第3話 適合種別

「え~、ではホウキにまたがって」


 やる気のなさそうな、中年の教官が言った。


 教習所の一日目だ。


 さきほど申し込みを済ませた。


 それからいきなり、今日から入所の人だけが集められた。


 運動場みたいな場所だ。空では、すでにホウキに乗ったり、絨毯じゅうたんに乗って練習している人たちが見えた。


 メルいるのかな。目をこらしてみた。


「そこのきみ、早くまたがって」

「あっ、はい。さーせん!」

「これは適正を見るだけだから。飛ばないように」


 ほうほう。適正とな。


「またがった瞬間に、気分が悪いとか、めまいがするとか、まあ、そういうのあったら言ってくださーい」


 けだるい声に、こっちまでやる気がなくなる。


 でも、そんなことは言ってられない。就職活動するなら、なんらかの乗り物がないと。


 もし、気分が悪くなったり、めまいがしたとしても、おれは耐えて平気なフリをするしかない!


 気合いを入れてまたがる!


 よし、気分は悪くない。それどころか「ボン!」っていう気合いが入りそうな音すら聞こえた気がする。


「しょ、消化器だ!」


 さきほどの中年教官だ。なぜか、おれのうしろを指さしている。


 おれはうしろを見た。うっそ、おれのホウキから火がでている!


 それから職員さん数人の手によりホウキの火は消された。


 放火とは言われないだろうけど、原因はおれだ。おれはひとりだけ教習所の別室につれてこられた。


 物置ものおきがわりに使われている小さな部屋だった。壁にあるグレーのスチール棚に、ごちゃごちゃとなにかが置かれている。


 部屋の中央には、これまたグレーのスチールデスクと、パイプイスがむかい合うようにふたつ置かれていた。


「ここで待つように」そう言われたので、パイプイスに座って待つ。


 机のむこうには窓があった。青空を横切る人が見える。教官を乗せたふたり乗りのフライングカーペットだ。


 最近になって、やっと「ふたり乗り」のフライングカーペットが販売され始めた。


 魔力による浮力。これの問題は、それほど重い物が乗せられないってこと。従来のフライングカーペットが、たしか制限重量が百キログラム。いまの新型ですら百五十キロ。


 でも「ふたり乗り」ができるフライングカーペットっていい。ホウキとは全然性能もちがうと聞いている。たしかフライングカーペットは地上から十メートルまでいける。ホウキはせいぜい二メートルだ。


 いや、そのホウキすら乗れない可能性があるのか。どうすんだおれ。


 ガチャリと音がして、人が入ってきた。事務員のお姉さんだ。どうでもいいけど、けっこう美人だ。おとな美人。


 事務員のお姉さんは、机のむかいに座った。そしてスチールデスクの上になにかを置いた。


「水晶玉?」


 占いなどで見るあれだ。ザブトンみたいな上に、でっかい水晶玉が乗っている。


適合種別てきごうしゅべつを調べますので、水晶に手を置いてください」

「あの、おれ、ホウキだめなんすか?」

「それをこれから調べますので」

「フライングカーペットとか、高くて無理なんすけど」


 フライングカーペットは高い。オッサン連中が「空飛ぶベンツ」と呼んでいるぐらいだ。メルの家はけっこう裕福だから買えるだろう。でもおれんちは無理だ。しかも裁判中だし。


「ホウキのほかは、あまりメジャーではありませんが、デッキブラシなどがあります」

「デッキブラシ?」

「おおむかしの映画だそうです。デッキブラシに乗った少女のアニメ映画があったとか。そのため、ご年配のかたがたには人気だそうです」


 そんな映画があったのか。


「あとは変わったところでは、ペガサスなど」

「ペガサス!」


 上野動物園で見た。


 まるごと地球が異世界にきて、物理法則も変わったけど、まれに変な生き物とかもあらわれるようになった。


 上野動物園にいたのは、ペガサス、あとは三つの頭がある犬がいた。


「ペガサスは正式名が大型単馬おおがたたんばとなります。適正のあるかたは、ほとんどいません」


 あらっ。それは残念。いやでも、それでいいのか。よく考えたらペガサス一頭っていくらするんだ。以前の地球でも馬一頭っていったら相当な値段だったはず。


「あの、右手を」


 早くしてほしいんですけどっ! ってな目で見られ、おれはあわてて水晶の上に手を置いた。


 水晶が色々な光りをはなち始めた。それからやがて霧のようなものが水晶のなかに発生し、稲妻のようなものまで発生する。


「あれ、そういえばかみなりって電気じゃないのかな」


 この世界、雨もふれば、たまに雷も見る。


「上空の魔力摩擦まりょくまさつにおける雷魔法かみなりまほうの自然発生です」


 事務員のお姉さんは、ぶあつい本をめくりながら答えた。


「雷魔法なんて、あるんですか!」

「ありますが、人の起こせる雷魔法は、旧時代でいえば静電気ぐらいです」


 ああ、そうなんだ。ちょっとがっかり。「ライトニングボルト!」とか言って雷攻撃かみなりこうげきができたら、さぞかっこいいだろうに。


「そもそも、魔法をつかうには時間がかかりすぎると思いますが?」

「あっ、そうですね」


 魔法というのは、精神を集中させ「むむむ!」と気合いを入れて、少し何かができるというものだった。


 この世界には魔力がある。でも人間にできることは、たかが知れている。


 結局、火をつけるのもライターのほうが早いし、なんでもかんでも魔導具のほうがすぐれていた。


「こんな常識、高校で習うはずですが」


 そうですね。魔術の授業、ぜんぜん聞いてないもんで。


「あっ、おれ、退学になっちゃいまして」


 こう言うと、この事務員さんはどんな顔するんだろう。そう思って言ったみたけど、事務員さんはおれの言葉など聞いてなかった。


 ぶあついページをめくる手が止まっていた。


 どうやら、この水晶の光りかたで適性がわかるようだ。それを解説しているのが、そのぶあつい本ってわけだ。


「は、初めて見ます!」


 事務員のお姉さんの、けっこう美人な顔が青ざめて見えた。


「あ、あの、おれの適正って……」


 青ざめた事務員さんは顔をあげ、おれを見た。

 

「大型特殊竜です」


 ああ、その言いかただと、前時代なら「大型特殊自動車」ってわけだ。あれってクレーンとか、ブルドーザーじゃなかったっけ。小さいころに「はたらく車」という絵本が好きだったおれだ。車の免許にもくわしい。


「いや、待てよ、竜って言いました?」

「はい、竜です」


 けっこう美人な事務員さんだった。でもそんなこと、どうでもよくなるほど目を見ひらいて、おれたちは見つめあった。


「りゅ、竜って、この教習所にいるんですか?」

「いません。見たこともありません」


 事務員さんが、あわてて部屋からでていく。この事態を知らせにいくようだ。


 おれは水晶を見た。水晶のなかはかみなりが発生しまくっている。


 竜。


 おれ、これどうなるんだ。

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