第17話 今夜の相棒はアジンさん
自宅まで戻っていたら、随分と遅くなってしまった。やっと広場のあたりまで戻ってこれたけれど、すっかり日は落ちて、辺りは真っ暗だ。ランタンを持ってきて正解だった。
「協力ありがとうございます。アジンさん」
声をかけると、わたしの袖から隻眼のネズミさんが顔を出した。
『別に構わねぇけどよ。外のネズミに知り合いなんていねぇぞ』
「それでも、人間のわたしが直接話しかけるより、話してくれるはずです」
町に住む人間以外の動物で、一番多いのがネズミさんだ。ヤトコさんになりすました犯人が人の目を避けて動いていたとしても、ネズミさんの目までは気にしていないだろう。
「どこに行ったらネズミさんに会えますかね?」
『んならゴミ捨て場に行ってみるか。やっぱし食い物のある所が一番だ』
「了解です。どこですかね。ゴミ捨て場」
わたしは宮殿跡に続く登り坂に入った。昼間は賑わっていたのが嘘のように、人の姿はない。当然、お店は全部閉まっている。
たくさんゴミが出る場所だろうに、ゴミが出されている場所は見当たらない。さすがにお客さんが通る道に、ゴミ捨て場はないみたいだ。
「もしかしたら、ゴミ捨て場は遠くに作ってるのかもしれないですね。宮殿跡の近くのほうが、犯人が見られてるかと思ったんですが」
『ほぅ。なるほどなぁ』
アジンさんがわたしの袖から、辺りを見回す。
『こういう場所か。少しだけ、待っててもらってもいいか?』
「ええ。もちろんです」
アジンさんが袖から身を乗り出したので、わたしはしゃがんで地面の近くへと手を近づけた。
『あんがとな』
アジンさんは石畳に降り立つと、滑るように走って建物の隙間に入っていった。人間であれば『隙間なんてない』と言ってしまいそうな隙間だ。
その奥に何があるのかはわからない。少なくとも、人が利用するものはないはずだ。
一人になったせいか、夜の静けさが濃くなった気がした。
――静寂の本質は雑音だ。
ある吸血鬼が書いた本に、そんなことが書かれていた。それの意味が、わかった気がする。
昼間に来たときには聞こえなかった音が、いくつも聞こえる。皮膚では感じない程度の風の音や、どこかしらの建物が軋む音。静かな故に聞こえて、聞こえることで静かに感じた。
その中でも特に目立っていたのが――
「水の流れる音……?」
どこかの家で水を使っているのかと思ったけれど、違う。途切れることなく、ずっと聞こえている。
近くに川などはない。あるのなら、昼間でも水音が聞こえているはずだ。
広場の噴水の音が聞こえているのだろうか。
「あ……!」
そういえば、あの噴水はルクルーンの水を引いているのだった。表に見えなくても、水路がどこかにあるはずだ。
建物の裏手――という感じでもない。それなら音で方向がわかるはずだ。
不思議なことに、水音が聞こえてくる方向すらわからない。ものすごく小さな音なのに、すぐ近くで聞こえているようにすら思える。
まるで小さな川の上にいるような――
「もしかして……道の下ですかね」
道に沿って、地下を水路が通る。ありそうな話だ。
雑音の正体を知って、少しだけ静けさと仲良くなれた気がした。
耳をすませば、もっと町のことを知れるかもしれない。そう思って目を閉じた頃に、アジンさんは戻ってきた。
『待たせちまったな。やっぱし思った通りだったぜ』
さっき入っていった隙間からだ。わたしが手を伸ばすと、アジンさんは来たときと同じように袖に入った。
「なにかわかったことがありましたか?」
『ああ。だが嬢ちゃんにとってはいい知らせじゃないかもな』
アジンさんが体をひねって、袖から顔を出す。
『この辺はネズミの匂いがほとんどしねぇんだ。代わりに水の匂いがしたからまさかと思って見に行ったんだが、思った通りだった』
「何があったんです?」
『地下に水路があったんだ。みんなそこに隠れ住んでる。このあたりは猫の野郎が多いらしくてな。奴らは水が苦手で、俺達は水が得意。隠れるのにはぴったりというわけだ』
「なるほど。確かに昼間ここで、猫さんたちと話しました。でも、どうしてそれがいい知らせではないんですか?」
『地下水路からじゃ、人間を見ることはできねぇ。人間のことを聞きたいんだろう?』
確かにそうだ。
「でも、アジンさんが今さっき話を聞いてきたネズミさんは、地上に出ていたんじゃないんですか?」
『地上でネズミは見てねぇ。地下水路まで行って、やっと話が聞けたんだ』
「え? だって今、ちょっとしか待っていませんよ? こんな短時間で地下水路に行くルートを見つけたんですか? すごいですね」
『まぁな。俺達ネズミは隠れた道を見つけるのが得意なんだ。そうじゃない間抜けはすぐに死んじまう。おっと、人間には通れねぇ道だからな。案内はできねぇぞ』
「さすがにあそこには入れませんね」
アジンさんが出入りした隙間に目を向けた。腕を入れるのだってギリギリそうだ。
「できれば現場の近くで話を聞きたかったですけど、仕方ないです。他の場所に行ってみますか」
『ああ、それが――』
アジンさんが言葉を切って、袖の中に頭を引っ込めた。
「アジンさん? どうしたんですか?」
呼びかけても出てこない。腕に触れるアジンさんの体が、少しだけ熱くなった気がする。
『おや? こんな時間に人間なんて珍しいね』
貫禄のあるお姉さんのような声だ。聞き覚えがある。
ランタンで足元を照らすと、大きな三毛猫がいた。
「マブルさんじゃないですか」
しゃがんで、目の高さを近づける。
「覚えてますか? 昼間お話したフクラです」
