第3.5話「天才少女フェイズ(ネタバレ)」

・それは死神さんに言われて久遠ちゃんが女湯を見に行った時の事。死神さんが言うようにただいないって事を報告だけして誰もいない温泉を一人で満喫しようと思ってたそんな時だ。

「……う~ん、これいるなぁ……」

脱衣所。何人かの洋服があった。しかもどれも見覚えのある服。そして当然浴槽の方からは人の気配と声がする。これはビンゴだよね。

「……死神さんに報告しようかな」

そう思って外を見た時。

「あれ、もう上がっちゃうんだ」

「え?」

急に声が掛けられて振り向くとさっきまで誰もいなかったはずの脱衣所に一人の女の子がいた。年齢は多分美咲ちゃんか火咲ちゃんと同い年くらい。こんな真夜中にしかも旅館の中なのに見た事もない制服を着ている可愛い女の子だ。

「えっと、誰?」

「僕?別に名乗る必要はないと思うけど」

ボクッ娘だった。普通珍しいと思うけど何故かそうは思わない。

「え、名乗ってくれないの?じゃあ何年生?中学生か高校生だよね?」

「う~ん、それもどういったらいいかよくわからないんだよね。中学生のつもりだけどもう何年も経ってるし」

「どういうこと?浪人してるとか?」

「まあ、ある意味?」

言いながらその女の子は服を脱ぎ始めた。

「何してるの?」

「何ってお風呂なんだから服脱ぐのは当たり前でしょ?この世界では違うの?」

「この世界って……」

ひょっとしてこの子中二病って奴?でも久遠ちゃんもどこかでこの子のこと知ってるような気がする。それに世界って言うのも全く心当たりがないわけじゃない。何で?

「久遠ちゃんもほら服脱いで。一緒にお風呂入ろ?」

「どうして久遠ちゃんのこと知ってるの?」

「知ってるから知ってるんだよ。……まあJC久遠ちゃんを見るのは初めてだけどね」

「……」

とりあえず久遠ちゃんも服を脱ぐ。死神さんには悪いと思うけど何だかここから先、少しも気が抜けない気がしてる。

「外にいる人なら気にしなくていいよ」

ブラジャーを脱ぎながら女の子が言う。……おっぱいは久遠ちゃんとそこまで変わらないかな。

「外の人って死神さんを知ってるの?」

「うん。知ってるよ。まあ有名人だからね。……僕としてもなるだけ関わりたくないけど」

言いながら何故か女の子はお股のあたりを触った。……え、どういうこと?

「……もしかして死神さんの恋人のキーちゃんって人?」

「へえ、あの人の恋人ってキーちゃんって言うんだ。僕と同じでボクッ娘だってのは知ってるけど会ったことはないよ。……まあ、多分僕は会えないと思うけど」

「……やっぱ電波入ってない?君」

久遠ちゃんもシャツを脱いでおっぱいを見せてみる。もう中学生なんだからブラジャーしてみたいと思うんだけどらい君に何て言えばいいんだろう。お小遣いそんなにないし。今度美咲ちゃんにでも相談してみようかな?

「あ、久遠ちゃんおっぱい大きくなってる!流石中学生だね」

「え、久遠ちゃんのおっぱい見たことあるの!?もしかして君ストーカー?もしかして甲斐機関ってところの人?」

久遠ちゃんの質問に対して女の子は一瞬黙ったかと思えばいきなりものすごく笑いだした。

「甲斐機関ってあはははは!!この世界そんなのあるんだ!?かいきか……ぶふっ!!」

「も、もう!そんなに笑うことないじゃんか!」

「ごめんごめん。久遠ちゃんを嗤ってるわけじゃないよ?……あ~。甲斐機関ね。何か昔どっかで聞いたような気がする」

涙目を拭いながらついに女の子はパンツを脱いだ。身長やおっぱいの大きさでは久遠ちゃんとそこまで変わらないけどその子のそこは比べられないくらい大人だった。

「ん?どうしたの?もしかして久遠ちゃんもそっち系?僕そう言うのは間に合ってるんだけどな」

「な、何だか分からないけど多分違うと思う!」

久遠ちゃんも一気にパンツを脱いで浴槽へと向かう。

「……ん、久遠……」

扉を開いたら湯船に美咲ちゃん、火咲ちゃん、それに和ちゃんが浸かっていた。

「美咲ちゃん達やっぱりここにいたんだ」

「はい。この時間、どっかの誰かさんのせいでよくないことが行なわれているそうなので。……久遠、あなたはどうしたんですか?確か部屋にいなかったのですがお兄さんところですか?」

