第10話 天神地下街の追跡

17時30分、ワンビル 地下2階 非常階段付近


「急ぎましょう。赤い点が示していた場所に行く前に、この状況を整理する時間はないわ。」


藤川が沙羅を急かしながら地下2階の非常階段を降りる。だが、その背後から何かの気配を感じた沙羅は足を止めた。


「……藤川さん、待ってください。」


「どうしたの?」


「なんか、誰かに見られてる気が……」


沙羅が振り返ると、廊下の奥に一瞬黒い影が動いたのが見えた。明らかに人間の姿だが、こちらを窺っているような挙動だった。


「……黒コートの男!」


沙羅は反射的に声を上げた。藤川も振り返り、視線の先を鋭く見つめる。だが、男はすぐに視界から消えた。


「追いかける?」


藤川が低い声で尋ねると、沙羅はしばらく考え込んだ後、首を振った。


「いや、ここで追いかけたら赤い点を見失っちゃいます。それに、彼がどこへ向かってるのか気になります。」


「それもそうね。でも、あの男が私たちを追ってるなら、逆に利用できるかもしれない。」


「利用?」


「追わせるのよ。あえて泳がせて、どこまでついてくるのか試すの。」


藤川の言葉に、沙羅は一瞬戸惑ったが、すぐに彼女の意図を理解した。黒コートの男が自分たちを追っているのなら、彼の行動を観察することで、新たな手掛かりが見つかる可能性がある。


17時40分、天神地下街


非常階段を降りた二人は、地下街に続く通路へと出た。普段は買い物客や観光客で賑わう天神地下街だが、今は夕方のピークを過ぎ、少し静かになり始めている。それでも、通路にはまだ人が行き交っており、黒コートの男を見失うには十分な混雑だった。


「ここでどうするんですか? 彼を見失うかもしれません。」


沙羅が周囲を見渡しながら藤川に尋ねた。


「いや、きっと私たちを追ってくる。それに……ここに来たのも偶然じゃないわ。」


「どういうことですか?」


「地下街はこのビルと一体化してる。そして、この街そのものがクロノコードの一部なんじゃないかって気がしてるの。」


「街全体がクロノコード……?」


沙羅がその言葉を噛みしめていると、後ろの方で再び黒い影が動くのが見えた。


「あっ!」


「いるわね。」


藤川は冷静に呟きながら沙羅の手を引いた。


「行きましょう。少し混雑してる方に入れば、こちらの動きも読まれにくくなる。」


二人は人混みの中へと紛れ込み、地下街の複雑な通路を縫うように進んだ。その間も黒コートの男の姿は、視界の端にちらついていた。


17時50分、地下街の隠された部屋


地下街の奥へと進む中で、沙羅はふと目に留まった小さな扉に気づいた。それは他の店舗の入り口とは異なり、明らかに人目を避けるように設置されている。


「藤川さん、あそこ……怪しくないですか?」


「確かに。普通の店舗じゃないわね。」


二人は扉に近づき、軽く叩いてみた。だが、反応はない。扉には「立ち入り禁止」と書かれたプレートが取り付けられており、鍵が掛かっているようだった。


「どうする? ここを調べるの?」


藤川が尋ねると、沙羅は少し迷ったが、小声で言った。


「この扉が気になります。でも、今はあの男を追った方がいいかもしれません。」


その言葉に、藤川も頷いた。だが、扉の横にある壁に目を留めた藤川が立ち止まった。


「待って。ここ……何か記録装置があるわ。」


藤川が指差した壁には、小型のタッチパネルが埋め込まれていた。画面には操作ログのようなものが表示されており、そこには「アクセス権限確認中」というメッセージが点滅している。


「アクセス権限……これ、誰かが使った痕跡かもしれないわね。」


藤川が手を伸ばそうとした瞬間、後ろから大きな足音が聞こえた。


「気をつけて!」


沙羅が叫ぶと同時に、黒コートの男が現れた。その姿はこれまで以上に近く、二人をじっと睨みつけている。


「……あなた、私たちを追ってきたんですか?」


沙羅が勇気を振り絞って問いかけると、男は答えない。ただ、ポケットから小さな端末を取り出し、それを壁のタッチパネルにかざした。すると、先ほどまで「アクセス権限確認中」と表示されていた画面が青い光に変わり、扉がゆっくりと開き始めた。


「……なんで?」


沙羅は驚きの声を上げたが、男は無言のまま扉の中へと消えていく。


「追いましょう!」


藤川が即座に反応し、沙羅を連れて扉の中へと飛び込んだ。


18時00分、隠された空間


扉の先には、これまで見たこともないような広い空間が広がっていた。天井には無数の光の線が走り、壁には複雑なデータの流れが映し出されている。中央には、巨大なモニターが設置されており、そこにまたしてもあの言葉が表示されていた。


「クロノコードを解読せよ。」


「ここが……核心?」


沙羅は息を呑みながらその空間を見回した。その時、モニターが切り替わり、今度は黒コートの男が映像として映し出された。彼はカメラに向かって低い声で話し始めた。


「ここにたどり着いた者よ。お前たちに真実を見せよう。」


「真実……?」


藤川が小声で呟く。すると、モニターには天神の再開発に関わる一連のデータが表示され始めた。


「この街の記憶、そして未来――それを操作する力がクロノコードだ。」


「街の記憶と未来……」


沙羅はその言葉を呟きながら、次に何が起こるのかを見守った。

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