第38話 これからの話
セシリアが寝室に入ると、すぐにアレクもやってきた。
「今後の話をしておこう」セシリアはアレクと並んで寝台に腰かけた。「セシリアが夕食のときに言ったとおり、もうすぐ婚約期間が終わる。王太子妃になるかならないかはお前の自由だ。もちろん断ることもできる」
「それは……お受けいたします」
「そうか。よもや断られまいと思っていたが……まあ、そうだな。これほど話が大きくなってはセシリアも断りづらいだろう。図らずも外堀を埋めてくれたヒルデガルトには感謝せねばな」
「別に、サロンのことがなくてもお受けするつもりではいました」
「そうか」アレクは嬉しそうに言った。「王太子妃になっても、生活は今とほとんど変わらない。大きく変わるのは公の場に出なければいけないということだ。それほど回数は多くはないが、こればかりは避けては通れない」
セシリアはうなずいた。アレクが言ったことはある程度予想がついたことで、意外なことはなかった。
「王太子妃がひとりで公の場に出ることはほとんどない。俺が一緒にいる。安心してもらっていい」
「はい」
「決めたのであれば正式に契約を結ばなければならない。一度契約してしまえば、離婚ができないことはないが相当難しいと考えてくれ。それでもいいか」
「はい」アレクは息を吐くように笑った。
「契約が済めば正式な王太子妃となる。その後、結婚式とパレードがあり、それが王太子妃の披露目になる」
「そう言えばこどもの頃、ルシア様のパレードを見た記憶があります」
「それをやる。俺はあまり気が進まないが、セシリアと一緒ならば、まあ、やってもいい」
アレクの口ぶりがこどもっぽくてセシリアは思わず笑ってしまった。
「笑うなよ。俺は生まれつき王太子だから仕方がないが、セシリアは立場が大きく変わる。俺の欲でセシリアを巻き込んでいいものかと思うことはある」
アレクはセシリアに向き直った。目が合う。
「思うことはあるが、それでも俺はセシリアがよかった」
まっすぐに言われセシリアは思わず顔を伏せた。
「自分はそんなに欲深いほうではないと思っていたのだが、セシリアのことになると駄目だな」
セシリアは顔を上げると、自嘲の笑みを浮かべたアレクと再び目が合った。
「セシリアが王太子妃を受けてくれて安心した。これからも
「王太子妃はアレクの妻、ということではないのですか」アレクの言っている意味がわからずセシリアが聞き返す。
「それは、その……俺はセシリアの身も心も俺のだけのものにしたい、ということだ」
「あ……」さすがのセシリアもアレクが何を言っているのかわかった。
「もちろん王太子妃になったからといって妻になることを無理強いはしない。これまでも待ったのだから、いつまでも待つさ」
セシリアは何か言おうと思ったが、うまく言葉にならなかった。でも何か言わなくてはと思い、アレクの寝間着の袖口をそっとつかんだ。
アレクは驚いたようにかすかに目を見張ると、袖口に添えられたセシリアの手にそっと自分の手を重ねた。
「さっきも言った通り、王太子妃になれば簡単に離婚はできない。そばにいることはできる」
セシリアは自分の感情が整理できず、かといってアレクにはまだ立ち去って欲しくなくて、吸い込まれるようにアレクの肩口に頭を預けた。
「……セシリア」ため息とともにセシリアの名前が吐き出される。「これは……」
アレクも言葉途中で押し黙った。おずおずと伸ばされた手がそっとセシリアの肩を包む。
どれくらい時間が経っただろうか。急にセシリアが勢いよく頭を上げた。アレクの体がびくりと震える。
「そのことに関しては近いうちにお返事さしあげるとお約束します」
「う、うん」アレクは気が抜けたように少し笑った。
「セシリアは本当にこちらが予想もしなかった動きをする」
「そうですか」
「別に返事は急がないのだがな」
「私が区切りをつけておきたいのです」
「そうか。しかし仮に妻になることを断られたとしても、セシリアが王太子妃であることには変わりない。諦めずに待っているのも俺の自由、ということではないか」
「……それもそうですね」
「それは認めるのだな」
アレクはあきれたように言った。アレクの手はまだセシリアの手に重ねられている。
「そう言えば、サロンの様子を一度見ておきたいのだが構わないだろうか」
「私は構いませんが皆さんがどう言うか」
「何かあったときには俺の責任になるのだから見ておきたいのだが」
「そういうことなら皆さんも納得なさると思います。来週いらっしゃいますか」
「そうだな、早いほうがいい」
「わかりました。皆さんにお伝えしておきます」
「すっかり遅くなってしまったな。もう休もう」
「はい」
「おやすみ、セシリア」
「おやすみなさい、アレク」
アレクはセシリアの手をぎゅっと握りしめると、やがて離した。
アレクが奥の間に消えると、セシリアはゆっくりと寝台にもぐり込んだ。
とくとくといつもより早い鼓動を聞きながら、セシリアはゆっくりと目を閉じた。
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