「そんなの冗談でも言わないでよ。何が悲しくて合宿に来てまでらい君と一緒にいなきゃいけないのさ。……久遠ちゃんは死神さんといたんだよ」

「……まさかあなた、あの人に何かされたんじゃないでしょうね!?」

突然火咲ちゃんがキレて湯船から立ち上がる。さっきも見たけど火咲ちゃんのおっぱいとかあそこは反則だと思うんだよね。全然教育によくないよ。こんなの男の子どころか女の子だってその、ムラムラしちゃう。

「何かってえっちなこと?死神さんが久遠ちゃんなんて相手にするわけないじゃん。だって彼女いるんでしょ?」

「…………だといいんだけど」

少し落ち着いたのか火咲ちゃんがまた湯船につかる。

「最上さん。あなたは真面目にするつもりがあるんですか?」

和ちゃんがため息をついた。

「……何よ。あなたに何が分かるって言うのよ」

「分かりませんよ。あなたと私は最近知り合ったばかり。元々のあなたも私にとっては全く無関係。そりゃ少しは不運を哀れんだりはします。最初に体験したんですもの。一番最初にその意味が分からない運命を体験したこと、私だったらもっと発狂します」

「何ですって……」

売り言葉に買い言葉。火咲ちゃんがまた湯船から立ち上がろうとした時だった。

「発狂ってまた世界を滅ぼしちゃったりとか?和佐さん」

後ろからさっきの女の子がやってきた。一糸まとわぬその姿。でも長い銀髪をまとめてあるからさっきとは少し印象が違う。そして、その姿を見て和ちゃんと美咲ちゃんが見た事もないような表情になった。

「…………ど、ど、どうしてあなたがこの世界に……」

「やっと僕の行動に驚いてくれたね。これで2回目かな?」

女の子も和ちゃんも美咲ちゃんもお互いに視線を一瞬も外さない。まるで今から試合をするみたい……ううん、それ以上の威圧感がある。もしかしてこれって殺気って奴……!?

「構えないでよ。今度はルーナはいないから」

「……あなたは、ついにこんなところにまで……」

「前は過去の世界を仮想再現した時。そして今度は全ての可能性が行きつき、終わることで始まるこの世界。……和佐さん、あなたはどうしてそんなに弱くなったの?」

女の子はゆっくりと湯船に歩み寄り、手にした桶で湯をすくって体を濡らす。

「……21世紀の日本はこういう流儀で合ってる?」

「あ、うん……」

思わず答えてしまったけどまた変な質問だ。まるでこの世界の人間じゃないけどこの世界の事を知っているみたいに。

「それまで歯牙にもかけなかった美咲と手を組んでまであの人の事が気になるんだね。仮想世界でありながらあの人の息子をどこまでも護って……そして今は美咲が使役する3号機に敗れて散っていったあなたが」

湯船に静かに浸かる。でもさっきまでとは全然違う表情と声色は正直言って怖い。

「和佐さん。ルネが待ってる。もういい加減旅を終えてもいいんじゃないかな?」

ルネ……?人の名前かな?

「…………あの子は聡い子です。今もどこかで元気にやっているでしょう」

「…………確かに今はみれぃが保護してる。立派な触手娘系アイドルとしてデビューしてるよ」

「待ってその未来もう少し詳しく」

「大丈夫。みらいやまつりとも会ってるから」

「お願いだからもう少し詳しく!!」

「和佐さん。何度も言うけどもうその旅を終えてもいいんじゃないかな?僕にとって和佐さんはお姉さんみたいな人なんだよ?ちょっと胡散臭いところはあるけどでもその本音はまっすぐで正直。和佐さんが慕うあの人そっくりだよ。…………正直僕はあの人あんまり好きじゃないけどね」

また遠い目をしてる。あの人って死神さんの事だよね?

「でもあの人と一緒でどうしたって他人を放っておけない。だから紫電の花嫁になって倒されて死を待つだけだった最初の赤羽美咲を助けて今そこにいる火咲にしたんでしょ?」

「!」

突然名前を呼ばれて反応を示す火咲ちゃん。……火咲ちゃんはこの子と知り合いじゃないみたいだったけど違うのかな?

