第34話 新聞

「おーい、ヤマトくん」


 皿洗いをしている背後から声をかけられた。


「はい、店長!」


 皿を洗いながらおれは答えた。


「今日のまかない、ナポリタンでいい?」

「あざまーす!」


 奥多摩の駅前にある食堂だ。「キッチン奥多摩」という小さな食堂。


 食堂でのバイト、なにがいいって「まかない」があること。


 人間、なれなたらなんとかなる。通勤に自転車で一時間かかるけど、それにもなれた。


「ヤマトくん、悪いけどお皿終わったら、コーヒーだしてきてくれる?」


 店長が大鍋にパスタを入れながら言った。


「りょうかいっす!」


 ちょうど、たまっていた食器を洗い終えるところだ。


 最後のお皿をすすいで食器立てに置く。最後に自分の手も洗った。


 棚からコーヒーカップと受け皿をだす。


 それからコーヒーカップだけを持って炭火コンロへと近づいた。


「店長、うしろとおります」

「はいよっ」


 炭火コンロの奥に、コーヒーを入れた陶器のポットがある。火にはかけてないけど、コンロのすみに置いておけば保温できるからだ。


 陶器のポットから、カップへとコーヒーをそそぐ。こぼさないように気をつけながら、店長の背後をぬけた。


 コーヒーカップを受け皿に乗せ、トレイではこぶ。


「まだ一週間ほどなのに、なれてきたねえ」

「あざます!」


 店長にめられて、ちょっといい気分。


「ウェイターっていうより、見た目は寿司職人だけどね」


 店長が言ってるのは、おれの「ねじりはちまき」のことだ。


「さーせん、傷が目立つもんで」


 子どものころにケガをして、傷があると店長には説明していた。


 トレイを手にキッチンからでて、客席にむかう。小さな食堂なので、客席といっても六席しかない。しかも、いまお客さんはひとりだった。


 作業服のおじさんで、ランチを食べ終えて新聞を広げている。


 壁のふり子時計を見ると、もう昼の二時。遅い昼食かな。


「コーヒー、置いておきます」

「おお、あんがとよ」


 おじさんが新聞をたたんだ。


にいちゃん、竜って見たことある?」


 コーヒーをすすりながら、作業服のおじさんが聞いてきた。


 答えにこまった。見たことは、もちろんある。


 あれから十日間ほどたった。黒竜はおれの家へもどってきていない。


「おじさんはさ、竜を見たことないのよ。上野動物園でペガサスは見たんだけどね」

「はぁ、そうなんすね」

「ちょっと仕事さぼって、公民館へよっていこっかなぁ」


 おじさんの話が、まったくわからなかった。


「ここの公民館に、竜がいるんっすか?」

「ちがうよ。街頭テレビだよ」

「公民館にテレビがあるんっすか!」


 聞けば、先週に設置されたとのこと。まだ試験放送の段階らしい。


 すげえな、日本の技術。いよいよテレビか。


 いやでも、それでもわからないことがあった。


「その街頭テレビで、竜の姿でも流してるんですか?」

「ええっ?」


 わからないから聞いたのに、作業服のおじさんは「信じられない」といった顔でおれを見た。


「兄ちゃん、ニュース知らないの?」

「いやぁ、新聞取ってないもんで」

「新聞読んでなくたって、昨日の大事件だよ。街中でうわさだろうに」


 おれの小屋は山奥なので、うわさを聞く相手もいなかった。


「新聞、いいっすか」


 おじさんがテーブルに置いた新聞だ。


「おおっ、いいよ。その記事はまんなかあたりだ」

「あざます!」


 折りたたまれた新聞を手に取り、広げた。


 まんなか……まんなか……


鶯谷うぐいすだに、夜の特選街」

「兄ちゃん、そのエロ記事の次だよ」

「あっ、なるほどっす」


 一枚めくった。


「んなっ!」


 でかでかと白黒の写真があり、さらにおどろいたのは見出しだ。


「自衛隊VS三匹の竜!」


 モノクロ写真は、プロペラ機と竜が戦っている写真だった。


 記事によると、自衛隊の演習場が三匹の竜によって襲われたらしい。自衛隊は四機のプロペラ機で応戦し、三機の損失をだすも三匹の竜を追い払うことに成功したと。


 三匹の竜。どうなんだ。そのうちの一匹、黒竜じゃないよな。


「どうしよっかなぁ。ちょこっと仕事さぼって、公民館いこっかなぁ」


 おじさんはそう言いながらコーヒーをすすっている。おれはキッチンへと走った。


「店長、マジですいません。ちょっとだけ、でかけていいっすか!」

「おう、いいよ」


 店長はフライパンでなにかを炒めていた。ナポリタンだ。おいしそうなケチャップの香りがしている。


「さーせん、いってきます!」


 ナポリタンは食べたいけど、あっちが優先だ。


 おれは「キッチン奥多摩」からでて、建物のわきに立てかけていたママチャリをだした。


 ママチャリに乗り、公民館へとこぎだす。


 黒竜じゃなきゃいいけど、あの写真の竜、黒い影だった。


「くそっ、あいつ、なにやってんだよ」


 おれは体勢を立ちこぎに変えて、公民館へと急いだ。

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