第5話 新たな力
こうして俺とティアの共同生活が始まる事となった。俺としても、こんな場所にひとりでいるよりは話し相手がいてくれた方がありがたい。
「ピーヨピヨ!」
おっと……トリがいるからひとりじゃなかったか。でも、トリじゃ話し相手にならないしな。
しかし、そうと決まったならやるべき事がある……生活環境の改善だ。
俺にとって食事や睡眠は必ず必要な物って訳じゃない。さらに、体が汚れたとしても神力による自浄作用が働くのか気が付いたら綺麗になっている。俺の着ている服も俺の神力の影響を受けているようで、常に新品のように綺麗なままだ。
だが、人間であるティアはこうはいかないだろう。出来るならば、彼女が住みやすい生活環境を提供してあげたい。そしてそれは、この土地を統治する神である俺の使命であるようにも思えた。
さてさて、どうしたもんか……。
俺は、荷物を整理している最中のティアにチラリと視線を向けた。ちょうどティアも俺の方へ視線を向けた瞬間だったようで、互いの視線が交錯する。
「どうしたんだい?シンくん」
「ねえ、ティア。ティアはさ、ここに住む上で何か希望はある?」
「そうだね……」
ティアは顎に手を当てしばし考えた後、微笑んだ。
「君さえいれば他には特に何もいらないかな。すまない、きっともっと具体的な回答をするべきなんだろうけれど……これが今の私の本音だよ」
そう言って、ティアはにっこりと微笑んだ。むう……そう言って貰えるのは嬉しい。嬉しいけど……そんな風に言って貰えるからこそ、俺としては何かティアのためにしてあげたい。
あ、そうだ……ひとまず今の信仰度を確認しておこう。そう思って俺は視界の端に信仰度を浮かび上がらせる。
【信仰度…1万131】
「は……?」
思わず声が出た。なんで?今朝は115しかなかったはず。どうして1万も増えているんだ?今朝から変わった事なんて、ティアと出会った事くらいしか……。
え……ひょっとして、それが理由?
ティアと出会った事で、ここまで信仰度が上がったって事……?
この【信仰度】、『信仰』という名はついているものの本来の意味の信仰とはちょっと違うと俺は思っている。俺のイメージする信仰っていうのは、特定の神や宗教を心から信じる事だ。だけど、俺の視界に浮かぶ【信仰度】は……簡単に言えば好感度だ。誰かが俺の事を好いてくれれば【信仰度】が上がる。そして、好感度が上がれば上がるほど【信仰度】はさらに増えていく。
具体的な例では、鳥やリスが俺になつくとだいたい信仰度が1程度上がる。つまりティアは、俺になついた鳥たちの1万倍俺に対して好意を持ってくれているって事、か……?いや、それは短絡的すぎる考えだよな。この【信仰度】にはまだ俺が把握していないルールがあるのかもしれない。うん、多分そうだ。いくらなんでも俺に対してそんなに深い好意を持っているなんて事はないだろう。
ただ、信仰度が1万を超えた事は間違いない。だったら……。
「ティア、ここでちょっと待ってて貰えるかな?」
「いいけれど……どうしたんだい?」
「うん、確かめたい事があって。すぐに戻るから」
俺は、神域がどれ程広がっているのか確かめる事にした。そう……確か、女神
「よっ……と」
俺は時に岩山をよじ登り、時に荒野を走り周囲を駆け抜ける。地面は起伏があってデコボコしているにも関わらず、俺の足取りは軽い。まるで野生動物のような速度で道なき道を進んでいく。
「そうか、これも神力の効力なんだ……!」
俺はこの世界に転生してからあまり遠出した事がなかった。何故なら、神域以外では、神の力が使えないからだ。もしも神域の外に出て凶暴な動物に襲われたらひとたまりもない。だから気が付かなかったけど……俺は、自分の体に対しても神力を使う事ができる。つまり、神力を消費して心肺能力を向上させたり脚力をアップさせたり出来るって事だ。
「どの程度神力を消費したらどくらい肉体が強化されるのかも確かめてみないとな……」
そんな事を呟きつつ、俺は周囲を走って回る。うん……俺の神域は、かなり広範囲に広がっているようだ。周囲には岩山や谷があって把握し辛いけど、今の俺の神域は小さな町程度の広さはあるんじゃないだろうか。
「おっと、これは……!」
俺は、ある谷に差し掛かった時に『あるもの』を見つけて足を止めた。
◇
ヴァレンティア・シュヴァイクにとってこのような旅は初めての経験だった。そして彼女は、こう思っていた。
(私はおそらく、この旅で死ぬ事になるのだろう……)
『呪いの翼』を背負った自分を受け入れてくれる場所など、この世のどこにも存在しない。幼い頃から剣は学んでいたが、荒地でのサバイバル経験などはない。いずれは疲労と空腹で動けなくなった所を
(しかし、まさか……私を受け入れてくれる者がいるとは)
彼は言った。「『呪いの翼』なんて気にしなくていい」と。誰かにそう言って貰いたくて……でも、誰にも言って貰えなかった言葉。
(シンくん。ありがとう。君のためなら、私は……)
そこまで考えた所で、ヴァレンティアはハッと我に返った。
「いつの間にかウトウトしていたようだ……」
旅の疲れのため、いつの間にか眠りかけていたらしい。
(シンくんはすぐ戻ると言っていた。そろそろ帰って来る頃だろうか……)
そう思い顔を上げる。すると、人の背丈ほどの岩の向こうからもうもうと湯気が立ち上っていた。先ほどはこんな湯気はなかったはずだ。
「これは……?」
ヴァレンティアは立ち上がる。そこでちょうど、湯気の向こうから黒髪の美少年……シンが姿を現した。
「あ、ティア。起きたんだね」
「シンくん……この湯気はいったい?」
「うん。これは温泉だよ」
「温泉?しかし、さっきまでこの近くにそんなものはなかったはずだが……」
「そうだね。これは、俺の神力で作ったものなんだ」
シンの説明によればこういう事らしい。彼は周囲を探索していた際に温泉を発見した。しかし、その温泉はあまりに小さい上に温度も熱すぎてとても人の入れるようなものではなかった。
「けど、温泉が湧き出てるって事は地下に温泉の流れる水脈があるって事だよね。だから、俺は神力でそれを探し当てて掘りあてたって訳なんだ。ちょうど冷たい水脈と交わる地点だったみたいで、温度もいい感じだよ」
「こんな短時間で、そんな事を……?」
「うん、さすがに神力をかなり使っちゃったけどね。1万あった神力がほとんど空になっちゃったよ。やっぱり地形をどうこうするのは相当に神力を消費するみたいだ。……とまあ、そんな事はいいとして。さあどうぞ、入ってみてよ」
「いや、それは……」
ティアは戸惑った。シンには疲労の色が見える。本人も言っていたが、神とはいえ温泉を生み出す程の力を使うのは楽ではないという事だろう。そんな苦労の果てに生み出された温泉に、自分が最初に入っていいのだろうか。しかし、せっかくの申し出を断るのもシンに悪い。そんな事を考えていると、シン勘違いした様子で言った。
「あ、覗いたりしないから安心して」
「ううん、そんな事を心配している訳じゃないよ。君にならいくら見られてもいいし……」
「えっ?」
と、そこでティアは良案を思いついた。
「そうだ、シンくん。良かったら……一緒に温泉に入ってくれないかな?」
現在の信仰度…1万131
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