第四章 雪見だいふく(4ー11)

【月と太陽 その六】


 ルゥナーを失って以降、筑波祢つくばね 真昼まひるはまるで別人のように変わってしまった、と美咲は話を続けた。



「いつも明るくて元気だった真昼ちゃんはどこかに消えてしまった。まるで、殻の中に閉じこもるように他人との接触を避けるようになって、いつも暗い目をして何かぶつぶつとつぶやいていたわ」



 激しい怒りと恐怖に心を支配され、疑心暗鬼ぎしんあんきおちいったであろう真昼。



 いまだ知らない真昼の立ち姿に、れいは自らを重ねた。



 ルゥナーの霊と出会った際に垣間かいま見た彼女ルゥナーの記憶。


 自身の能力により、あのクリスマスマーケットの事故現場にいた無数の人たちの外傷を一手に引き受け、瞬く間にその小さな身体が破壊し尽くされた惨劇の最中さなかにあって、唯一残された右の耳には、生命活動を終える最後の瞬間まで、真昼の泣き叫ぶ声が届いていた。



 それはつまり、真昼はをすぐそばで見ていたという事に他ならない。



 それはいったい、どれほどの地獄だろう。

 自分の大切な人が、目の前で肉塊へと変わっていくのだ。

 為す術は何もなく、ただ叫ぶことしかできずに、それを見届けるしかない。


 れいがもし同じ状況に置かれたとしたら、もし、母や佐久間、それにりんこやあかりが同じ目にあうのを見なくてはならないとしたら、とてもではないけれど正気を保っていられる自信はなかった。



「ルゥナーがいなくなったのももちろんだけれど、それ以上に真昼ちゃんを苦しめたのは、さっきも話した新聞記事に代表されるような、この街の人たちの心のり方だったの」


 静かに目を伏せる美咲。物憂ものうげなその表情は、当時の真昼の姿を思い浮かべているかのようにも見えた。



「そうだよ! みんな、るーなちゃんのおかげで助かったのに! ひどいよ」


 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたりんこが、やり場のない怒りをあらわにする。

 灯が、その顔をレースをあしらったピンクのハンカチで優しくいてあげていた。


「でも、それは普通の人には理解できない事ですから。とても、やるせないですけれど」


 自分も目を泣きらした灯が、りんこをそっと抱き寄せながら、つらそうに眉を寄せた。



「あの、美咲さん。とても聞きづらいのですが……」


 れいが、遠慮がちに声を発した。

 その視線が、テーブルに置かれたルゥナーの人形と、美咲の左手にはめられた黒いかわ手袋の間を所在無しょざいなげに行ったり来たりを繰り返している。


 美咲は、れいが何を問おうとしているか察したように、ゆっくりと深く息を吐いた。



「そう、そうね。ええ、それはたぶんみんなが思っている通り。私のこの左手を切り落としたのも、なんの罪も無い四人ものひとの命を奪ったのも、そう。あの通り魔事件の犯人は、真昼ちゃんよ」


 時間が、部屋の空気が、凍りついたような気がした。


 話の流れから、そうだろうとは予想していたけれど、当事者である美咲の口からはっきりとそう言われると、殊更ことさらに現実感が増す。



「真昼ちゃんは、あろうことかこの街の住人すべての殺害をくわだてて、実行に移した」


 美咲の言葉に、その場にいた全員が息をのんだ。



 街の住人、すべて。


 それには、当時まだこの街にいなかった灯を除いて、当然、りんこもれいも、その家族ですらも含まれる。


 殺害された四人は、本当にたまたま偶然にも、筑波祢 真昼の手の届く場所にいた、ただそれだけだった。



「本当に馬鹿だったと思う。それに無謀むぼうすぎる。でも、真昼ちゃんは本気でやり遂げようとしていた。ずっと思い詰めていたようだったけれど、通り魔事件の数日前、とつぜんいなくなったの」



 美咲はその生身の右手と金属製の左手の指を器用に組み合わせると、りんこやれい、灯たち三人を見つめながら、これが真昼が姿を消す前に最後に言っていた言葉だと、静かに言った。




 ―――




 その時、れいの耳には、美咲の声に重なるようにして、一度も聞いたことのない真昼の声が聞こえた、ような気がした。


 それは、とても澄んだ、意志の強そうな、凛とした女の子の声。

 しかし、怒りと憎悪、悲しみと後悔がぐちゃぐちゃに混ざり合って渦を巻き続けるお腹の中から、絞り出し、吐き出したような、そんな声だった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「私からお話しできるのはこのくらいかな」


 美咲はそう言って、これまでずっと背負い続けてきた身に余る重い荷物をやっと下ろすことができたかのように、大きな深いため息を吐くとともに、全身の力をふっと抜いた。



「りんこちゃん、すっかり溶けちゃったかもだけれど、雪見だいふく、いただきますね」



 美咲はどこかすっきりした笑顔で、チョコレート色の雪見だいふくをピックで刺した。

 求肥ぎゅうひに開いた穴から、溶けた焦げ茶色のアイスクリームがわずかにこぼれる



 美咲はアイスをこぼさないように気を付けながらくわえると、はむっとほおばり、ゆっくりと時間をかけて食べていった。


 美咲が嬉しそうに雪見だいふくを食べている間、他の誰もひとことも言葉を発する事はなく、生花店ラストーチカの店内から静かに聞こえる陽気なジングルだけがかすかに響いていた。




「はじめて食べましたが、チョコ味もなかなかいけますね」


 頬に手を当て、幸せそうにつぶやく美咲。

 唇の端についた溶けたチョコを舌でぺろりとなめとる。







 ―――ふふ、雪見だいふく。せんせいにもいっこあげるね。




 ふと、美咲の脳裏に、まだ真昼が正気だったころに交わした会話がよみがえった。





「ああ、おいしい。本当においしいなぁ、雪見だいふく」




 本当に、心からの言葉でそう言ってにこやかに笑う美咲の頬を、一筋の涙が伝って落ちた。





 つづく

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