「ちょっとあんた、何者よ。どうしてそんな輪廻の間のことまで知っているのよ!」

「今の火咲には残念ながら関係はないかな。お空の上にいる僕の親友ならともかく」

「どういう意味よそれ。この赤羽美咲や甲斐和佐に殺されでもしたのかしら?」

「まあ和佐さんにはいろいろ借りがあるけどさ」

肩まで湯につかって一気に深い息を吐く。肌が白いからすぐに真っ赤になった。

「……まあ、和佐さんに関してはひとまず置いておくとしようか」

そしてその真紅の瞳で今度は美咲ちゃんをにらみ上げた。

「美咲、何してるの?どうして和佐さんと同じようにせっかく掴んだ幸せを自ら放棄してこんなところにいるの?」

「…………」

美咲ちゃんは答えない。

「……だんまり。でも知ってるよ。師匠譲りだもんね。その態度。いつもははぐらかして欲望に忠実だけどその本音は他人想い。絶対的な混沌・善属性。普通だったら最上火咲がその立場に来るはずなのに今の美咲は普通の赤羽美咲より遥かに長くあの人と一緒にいた。だからどの最上火咲よりかもあの人に近い存在になってる。そう、甲斐廉の名前を捨てて黒主零となったあの人と同じように」

「……」

美咲ちゃんは相変わらず表情を変えない。でも私にはわかる。美咲ちゃん、怒ってる。

「でも今の美咲は本来世界線を跨ぐことで最上火咲になる筈の運命に抗っている。……まあ、君と対になる火咲が調停者になって色々運命が覆ったから仕方ないことかもしれないけどね」

「…………」

今度は和ちゃんも表情が暗くなった。いったい何の話をしているのかさっぱり分からない。でも、どうしてか私は涙が止まらなかった。

「久遠……」

美咲ちゃんが抱きしめてくれる。

「……美咲、そう言うのよくないと思うよ」

そんな美咲ちゃんの裸の肩に女の子は手を置いた。

「もう一度聞くよ?どうしてこの世界にいるの?それもわざわざ強くなったのにそれを封じるような体になってまで」

「……」

美咲ちゃんは変わらず答えない。相変わらず何を言ってるのか分からない。漫画とかでよくありそうな会話だし普通だったら何言ってんの君?で終わる話だと思うんだけど美咲ちゃんも和ちゃんも普通のリアクションじゃないから多分この女の子は本当のことを話してるんだと思う。だから美咲ちゃんも何かやっちゃいけないことをしてんだ。

「ね、ねえ。君、何なの?」

「久遠ちゃん。僕の事は別にいいと思うんだけど」

「でも美咲ちゃんや和ちゃんにちょっと強く言い過ぎなんじゃない?久遠ちゃんからしたらまるで何の話か分からないんだけど。せめて名前くらい言ったらどうかな?」

「……名前か。僕の場合、名前そのものが意味のあるものだからあまり言いたくないんだよね。……この世界にはGEARがないみたいだし」

「……GEAR?」

「虚憶を感じてまで思い出す必要はないし気にしなくていいよ。でも、虚憶を感じる事すらしない美咲と和佐さんは話は別。だよね?」

女の子の視線はまた二人を捉える。美咲ちゃんも和ちゃんも何というか後ろめたいと言うかそんな感じの表情をしてる。ってか虚憶って何?

「えっと火咲ちゃんは関係ないの?」

「そこの火咲は関係ないよ。僕も会ったことないしね。……まあ、話に聞いたことはあるよ。初代赤羽美咲。2代目パープルプライドって言ってもいいかな?」

「…………あんた何者なのよ」

火咲ちゃんは詰め寄るような形で女の子に向かってくる。

「相変わらずすごい体だよね。咲を経由してなくてもそうなるもんなんだ」

「……えみって誰よ?」

「知らないなら気にしない。火咲はあまり関係ないし、久遠ちゃんと一緒に先に上がった方がいいんじゃない?」

「……意味不明な話ばかりしておいて今度はのけ者にしようって言うの?1つ聞かせなさいよ。じゃあ、そこの赤羽美咲は何なの?……あんたの会話で大体の察しはついてるけど」

