この世界で/終末前夜 Ⅱ

 同刻、兵隊化したゴーレスの各溜まり場へ機関の実戦部隊が派遣されていた。

 由埜道場も同様だった。急襲を想定して残った三分の一の道場生がゴーレスたちと対峙した。

 ゴーレスの大群が、ヘリコプターを使って上空から仕掛けてきた。

 隊員でない堅気の道場生はおらず、ヘリコプターが邸内に直接降りてきたおかげで世間への誤魔化しはギリギリ通る……はず。迎撃の指揮を執る、由埜道場師範にして実戦部隊隊長の将親は、ヘリコプターをどうしたものか……と悩みつつ、的確な指示で敵数を削いでいった。

(自衛隊が扱うような大型のヘリコプターだ。いくらか疑惑を残すのは致し方ない……)

 迎撃する隊員たちに負傷はあれ、致命傷はない。飛来時は呆気に取られたものだが、今や冷静に敵を捌いている。

 ゴーレスたちが個性を捨て、ただ制圧するためだけに正面から向かってくる以上、率直に楽な戦いだった。

 それでも大型ヘリに敷き詰めた数だ。着陸前にヘリコプターを打ち落とせば良かったものを……と考えたくもなる。

 迎撃戦は快調。皆が懐に手錠を携帯しているため、倒したゴーレスを次々と拘束した。不意の自爆を想定して距離を取ることも怠らない。

 しかして数が多過ぎる。快調でも心地良い風は感じられなかった。


 迎撃・拘束がパターン化する前に母家へ雪崩れ込んだ群れがあった。それらのその後が不明なため、将親は気が気でない。

 ヘリコプターの羽音が微かに聞こえると、姿が現れ、奥方と先代を奥の間へ、俺が相手をする、と進言してきた。

 将親が意味を問う間もなく姿は動き、居間で夕食を摂っていた二人を母家の最奥、祖父の過ごす間に避難させた。

 雪崩れ込んだゴーレスたちがそこへ辿り着くには、その前に客間と居間を構える廊下を抜ける必要があり、姿は客間で囮を引き受けた。

 ただし、ヘリコプターが着地した邸内の中央からは遠いだけで、祖父の間は母家を外から回ればすぐに辿り着ける。

 群体と化したゴーレスの中に、いつもの理性ある狂人が紛れ込んでいたら……と、息を呑む将親。


 スマートフォンを懐に戻した姿は、忘れていた素振りで現状に気を向けた。

 客間は居間と同じく洋式寄りで、正方形の間の中心に正方形の会議テーブルがあり、椅子が二つ向かい合って置かれているだけ。使われることが減った会談部屋で、清掃を楽にするため、無用の際はこのように寂しくしてある。

 入り口側に腰を下ろし、喧騒から外の戦況を把握している姿を、敷き詰めるほどのゴーレスが包囲している。

 襲うこともなくただ静止している。下手な動きを見せた途端、自己防衛と抹殺の意志を示すはずだが、姿はそれを恐れているわけではなく、次の展開が容易に想像できるからこそ待ちに徹した。

 スマートフォンがバイブレーションを起こすと、億劫ながら懐に手を入れ、非通知と表示されていながらも仕方なく通話ボタンを押した。

『万事休す。ここまでですな、スガタさん』

 フッと鼻を鳴らすと、電話越しに苦笑が届いた。

『貴方の役割は元凶の特定と抹殺でしょうに。十年という時間が貴方を甘くしてしまったようだ』

 姿は言い返さなかった。相手も無視を承知で語り続ける。

『そも、十年など、不老の貴方からしてみれば十日に等しいものなのでしょう? 人々との出会いや交友も、長い時のほんの一粒に過ぎないはず。俗事に温もりを得るようでは裁定者失格ですね、スガタさん』

(好葉と小撫が帰ってくる頃か)

 ここまで進展すれば肇たちとの関係を隠すこともないが、何であれ説明するには、道場に溜まるゴーレスたちに疾く退場してもらわねば、と姿は考えた。

『聞いていますか?』

「俺の行動を見ていたのなら、話し相手には事欠かないことも知っているはずだが」

 引いて長引くのなら、押すことにした。

『致命的です。そうなってはもう、貴方は助からない。私の狙いは貴方をここで始末し、確実に主を顕現させることでしたのに。貴方がそこに留まらなければ、皆さんを巻き込まずに済んだ』

 声の主は姿の正体を知っているが、これまでどのような手段でそれを遂行してきたのかまでは知らなかった。

 それが底。姿は呆れ果てた。

「下らんな。負傷者ならいるが、この先、お前たちとの戦いで死者が出ることは絶対にない」

 宣教師の眉間の皺が深くなる様が目に浮かぶ。

『……貴方を包囲しているゴーレスたちと、外の連中を同時に爆発させます。外は上手く避けるかもしれませんが、中はそうもいきません。貴方は跡形もなく、奥に隠れた和紗さんとむねたきさんも瓦礫の下敷きになること確実。

