも違和感を覚える事態です」
窓をのぞく自分の目元にかかった髪を耳の後ろにかきやる。
「確か万色は、魔王暗殺事件の真相を探るために公安配属を希望していたのだったか」
「はい……いえ。むしろ魔王暗殺事件は、わたしが警察という職を志した理由そのものです」
マルコ・ヴェントゥラを注視する夜美の瞳の奥に、昏い光が宿る。
「ふん。今回の件をお前に任せるのは、その意欲を買ってのことだ。運が良かったな」
「ありがとうございます。公安配属から間もないうちに、こんな形で手掛かりを掴む機会を得るとは思いませんでした。うまくすれば彼から勇者パーティのことや――いまだ全容が解明されていない〈大空白〉のことも探れるかも知れません」
この世界は一〇年前のある時、いわゆる異世界と繋がった――と、されている。
もっともこの世界の住人で、“繋がっていた”という事実を記憶している者は誰ひとりいない。
また、映像・音声・文字、アナログ・デジタルに関わらず一切の記録も残されていない。
そのようななか時間だけは経過していたらしく、繋がっていた期間はおよそ一年間に及んでいた。
その一年間が、いつしか〈大空白〉と呼ばれるようになる。
一時的にしろ異世界と繋がったことにより、この世界には魔法技術や固有種族をはじめとする異世界の様々な事象が混入した。
当初こそ異分子だったそれら事象は年月をかけてこの世界へと溶け込んでいき、世界はいまやかつての世界から完全に変容を遂げたと言っていい。
それが〈大空白〉以後、夜美達が暮らす現在の世界の在り様だった。
「わたしもその点を期待している。〈大空白〉は魔王の力によってもたらされ、その暗殺をもって終焉を迎えたとされるのが一般的な理解だからな」
大文字は取調室の方に
「しばらく取り調べに動きは無さそうだが、時間は限られている。この場はわたしが引き継ごう。捜査一課に単なる殺人容疑で片付けさせるな」
「分かっています。それで言えば、我々がこの取り調べの監督室への立ち入ることを、よく警務課が認めてくれましたね」
夜美が問うと、大文字はにこりともせず応じる。
「ああ。まあ、わたしは若く才能もあって美しいからな。歓心を買いたいと考える協力者はどの部署にも一定数いるものだ」
「……」
確かに彼女はずば抜けた美貌の持ち主で、スタイルもいい。身体のラインに合ったスーツを隙無く着こなし、高いヒールで闊歩する姿は良くも悪くも人目を引いている。
「そういうの、自分で言うんですね」
何で本部庁舎内で推し活みたいなことが行われているのか。
「事実を本人が否定しても始まらないだろう」
冗談を言っているのではなく、本気でそう考えているらしく彼女の態度がブレることはない。
喋りながら大文字は手帳に何かを書きつけ、それをちぎって夜美に手渡した。
「……ここに向かえ。お前の協力者が待っている」
「協力者、ですか。わたしを推してくれている人がいるなんて知りませんでした」
大文字のように自分の容姿に絶対の自信がある訳ではないが、意外と評価されているということか。
「何を言っているのかよく分からないが、相手も万色のことは知らない。公安で運営している外部の協力者だ」
「ですよね」
夜美は差し出された紙片に目を落とした。
カフェの店名と所在地が書かれている。
「ひと筋縄ではいかない相手だが……互いに初対面の方が、良い関係性を構築する余地も多いだろう。うまく使いこなすことだ」
「やってみます」
さっそく目的地に向かおうと出口のドアに手をかけた夜美を、大文字の声が呼び止めた。
「いいか万色――」
薄暗い監督室で、マジックミラーを背にした彼女の表情は逆光になって判然としない。
「マルコ・ヴェントゥラの無実を証明しろ」
と、大文字は言った。
「……?」
無実。
マルコ・ヴェントゥラが実際に殺人を犯しているかどうかはさておき、こうして自首して来た以上は何らかの形で事件に関わっていると考えるのが普通だ。
彼の言動に不可解な点はあるものの、果たして無実の可能性まで見て取ることはできるだろうか。
大文字しか知り得ていないないような情報が何かほかにあるのかも知れない。
彼女の言葉の意図を測りかねた夜美だったが、黙ってうなずいた。
つづく
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