「……じゃあ多分それが正解だと思うよ。まあ、敢えて言うならば赤羽美咲と最上火咲の因果の果てからやってきた存在かな?君もその身で体験したように赤羽美咲は調停者によって世界線がリセットされる度に最上火咲へと転生される。……最初のこの二人は今の君達が表向きにしている関係と同様に異母姉妹だったみたいだけどね。その関係がやっと断ち切られた世界があったんだよ。まあ、その世界の最上火咲は別の調停者になったからって言うのもあるかもしれないけど」

「……何の小説の話よ」

火咲ちゃんは呆れてる。でも、表情と言い方からして全く信じられていないわけじゃないみたい。

「で、そこの赤羽美咲は私とは逆ってわけね」

「そう。君が最初の赤羽美咲だった存在。……まあ実はそこも少し違うんだけどね」

「どういう事よ。私はちゃんと赤羽美咲だった頃の記憶があるわよ。今とは違う学校だったけど囲碁部に通ってた変態師匠に言われて囲碁を通して制空圏を習ったわ」

「……何ですかそれは」

和ちゃんがため息。そこは和ちゃんでも分からないんだ。

「あの人の事は好きだった。でもあの人には彼女がいた。アメリカから帰ってきてそしてそのまま二人はハッピーエンド。私は悔しかったけどあの人の弟子のままだった。でも、そんな日々は続かなかった。調停者とか言う普通の人間には見えない存在によって世界が滅ぼされたのよ。私も目の前で久遠を失って悲しみながら自分もこのまま終わるものだと思ってた。でも初代パープルプライドが姿を見せたのよ。そして私に2代目……ううん。アナザーとしての力を与えた。世界を救うためにそれまでとは違う、普通の人間ではない存在になろうとしているあの人を止めるために。でもあの人は止まらなかった。世界を守るために。友達を助けるために。……あの人に負けた私はそのまま死ぬはずだった。私の身に宿っていた不死鳥の力をあの人の友達に託してね。でも、いつの間にか私は最上火咲として生まれ変わっていた」

正直言って信じられない話だった。真夜中だから久遠ちゃんの頭がついていけてないだけなのかもしれない。でもとても嘘や冗談を言っているようには見えない。誤解を恐れずにそのまま火咲ちゃんの話を理解するとまるで火咲ちゃんは世界が滅ぶ前は美咲ちゃんだったみたいに聞こえるんだけど。

「……僕も詳しくは分からないけど状況から察するに初代赤羽美咲を今のその2代目最上火咲にしたのって和佐さんでしょ?天使界で果名さん……正輝君のクローンである美咲……黒主美咲を作ったのって和佐さんだし。その際に一緒にこの最上火咲も作った。だから黒主美咲には赤羽美咲の特異な遺伝子が備わっていなかった。……この最上火咲にその要素をすべて注ぎ込んだから」

「……」

「理由としては、あの人の負担にさせたくなかったんでしょ?自分の息子にまで赤羽美咲に関する因縁を残させたくなかった。それに黒主美咲には生殖能力がないとはいえアリスちゃんに肩代わりしてもらって一緒に子供を作らせることは出来る。そうしたら結果的にあの人の家系に赤羽美咲の遺伝子が混ざることになり、どうなるか分からない。だからあの段階で黒主美咲と最上火咲に分ける必要があった。……まあ、それでも初代赤羽美咲を生き残す必要なんてなかったと思うけどそこは咲の存在を知っていたから情が沸いたとかそんな感じだよね?和佐さんもお兄さんみたいに結局情には勝てない人だから」

「……」

和ちゃんは大きなため息をついた。そして何か観念したかのような表情を作る。

「……あなたはよくここまでたどり着きましたね。セントラルの街で一緒に散歩してた頃には想像もつきませんでしたよ」

「だね。でも蛍だけじゃない。僕をいくつもの世界跨がせるきっかけを作ったのは和佐さんでもあるんだよ?だからさ、和佐さん。もうここで旅を終えてもいいんじゃない?ルネが待ってる。僕と一緒に元の世界に帰ろうよ」