 その前に自害なさい。貴方が死ねば爆発は取りやめます。この街に蔓延るゴーレスたちを、民間の知らぬ場所で諸共消滅させることも約束しましょう』

 どこからか、宣教師は道場の様子を見ているに違いない。

 あるいはゴーレスを介して現場を覗く術などがあるかもしれないが……。

「下らないと言っている」

 何であれ姿に服従の気は皆無。

『何ですって?』

「ゴーレス共はこのまま機関が対処する。迫る顕現の時と同時に諸共が消滅しようと、顕現し、俺がそれを始末した後でもまだ蔓延ろうと、彼らは影よりこの街を守り続けることだろう。お前の提案は無価値だ」

 無価値と言われた直後、姿を囲う大群がターコイズ色の角をより輝かせた。

 眩い光が眼鏡のレンズに反射し、目を瞑るべきところ、姿は一切の反応を示さない。外の喧騒が変わらないことから、爆発はこちらだけか、と思う暇さえあった。

『……よろしい、そこの怪物たちと共に消滅なさい。

 嗚呼……哀れこの上ない。ただ時代に合わなかっただけで悪とされ、一時は快楽を得るも、このように爆弾と成り果てた、元は無辜なる神の子たち。彼らの死を、貴方は何とも思わないのですか?』

 姿は眉一つ動かさず、矛盾を並べる声の主にも乗らず、意思だけを伝えた。

「多少は哀れに思う。こいつらも、お前の器も」

 声の主は息を呑んだ。

「『啓示』は断れるものだと、一先ずそう断定している。であればゴーレス化も、果てに洗脳され、人間爆弾になれど、それは俺の知ったことではない。所詮は迷惑な悪に他ならないのだから、世間にバレず死ぬのなら好都合と言える」

 客間が、テーブルの影さえ消すほどのターコイズライトに包まれる。

 間際、初めて姿から声の主へ言葉を掛けた。

「この人間界の秩序は分かりやすくて良かった。俺向きだ。愛をくれる隣人に愛を、借りた恩をそのまま返せばいい。この世界には『一宿一飯の恩義』という言葉がある。それをようやく、一分ほど返すことができそうだ」


 瞬間、姿を囲うゴーレスたちが一斉に起爆した。


 轟く、硬い肉が裂ける、爆散と奏で。

 ターコイズライトが客間の窓を割った時、外の将親が彼の名を叫んだ。

 しかし、あったのは肉が散る音のみで、それも電話の相手にしか聞こえないほど些細なものだった。

 客間が、母家が吹き飛ぶ音など一つもなく、遠いビルの屋上から由埜道場を窺っていた宣教師こそが唖然とした。

 道場には一切の被害が及んでいない。外の道場生たちも、近所に建ち並ぶ家々も、何もなかったように沈黙の夜に帰った。


 将親が血相を変えて駆け付けると、そこには忽然と椅子に腰掛ける姿だけが在り、ここに押し寄せたゴーレスの群れなど初めから幻か何かだったかのように客間は寂れたままだった。

「……ゴーレスたちは?」

 姿は立ち、「木っ端微塵以下だ」と言って客間を出た。


 姿が祖父の間に現れると、和紗は安堵の溜め息を吐いた。

 迎撃は完勝に終わった。負傷者の手当てを頼むと、和紗は姿と祖父にそれぞれ会釈して出ていった。

 畳の広間の奥、正絹の座布団に猫背で座す老人の前に立つ姿。

 由埜宗瀧は、かつては実戦部隊を率いる隊長だったが、今は衰弱し、部隊の采配も道場の委細も全て息子に任せている。

 とはいえ肉体は未だ隆々で、寡黙な振る舞いと厳格な相貌から、孫娘を始め、誰もが畏怖する迫力は健在。前線を離れてもなお、平伏を余儀なくさせる威を保っている。

 それを正面から見下ろせる者など、姿を置いて他にいないほどに。

「今のうちに伝えておきたいことがあります」

 姿が正座すると、宗瀧は皺深い目蓋を細めた。

 対面する機会はあれ、将親を挟まず二人で話すなど一年に一度あるかないかだが、そのどれもが機関にとって、孫娘にとって大切な話だった。

「決戦の時が迫っているのであろう?」

 おもむろな問いに姿は頷く。

「であれば、繕うこともない。お主が今、伝えるべきことを伝えよ」

 今度は頷かず、瞬きで応じ、これまで演じてきた畏敬を取り外した。

「小撫について、頼まれてほしいことがある」

 この期に及んで、この街の存亡ではなく孫娘のことかと、宗瀧は訝しんだ。

 それでも、息子のように大袈裟な言動を取らず、若者とは思い難い静かな青年の声に傾聴を余儀なくされる。

「小撫がそう望んだ場合に限るが、お前が認めなければ吹っ切れることができないはずだからな」

 お前と、弁えぬ物言いをする者など懐かしかった。

 誰であれ、畏怖して当然の実績と貫禄を誇る老武人を侮ることなどできやしない。

 できる者といえば、この白亜の青年のように、何かが特殊で、裏切らない信用が買える者に限る。

「場合によっては道場や機関の存続を問う問題となる。簡単ではないのも承知している。

 もし認めるのであれば、ゴーレスとは何か、この時代、この街を蝕むお前たちの敵が何か、なぜ俺がここに現れたのかも全て教えよう。真実を皆と共有するかどうかもお前の権利となる」

 衰え、現役を退いた後に起きた、本来なら自ら率先して討伐の指揮を執りたかった戦いの真実を知れるなど、誰よりも責任を重んじる宗瀧にとって決定的な交渉材料だった。

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