おやすみ映画館/星空

秋色

おやすみ映画館〈本文〉


 ――なんだ。やっぱりここか――


 ――よくここが分かったね――


 ――分かるよ。理佐の事なら――


 ――斗真、前よくふざけて言ってたよね。心にGPS機能ついてるんだとか――



 ――喧嘩した後はいつも思い出の海辺って決まってるからな。シーサイドモールは初めての二人で来た思い出の場所だし――


 ――喧嘩……。うん、店、だいぶ変わったね。こないだ来たのは、ほんの少し前なのに――


 ――少し前? 結構、前だった気するけど――


 ――そうだったかな。こうやって夜の海辺に二人で座ってると、付き合って初めて遠出した時の事、思い出すね――



 ――あの日も海辺に二人で長い事、座ってて夜になったもんな。星が都会でこんなに見えるのかってくらいに星空だった――


 ――時が止まればいいと思ってた――


 ――あの……ごめん――


 ――え? こっちこそ、ごめん――


 ――何で?――


 ――怖い文章をラインで送った事。将来一緒になろうって言ってたのに、別れようだなんて詐欺だとか。勤務先の社長の娘と婚約だなんて韓ドラかよ、だとか――


 ――いや、こっちからいきなり別れを切り出したんだし。ショックを受けて当然なのに、それでいてこんなにもショックを受けると思ってなくて。ホント、オレ、鈍感だよな。しばらく会ってなくて自然消滅かなと勝手に考えてた。理佐が行方不明っておじさんから聞いて焦ったよ――


 ――パパは泣いてたでしょ? 馬鹿なんだよね。いまだに娘の事となるとこうなんだ――


 ――そりゃ……そうだと思う。父親だから。ホント、何かさ……――


 ――パパ、家族には弱いんだよね。私自身も家族の思い出とか大切に考えてしまう方だから、似てるのかな。この海も子どもの頃、家族で来てた思い出の場所なんだよ。パパとママとお兄ちゃんと一緒にここのシネコンで映画を観た事もあったな――


 ――あー、あのシネコン。座席がリクライニングになってて、まるでプラネタリウムで天井の星座を見てる感じで映画を観れちゃうやつ。あれ、今もそのままかな? 寝ちゃう客、いそうだったよ。あんま心地良いんで――


 ――そう。おやすみ映画館って呼ばれてた。映画を観ながら寝れるなんてある意味最高だよね。好きな世界に浸ったまま寝て時間が止まってるんだから――


 ――グロい映画だけは勘弁だけどな――


 ――どうせなら、何気ない日常を描いた昔の映画をリクライニングでずーっと観ていたい――


 ――昔の映画もやってたな。一つのスクリーンだけ。土曜はオールナイトだった。ほら、何だったっけ? タイムマシンの映画化されたやつ――


 ――あれね。分かる。それ、見たよ。テレビの深夜映画で。前半が悲しかった。恋人が事故で亡くなって、タイムマシンで何回も過去に戻ってやり直そうとするんだよね。でもいろんな原因で、結局恋人は死んじゃう――


 ――運命ってやつか――


 ――うん、運命ってやつ――


 ――それで主人公は未来に行くんだけど、そこには人間を襲う怪物がいてさ。大人になるまで生きられないとか怖かったよな。いきなりホラー展開――


 ――そう? そこ、割と面白かったよ――


 ――理沙はさ、そういうとこ、意外とつえーよな。リクライニングチェアで、何気ない日常を描いた昔の映画を観ていたいって言うくせに。


 ホラー映画の怖いシーンでも絶対目をつぶらない

 ――


 ――ま、ね。作り事じゃん。リアルな事の方が怖いって――


 ――そっか。ごめん――


 ――何が? 別れようって言った事?――


 ――うん――


 ――でも本気なんでしょ? ね、私が本当に怖い事って何だと思う?――


 ――何?――


 ――私、子どもの頃、家族で行ったここのシネコンでオムニバスのホラー映画を観たんだ。その中に、時間の止まるストップウォッチを持った男の人の話があった。そのストップウォッチを押すと、地球全部の人の動きが止まるの。で、その日の夜、夢を見たんだ。私が夜の町を彷徨ってて、周りに自分の知ってる人達がいるのに、みんな動いてなくて息してなくって。それが怖くて大声で泣いて、目が覚めたら全部夢だった。でも怖さだけ残ってた――



 ――よっぽど衝撃的だったんだ……――


 ――うん。家族が一番仲良かった幸せな時期で、ずっとこのままがいいと思ってた。だからこそ、そういう夢をみたのかな。でもそれからしばらくして親が離婚して……。もしかしたら何か予感がしてたのかもしれない――


 ――そっか――





 ――斗真、私ね……実は隠れてこっそり見に行ったんだ。斗真の職場を――


 ――嘘? いつ?――


 ――先週の木曜日。私こそごめん。我慢できなかったの。別れようっていきなり言われて。

 でね、社長の娘さんも遠くから見た。想像してたような人じゃなかった。勝手に華奢で綺麗なお嬢様育ちの人かと思ってた――


 ――それ、ドラマの見すぎ。 町工場みたいな職場だからな。何でも自分達でやらなくちゃいけないから。ハッキリ言っていーよ。美人じゃなかったろ?――


 ――大きな口を開けて笑うんだね。明るくて頼もしそうだった。美人じゃないけど生き生きして美しい人だった。私みたいに見栄っ張りで外見ばかり気を使う女じゃないんだね。ああ、こういう人と一緒じゃなきゃ斗真はきっとだめなんだと思った――


 ――ん……――


 ――それで、子どもの頃の夢の事、思い出したの。知ってる人が呼吸してない怖さ。だから斗真がちゃんと呼吸して幸せに暮らせるならまあいいかって。そう思う事にしようかと。心の区切りをつけるために、一人でここに来た。受け入れるまでに時間がかかったけど――


 ――理沙……。あの、ホントこんな中途半端な終わり方してゴメン――


 ――いいよ。おやすみ映画館で寝落ちした映画だと思えばいい。

 それにね、私のママも再婚したけど、そして今は遠い町に暮らしているけど幸せになってる。当たり前だけどちゃんと息してる。だから、私は大丈夫だって思うんだ。周りの人が離れていっても、ちゃんと息してて……って言うか生き生き出来てたら。たとえ私の側にいても幸せでない生き方してたら辛いし――


 ――理沙、ありがとう。

 あのさ、さっき話してたタイムマシンの映画ってさ、ラストどうだったっけ? ストップウォッチじゃなくて、タイムマシンの方――


 ――ああ。結局、過去に戻るタイムマシンは何やかやで主人公は壊さなくちゃいけなくなったの。それでも未来に好きな人が出来て、やらなきゃいけない事もあって、つまりハッピーエンドだった――


 ――過去の時代には戻らなかったんだ。何となく思い出した。過去の時代の人達が噂話をするシーンが ラストにあった。あの人はきっと未来で何かを見つけたんだね、とか。 何を見つけたって言ってたかな――



 ――そうそう、そんなシーンがあった! 離れていても分かるんだと思った。

 何を見つけたって言ってたっけ……。思い出せないよ。でもいいんじゃない? 何かを見つけた、で――





〈Fin〉

 


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