「…………それは出来ません」

「どうして!?」

「……この世界にしかもうあの人は生きていないからです……!」

「あの人……?廉君じゃないよね?誰の事……?」

「……もしかして、」

ちょっと久々に声出したから喉が追い付いてなかったけど、言う。

「もしかしてキーちゃんの事?」

「…………」

和ちゃんは目を伏せる。どうやら正解だったみたい。けど女の子も美咲ちゃんもすごい驚きの表情になってる。

「……キーちゃん……廉君の恋人だったよね?僕もルーナも一度も会ったことがないくらい大昔の世界の人。とっくの昔に遺伝子の彼方に消えたと思ってたけど……そうか。最初の世界のリメイクだからその人もここで生きてるんだ……。なるほど。これは美咲の目的も分かったかも」

「……」

「美咲と和佐さん。組んでるくせにその目的は正反対なんだね。和佐さんは自分の犯した最初の罪の償いのためにキーちゃんがいるこの世界を守っている。そして美咲はそこの火咲と……ううん、初代赤羽美咲と同じ。廉君を、甲斐廉を黒主零にさせないようにしている。やっと黒主零の宿命から解き放たれたあの人をそのままにするために美咲はこの世界に来たんだ。たとえこの世界を壊すことになっても、たとえキーちゃんを奪うことになっても美咲は目的を果たしたいと思ってる。初代赤羽美咲と同じように、そして同じ結末を迎えないようにするために」

「……」

「……赤羽さん、本当なんですか?」

ここで初めて和ちゃんが美咲ちゃんに質問した。ちょっと喧嘩の前のようなそんな殺気だった嫌な感じがする。

「あなたはパープルプライドの正体を知っています。その最期も兄と一緒に見たはずです。その時の記憶は兄にはもうありませんがあなたには残っている。私にはあの人はこの世界で静かに暮らしたがっていると言っていましたがまさかそれは嘘だったんですか……!?」

「……嘘じゃありません。あの人は最後にヒエンさんが静かに暮らしたがっていることは言っていました。そして自分のことは忘れることがヒエンさんにとっての幸せだとも言っていました。けど、ヒエンさんはそれを断った。その上で永遠に黒主零としてナイトスパークスとして生きていく事を決めたんです。邪神、悪魔、どんな災厄が訪れたとしてどんなに傷だらけになってもあの人は戦いを辞めない。だから何としてもあの人はこの世界で甲斐廉のまま生き延びてもらいます。……キーちゃんと呼ばれる方がいるこの世界ならあの人は他の世界に行く事もない。甲斐廉のまま一生を終えてくれるんです……!」

「……美咲ちゃん……」

どうしよう。これ聞いちゃいけない奴だよね。死神さんにはもちろんはるちゃんにも言えない……。ここに来たこと後悔するよ……。

「と言うか美咲ちゃん、まさかと思うけど何年か前に起きた火事ってまさか……」

「……そうです。この世界の赤羽美咲を隠れ蓑にして私が暗躍した結果です」

「……まさか……」

和ちゃんが詰め寄る。

「……そうです。私とあなたがこの世界で初めて会ったのは甲斐機関です。でもその前にあの夜の発電所であなたの背中を押したのは私です。あの火災の中、誰も死ななかったけどそれなりにみんな火傷を負った状態で助けたのも私です。その後私はこの世界の赤羽美咲と入れ替わる形で甲斐機関であなたと会ったんです」

「…………」

その時だ。和ちゃんの手に杖のようなものが出現したのは。そして美咲ちゃんに向かって勢いよく振り下ろされ……

「はい、そこまで」

それを女の子がいつの間にか両手で持ってた2本の剣で受け止めた。……ここお風呂だよね?

「どうして止めるんですか!?赤羽さんのせいでキーちゃんはまだ目を覚まさないんですよ!?」

「でも今の美咲だったら和佐さんの攻撃を食らえば間違いなく即死だよ。多分和佐さんとこの世界で会う前にその甲斐機関ってところで弱体化の改造手術を受けたんだよね、美咲」

「……はい、そうです。三船所長には異世界での情報を引き渡すことを条件に私を全身義体にするよう頼みました。私は元の世界でヒエンさんに愛されたことで普通の人間とは比べ物にならないくらい強くなってしまっていたので」

「愛されたってあんたあの人と一線超えたの!?」

今度は火咲ちゃんまで加わった。

「……一線はギリギリ……。でも別に私はそれでもいいんです。あの人が甲斐廉のままでいてくれたら、あの人の代わりに悪魔にだってなります。それが私がこの世界に来て自分の肉体の全てを売り飛ばした理由です」

