第40話 幸運のお守り

「トヨビシの極秘研究所?」


 おどろいた顔をしているのは、カウンターのむこうにいる人だ。


「声が大きいですよ、高橋さん」


 奥多摩の郵便局だ。


「それっぽいところ、知りませんか」


 高橋さんに聞いてみる。これが一番確実だ。


 なんせこの世界、通信というものは郵便局がたよりだ。魔導ケータイはあるけど、文書のやり取りは郵便しかない。


 まえに郵便局の地図を貸してもらったけど、市販されている地図ではありえないほど書きこまれている情報は多くあった。


「極秘研究所でも、竜がいそうなところでもいいんです。ふつうではないトヨビシの施設を知りたいんです」


 高橋さんが、ひそひそ話をしたいのか顔を近づけてきた。ちょっと美人なんでドキドキするけど、おれは耳を差しだした。


「それ、規定違反になるんだけど!」


 押し殺した声で高橋さんが言った。なるほど。このまえ地図を貸してくれたのは、ちょっぴり違反。今回のこれは、思いっきり違反、ってことだろうな。


 おれも小声で返すことにした。


「だいじょうぶっす。この件はおれのバックに陸上自衛隊いるんで!」

「りっ!」


 おどろいて大声がでそうになったのか、高橋さんはピンクの口紅が美しい口もとを自分の手で押さえた。


「調べてくる。ちょっと待ってて」


 高橋さんはそう言うと、郵便局の奥へと消えていった。


 おれはカウンターで、しばしの待機だ。


「おい、駐車場に竜がいるぜ。こっちの馬車が停められねえんだけど」


 なんだか、ガラの悪い男が入ってきた。


「おれっす。ここの郵便局長さんに、駐竜ちゅうりゅう許可はもらってあるんで」


 この郵便局にきて、すぐに竜を停めていいか高橋さんに聞いておいた。


 高橋さんが事務所へ走り、局長から言われた言葉はひとつ。


「黒崎さんか。しょうがないですねぇ」


 とのこと。局長さんと顔なじみになっておいてよかった。地元民は強いね。


「観光の人ですか、それなら駅前に有料駐車場ありますよ」


 おれが言うと、舌打ちして男はでていった。

 

「ごめん、おまたせ!」


 高橋さんが帰ってきた。ぜんぜん待ってない。さすが郵便局員。


「極秘の施設みたいなのは、わからなかった。でも謎な私書箱がいくつかあった」

「いくつか?」

「そう、四つ」


 それだ。あそこに竜は四体いる。


「ほかにトヨビシの私書箱ってないんすか?」

「もちろんあるけど、すべて部署名とか書かれてるのよ。なのに詳細が書かれていない私書箱が四つだけ」


 まちがいないな。


「んじゃ、その四つに電報を」

「待って」


 高橋さんがメモ用紙とペンを取った。


「おい、クソメガネ」


 おれが言うと、高橋さんがメモ用紙から顔をあげた。


「あっ、さーせん。おれがこれから言う言葉を電報にしてください」

「ごめん、そんな電報を打つ人いないから、びっくりしただけ。どうぞ!」


 では。


「おい、クソメガネ。黒い姿になってイキがってんじゃねえ。ほんとに黒いおれが相手してやるから、今夜に演習場へこい」


 書き終わった高橋さんが、メモ帳を見つめている。


「黒崎くん、これって」

「電報、たのんでいいっすか?」

「い、いいけど、これいまニュースになってる」

「んじゃ、おねがいします!」


 四つ分の電報料金を払って、おれは郵便局をでた。四つある私書箱へ送っておけば、あの三匹の竜の乗り手に届くでしょ。


 駐車場にむかった。駐車場を占領しているのは、おれの黒竜だ。


「いくぞ、クロ」

『乗レ』


 黒竜が頭をさげてくる。ちなみに黒竜からの提案で、呼び名を「コクリュウ」から「クロ」に変えた。


 黒竜が言うには「コクリュウ」と呼ぶのは時間がかかるとのこと。戦いの場ではもっと短い名で呼べと。


「おまえ、ほんと頭いいよな」


 おれが首にまたがろうとしたときだった。


「待ってってば!」


 高橋さんの声だ。


 おれはふり返った。ふり返った瞬間、なにかがくちびるにふれた。


「キ、キ、キ、キ!」


 なにが起きたのかわかったけど、頭が混乱した。


「幸運のお守り」


 高橋さんは自分のピンクのくちびるを指さして笑った。


「よくわからないけど、すっごいヤバそうなのはわかる。黒崎くん、気をつけてね」

「キ、気をつけます」


 おれはやっと返事をした。


志保里しおりさんには内緒ね」

「内緒?」

「そう、わたしたち、あれからけっこう仲がいいの」


 あれからとは、ふたりを置いて仕事へでかけた日だ。


「志保里さんのカレーうどん、すっごいおいしいから。今度いっしょに食べよう」


 ああ、カレーうどん。おれが食いそびれたやつだ。いいなぁ。


「それからこれは、わたしと志保里さんからのプレゼントね」


 高橋さんはそう言うと、おれの頭から「ねじりはちまき」を取った。かわりにだしてきたのは、黒いバンダナだ。


「郵便局でわたしのほうが会うだろうって、あずかってたの」


 なるほど、ふたりからのプレゼントか。


「ねじりはちまき、さすがにかっこ悪いから」


 そうかな。言い返すまえに高橋さんは黒いバンダナを手なれた動作で細長く折った。


「かがんで」


 言われるままに、すこしかがんだ。ひたいに巻いてもらい、うしろで結んでもらう。


 正直に言うと、もういっかいキスがくるのかと期待してしまった。


『繁殖の反応』

「おいっ、クロ!」


 いいところで、あいつのツッコミが心にひびいた。


「なんか、すっごい心配になってきた!」


 おっと、バンダナを巻き終えた高橋さんだ。見てみると「ぐっ!」て目に力を入れているのがわかった。


 おれよりすこし背が低い高橋さんだ。おれから目をそらし、顔をしかめている。


「だいじょうぶっす。宅急便とどけてくるだけっす」

「あーもう、ぜったいウソだけど、信じることにする!」


 強い口調でそう言うと、郵便局の入口まで駆けもどっていく。


 おれは竜の首にまたがる。すると竜は首をあげた。


「じゃあいこう!」


 おれが言うと竜は身をかがめるようにした。足による跳躍ちょうやく。そして空中で翼をひとかき。


 あっというまに奥多摩の空だ。郵便局の屋根と、入口で手をふる女性が小さく見える。


「タカハシさん、いい人だよなぁ。けっこう美人だし」


 おれもタカハシさんにむけて手をふった。


『ヤマトヨ、戦イダ』

「わかってるって。気合い入れていくぜい!」


 手をふるのはやめて、おれは前方の空を見すえた。ひたいに巻いた黒いバンダナは意外に長いようで、頭のうしろで風になびいた。


 目的地は富士山のふもとだ。おれとクロは、赤くなりつつある空を西へむかって飛ぶことにした。

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