第41話 次のステップ
大学のキャンパスにある大きな木の下。木漏れ日が揺れるテーブルには、すばる、遥香、ゆうき、そして沙月が座っていた。昼休みのいつもの光景だが、テーブルの上の雰囲気は少しだけ重く感じられた。
すばるは、手元のスマートフォンを見つめながら、深く息を吐いた。画面には辰星総合医療センターからの最新の連絡が表示されている。
「お母さまの治療は順調に進んでおります。引き続き、面会はお控えいただき、治療へのご理解をお願いいたします。」
その文面に、すばるは複雑な思いを抱きながらも、少しだけ安堵していた。
(母さんがちゃんと治療を受けている。それだけで十分だ。)
すばるの沈んだ表情に気づいたゆうきが、軽く声をかけた。
「なあ、どうだった?連絡来たんだろ?」
「うん。まだ面会はできないけど、治療が進んでるみたいで……まあ、それは安心したかな。」
すばるは短く答え、視線を落とした。その隣では沙月が、いつものように無言で飲み物を口に運んでいる。
「そっか。じゃあ、すばるも少し肩の荷が下りたんだな。」
遥香が微笑みながら言葉を添えると、すばるは小さく頷いた。
一方、ゆうきと遥香は次のステップに向けて動き出していた。ゆうきは社会福祉士の国家試験に向けた勉強を本格化させており、その話題で盛り上がることが多かった。
「俺さ、この間の模試で合格ライン超えたんだよ。まあ、まだ本番までは気を抜けないけどさ。」
ゆうきが得意げに言うと、遥香がすかさず茶化す。
「おお、さすが未来の福祉士!でも油断しないでよね、ゆうき。」
「わかってるって。お前だって修正で夜中まで起きてたじゃん。教師になりたいなら、無理は禁物だぞ。」
二人の軽妙なやり取りに、すばるも自然と笑みを浮かべた。自分自身も教員採用試験に向けて勉強を始めたばかりだったが、少しずつ目指す未来が形になりつつある実感があった。
しかし、その場で一人だけ沈黙している沙月の姿があった。彼女はただ微笑むだけで、会話にはほとんど加わろうとしなかった。その様子に気づいた遥香が、そっと声をかけた。
「沙月、大丈夫?最近あんまり元気ないけど。」
沙月は一瞬だけ視線を上げたが、すぐに苦笑いを浮かべた。
「うん、平気。みんな夢に向かって頑張ってるのが眩しくて……なんだか、羨ましいなって思うだけ。」
その言葉に、場の空気が少しだけ重くなる。ゆうきが気を利かせて、軽く笑いながら言った。
「まあ、焦ることはないさ。お前にはお前のペースがあるだろう?」
沙月は曖昧に頷きながら、目を伏せた。その心の中では、自分だけが取り残されているという焦りと孤独感が膨らんでいた。
沙月の胸に残るその思いは、彼女をさらに沈黙の中に押し込めていく。
真夏の太陽が降り注ぐ中、キャンパスは夏休みにもかかわらず、受験生たちや就活生で賑わっていた。星宮すばるは図書館の自習室に座り、手元の教採一次試験の問題集に集中していた。汗が額ににじむが、それに気づく暇もないほど問題に没頭している。
「これ、難しいな……。」
問題を解く手が止まり、すばるは軽くため息をついた。隣で勉強していた遥香が、静かに顔を上げる。
「すばるくん、休憩しない?お茶でも買ってこようか?」
「ありがとう。でも、あと少しやってからにするよ。ここで踏ん張らないと、次がないからね。」
すばるの返事に遥香は微笑み、再び自分のノートに目を落とした。二人は教採一次試験が間近に迫っているため、毎日のように図書館に通い詰めている。
一方、沙月は大学のキャリアセンターで相談を終えたばかりだった。手元には塾や予備校の求人情報が載った資料が数枚。外に出ると、熱風が顔に当たり、思わず立ち止まる。
「こんな暑い日に、就活なんてやってられないよ……。」
ぼそりと呟いた沙月は、近くのカフェに入って席を確保した。冷たいドリンクを一口飲み、就活資料に目を通す。
(教育学部だから塾講師っていうのは、自然な流れかもしれない。でも、これが自分のやりたいことなのか、よく分からない。)
資料を見つめる沙月の表情には曇りが浮かんでいた。ふとスマホを見ると、すばるからのメッセージが届いていた。
「試験の準備で忙しいけど、元気にしてる?」
それを見た沙月は、軽く微笑む。
「元気だよ。そっちは頑張ってる?」
そう返事を打ちながら、沙月の心には少しの孤独感が広がっていた。
その日の夕方、すばる、遥香、ゆうきの3人がキャンパスの木陰で待ち合わせをしていた。
「おい、そろそろ行こうぜ。せっかくの夏だし、リフレッシュも必要だろ?」
ゆうきが大きな声で呼びかける。試験準備で張り詰めた日々を過ごしていた3人は、ささやかな息抜きとして近くのファミレスで夕食を取る予定だった。
席について話題が次々と飛び交う中、ふと沙月の話が出る。
「沙月、どうしてるかな?」遥香が言う。
「就活でいろいろ大変みたいだよ。たまにメッセージくれるけど、あんまり元気がなさそうでさ。」すばるは答えた。
「そっか……沙月、大学ではみんなと一緒に昼ご飯食べたりするけど、それ以外はどこか遠くにいる感じがするよね。」遥香が少し寂しそうに言うと、ゆうきがフォローするように言葉を挟む。
「まあ、あいつはあいつでちゃんとやるだろ。塾講師とか、結構向いてると思うけどな。意外と面倒見いいし。」
「そうだね。でも、彼女が本当にやりたいことを見つけられるといいんだけど。」すばるは静かに呟いた。
その夜、すばるは沙月に電話をかけた。
「もしもし、すばるくん?どうしたの?」
「いや、特に用事があったわけじゃないけど、最近どうしてるかなって思って。」
沙月の声は少し元気がないように聞こえた。
「就活、うまくいってる?」
「まあまあ、って感じかな。でも、すばるくんたちみたいに目標が明確じゃないから、正直焦ってる。」
「沙月は沙月らしくやればいいよ。ぼくもまだ夢に向かって頑張ってる途中だしさ。」
その言葉に、沙月は小さく笑った。
「ありがとう。でも、すばるくんは自分の夢があるから、羨ましいよ。」
電話を切った後、すばるはしばらく空を見上げていた。夜空に輝く星が彼の目に映る。
(沙月も、いつか自分の星を見つけられるといいな。)
心の中でそう願いながら、すばるは再び試験の準備に戻った。
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