「……」

「……」

「……」

美咲ちゃんの言葉に誰も言葉を返せなかった。話の内容は全部は分からないけど、後半のあの火事の時に和ちゃんを押したせいで事故が起きてキーちゃんも死神さんもひどいことになったって事実だけでも私にはどう受け止めたらいいか分からないよ……。

「……この世界の歴史について僕は詳しくは知らないよ」

最初に口を開いたのは剣持ったままの女の子だ。

「でも美咲は禁忌を犯している。和佐さんと同じでね」

「……私をどうするつもりですか?」

「勘違いしないでね。僕は騎士じゃないから誰かを裁く権利なんてない。今回の旅路だって和佐さんを探して連れ戻すことが目的だったから。それも和佐さんが待てって言うならもう少し待つつもりだよ。でも最終的には美咲も和佐さんも元の世界に連れ戻さないといけない」

「……誰かからの指示ですか?」

「……まあ、ルネが可哀そうって言うのはあるよ。あの世界の久遠ちゃんだって美咲の事を待ってる。僕だってそろそろ和佐さんをどうにかしてあげたいって思ってたからね」

「……誰の差し金かは言えないわけですね」

「どうとでも?で、どうする?二人とも。このまま僕と一緒に元の世界に帰る?」

女の子からの言葉に和ちゃんと美咲ちゃんは顔を見合わせてすぐに背けてそのまま何も語らない。

「……久遠ちゃんはどう?」

「え!?」

急に話を振られた。ここで普通久遠ちゃんに行くかな?

「えっと和ちゃんの事も美咲ちゃんの事ももちろん好きだよ?正直今の話とか全然わけわからないし、色々信じたくない事もあるし……。それでも久遠ちゃんは二人が好き。あ、火咲ちゃんの事もちゃんと好きだよ?」

「……誰も聞いてないわよ。……けどありがとう、久遠」

その一瞬だけだけど火咲ちゃんの言い方や表情。それは確かに美咲ちゃんのそれだった。


「……じゃあ僕はそろそろ戻ろうかな」

脱衣所。またあの制服姿に戻った女の子が言う。最初来た時はお団子にまとめていたけど今その銀髪はストレートのままだ。いい匂いがしそう。

「ねえ、本当に名前も教えてくれないの?」

久遠ちゃんは熱いのでパンツ一丁です。

「う~ん、さっきも言ったけどあんまり別の世界の人間の名前教えない方がいいんだよね」

「その別の世界から直接来てるのが二人もいるのに?」

ちらりと美咲ちゃん達を見る。仲良しって程じゃないけどそんなに仲が悪いように見えなかったあの3人も今はちょっとぎくしゃくしてる感じ。まあ、仕方がないよねあんな話されたら。

「じゃあさ、久遠ちゃん。1つだけこっそり教えてよ。そしたら僕も言うからさ」

「え、何?」

「久遠ちゃんは、廉君の事どうしたらいいと思う?」

「どうって死神さんを死神さんのままにしておくかどうかって事?」

「そ。まあ僕は甲斐廉としてのあの人は知らないからどうとも答えられない。文字通り遺伝子レベルであの人の事をよく知るあの3人には全然及ばない。確かにあの3人は時空犯罪者になってるけどあの3人がしたかったこと、している事は間違っているとは言えないと思うから。廉君については僕よりかも久遠ちゃんの方が多分知ってるんじゃないかな?」

「……死神さんは、確かにちょっとあれなところはあると思うよ。久遠ちゃんのお兄ちゃんの一人は死神さんに倒されて一生目を覚まさない状態になっちゃった。全く寂しくないと言えば嘘になるよ。でもそれ以上に何度も助けてもらってるもん。大好きだよ!」

「……そっか。あの人は甲斐廉でも黒主零でも本人にとっては何も変化がない事なのかもしれないね」

女の子はスカートのポケットからスマホみたいなのを取り出した。何故か分からないけどもう会えないような気がして思わずその袖を掴んでいた。

「……紫歩乃歌」

「え?」

「可愛い僕の名前は紫歩乃歌だよ。覚えててね、久遠ちゃん」

可愛い笑顔を見せて気付いた時には女の子……歩乃歌ちゃんの姿はなかった。

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