第49話 勲傷と牛肉バトル
「そうだ、久しぶりに4人で集まらない?」
すばるが穏やかな声で提案した。目の前でカップを手にした沙月が少し驚いた表情を見せる。
「4人で?みんな忙しいんじゃないの?」
「確かに仕事で忙しいだろうけど、もう1年以上集まってないし。なんとか予定合わせてみるよ。」
沙月は一瞬考え込み、それから腕に視線を落とした。
「いいけど……ちょっと外に出るのは気が引けるなぁ。ほら、こういうのってあまり見られたくないし。」
そう言って、腕の傷を軽く指さす。その仕草にすばるの表情が一瞬だけ曇るが、すぐに笑顔を浮かべた。
「どんな内容であれ、要は頑張った結果なんだし、傷くらい良いんじゃない?むしろ傷を気にして自由にできないことの方がなんか損だと思うよ。」
沙月は驚いたように目を見開き、呆気に取られた声を漏らす。
「なにそれ……ちょっと驚いちゃったなぁ。みんな気を遣ったり、腫物みたいにするのに。」
彼女はふと笑いながら、すばるを見つめた。
「なに?先生になってから包容力増した?」
「そうかもね。」
すばるは肩をすくめるようにして笑い返す。
「生徒を通じて、過去の自分や色々なことを見つめ直すことになったのは確かだよ。とりあえず、外に出るのがしんどかったら、誰かの家ですき焼きでもする?」
沙月はその提案にふっと笑みをこぼした。
「でた!すき焼き!好きだよね、すばる。変わってないなー。」
その週末、4人は遥香の家で集まることになった。
「ようこそ!我が家へ!」
明るい声で迎え入れる遥香に対し、ゆうきが苦笑しながら反論する。
「いや、おれんちだかんな。」
そこは遥香の家というより、ゆうきの家に遥香が入り浸っている状態だった。
「指定場所がどう見てもゆうきの家の住所だったけど、ここまで遥香の物に浸食されていたら、遥香の家だね。」
すばるは笑いながら話すも、「いや!だからおれんちな!今お前も言ったけど浸食されてんの!おれんちなの!」と必死に反論するゆうき。
その光景を見て、沙月が小さく笑った。
「みんな、ちっとも変わってないじゃん。」
4人でテーブルを囲み、すき焼きが煮える音が部屋に響く。遥香が笑顔で具材を追加しながら、話題を次々と振る。
「沙月、最近どう?」
「まぁ、ぼちぼちかな。」
「そっか。予備校の仕事、どう?」
「楽しいよ。生徒さんたち、結構真剣でね。あのひたむきさはすごいよ。」
沙月の言葉にはどこか力が入っておらず、それを察した遥香が気遣うように大きな声で告げた。
「さぁ!すき焼き戦争の時間よ!」
湯気が立ち上るすき焼き鍋の中から、遥香が大きな牛肉を見つけて満足げに箸を伸ばした。
「このお肉、絶対美味しいやつ!」
だが、その箸が鍋からお肉を持ち上げた瞬間、横からゆうきの箸が伸びてくる。
「よし、それ俺がもらった!」
「こら!人が取ったものをお箸で取ろうとするなんて!行儀の悪いことしちゃいけません!」
ゆうきは一瞬たじろぎながらも不満げな顔をする。
「お、おう。ごめんなさい。けど、いいじゃん、少しくらい分けてくれてもさ。」
「ダメ!取ったもん勝ちなんだから!」
遥香がきっぱり言うと、ゆうきは「はぁ……」とため息をつき、しぶしぶ次のお肉を狙い始めた。
「それじゃ、次のお肉に行くか……。」
ゆうきが箸を鍋に伸ばしたその瞬間、またしても遥香の箸が素早く動く。
「はい、いただき!」
「ちょっ、今の俺が狙ってたやつだろ!」
「早い者勝ちって言ったでしょ?」
遥香は得意げな笑みを浮かべ、鍋をかき回し始める。
「じゃあ、次はこれだ!」
ゆうきが別の場所を狙うが、またもや遥香が先に奪い取る。
「何だよこれ!俺の箸が届く前に取るとか反則だろ!」
「反則じゃないよ。スピード勝負!」
遥香が笑いながら次々とお肉を確保する姿に、ゆうきは呆れながらも必死で対抗しようとするが、ことごとく失敗。
「そういえば、沙月って昔、すき焼きの肉より野菜派だったよな?」
すばるが懐かしそうに言うと、沙月は笑顔で頷いた。
「うん、肉は遥香が全部食べちゃうからね。自然と野菜担当になってたの。」
「そんなこと言わないでよ!」
沙月が笑いながらお肉を鍋に追加する。
「で、いつも私がこうやってする羽目になるんだけどね。」
「やばい、これじゃ俺の分なくなるんじゃねぇか……。」
肩を落とすゆうきを見て、遥香は少し考えた後、お肉を箸で持ち直した。
「しょうがないなぁ。ほら、あーん。」
「……は?」
ゆうきが戸惑った顔を見せると、遥香は笑顔を崩さずにもう一度言った。
「ほら、あーんしなさい!」
観念したゆうきは渋々口を開ける。
「……あーん。」
遥香が肉をゆうきの口に運ぶと、彼は黙って咀嚼し始めた。
「どう?美味しいでしょ?」
「まぁ……うん、悪くない。」
ゆうきが照れ隠しのように短く答えると、遥香は大満足そうに笑みを浮かべた。
沙月はふと箸を止めてその光景を見つめていた。
その目は、少し憂いを帯びていた。
(こんな風に笑っていられるの、久しぶりかも。)
「沙月?」
すばるが気づいて声をかけると、沙月は慌てて微笑みを作る。
「ううん、なんでもない。すごく楽しいなって思っただけ。」
その笑顔に安心したすばるは、彼女に肉を一切れ渡す。
「じゃあ、これ。頑張って食べて。」
「ありがとう。」
沙月の笑顔が少しだけ本物になった気がした。
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