『覚えてなきゃこんな近くまで来ないさ。夜に出歩く人間にはろくなのがいないからね』
「人間には悪い人もいますからね。夜のお散歩ですか?」
『こいつにこの辺りを案内していたのさ』
マブルさんが振り向いた先をランタンで照らすと、小柄な黒猫が闇の中に紛れていた。光を当てないと、闇の中に緑色の目が浮いているみたいに見える。
「エルスさんですね。こんばんは」
アジンさんの入っていない左の手を伸ばす。エルスさんはゆっくりと近寄ってきて匂いをかいだ。
そんなことをしているわたしたちを尻目に、マブルさんはキョロキョロ辺りを見回して
いる。
『一緒にいたもう一人の人間はどこだい? 悪い男をぶっ倒した髪の長いやつさ』
「ヤトコさんですか?」
もしかしてヤトコさんに会いたくて話しかけて来たのだろうか。
やっぱりヤトコさんは動物によく好かれる。本人がそれを望んでいないのがもったいないくらいだ。
「ヤトコさんはイグルンさん――保安官が保護してくれていると思います。狙われている可能性があるので」
『狙われてるって? その話、もう少し詳しく聞かせな』
マブルさんの声が少し重たくなった。袖の中で、アジンさんの体が跳ねる。
マブルさんの声に、殺気のようなものを感じたのだろうか。
猫さんはネズミさんの天敵。このままだとアジンさんがかわいそうだ。
「えっと、その前に、一つ聞いてもいいですか?」
『なんだい?』
「マブルさんって、ネズミさんを食べたりします?」
袖の中で、アジンさんが手足をばたつかせた。外から見て、手足の動きがはっきりわかるくらいだ。
『ああ、なんだい。そういうことかい』
マブルさんは両手足を揃えて、その場に座った。
『ここの猫たちはもっといいものを食ってる。ネズミなんざ、追いかけたりもしないよ』
「そうなんですね。アジンさん安心してください。この猫さんはですね――」
マブルさんの言葉を通訳する。
その途中で、小さな影がマブルさんの飛び越えて出てきた。
エルスさんだ。
ただでさえ闇夜で大きくなっていた緑色の目が、更に大きくなっている。
『お、おい。なんか悪魔に見られてるみてぇだ。全身の毛がゾワゾワする』
わたしのローブは分厚い生地なので、透けて見えることはないはずだ。それなのに猫さんの視線を感じるなんて、さすが本能の格が人間と違う。
「大丈夫ですよ。猫さんは地面にいますから。わたしが立ち上がってしまえば届きません」
『猫の野郎を舐めんじゃねぇ! 奴らは飛ぶ鳥だって食っちまうんだ!』
確かに、猫さんなら立っている人間の胸に飛び込むくらい簡単にやってくる。
エルスさんは尻尾を揺らしながら、輝く目でわたしの袖を見つめていた。ローブで隠れているアジンさんの姿が、見えているのだろうか。
『遊び盛りの若いのはどうしようもないね。特にこいつは今日来たばかりだから――』
マブルさんがエルスさんの首後ろを噛んだ。乱暴に見えるけれど、猫さんにとっては一番優しい捕まえ方だ。
『な、何をするんだよ!』
持ち上げれたエルスさんは文句をいいながらも、暴れたりせずに引きずられていく。
そしてマブルさんの後ろへと置かれた。
『普段ならなにかいう気はないが、今は邪魔だ。下がっときな』
『言えばわかるっての』
口ごたえするエルスさんはマブルさんに隠れるようにこちらを見ていた。目の輝きは失われていない。わたしを見ているというよりは、やはり袖口を見ているようだ。
袖の中で、アジンさんがブルルと震えた。
マブルさんがエルスさんの頭に猫パンチを入れて、頭を引っ込めさせる。
『それで、あの人間が狙われているっていうのはどういうことだい?』
「ヤトコさんになりすまそうとしている人がいるみたいなんですよ。わたしたちより早くこの辺りに来ていたみたいなんですけど、見ていませんか? ヤトコさんと似た格好をした人です」
『さてね。人間の匂いならまだしも、見た目なんてわからないからねぇ。それに、昼間は外から人間がたくさん来るんだ。よほどのことがない限り、覚えちゃいないよ』
「そうですよね。わかりました。悪い人なので、他の猫さんたちにも気をつけるように伝えておいてください。頭の後ろが黒い尻尾みたいになってる人です」
『ああ、わかったよ。黒い尻尾に気をつけろって言っておくよ』
『黒い尻尾……?』
エルスさんがマブルさんに体をこすりつけるようにして、前に出てきた。
『黒い尻尾の人間なら、ボク知ってるよ』
『引っ込みな。昼間にこの人間と一緒にいたやつとは別なんだ』
マブルさんが首根っこを掴もうとする。エルスさんは横に跳んでそれを避けた。
『今日の話じゃないんだって! ボクが前に住んでいた家だよ! そこに人間を連れて来たのが、黒い尻尾の人間だったんだ!』
「え? そうなんですか? それっていつのことです?」
『昨日の夜か、その前くらい。ボクは家を追い出されてすぐにここに来たんだから』
今日の犯行のために来たのなら、タイミングぴったりだ。
エルスさんが住んでいた空き家に、なりすましの犯人二人が、隠れ家として使い始めた。
全然ありそうな話だ。
二人というのも、なかなかに怪しい。
異世界人のヤトコさんになりすます以上、翻訳術師役の人間が必要なのだ。
「そのお家に、案内してもらうことってできますか?」
『お、おいっ! 猫の野郎と一緒になんて……!』
袖の中でアジンさんがジタバタと暴れる。
エルスさんは『いいよ』と可愛く鳴いた。
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