第32話 提案します
「父さん……いったい何を言い出すかと思えば……」
アルベルトはそう溢すと、呆れたように頭を抱えた。
先日、帝都での謁見後、父であるダビドは皇帝陛下より賜ったある指輪型の魔道具を持ち、アイビオリスの森へと1人で向かった。それも、突然言い出して飛び出したのである。
心配になったアルベルトはすぐに跡を追うも、父の脚はかなり速すぎて簡単にその足取りを見失ってしまった。アリシアに諭されて、宿屋で待つこと数時間。無事に戻ってきた時には本当に安堵したものだったが、それ以上にあることに驚かされてしまう。なんと帝都に戻ってきた父は、亜人の子供を連れて帰ってきたのである。
杖にぶら下がる亜人の子供を見て、アルベルトは驚愕するや否や、急いで2人を宿屋の部屋へと連れ帰った。夜も遅かったこともあり、誰にも見られることはなかったことは幸いであったが、それはかなり由々しき事態であった。どうしたものかと悩んだ結果、この亜人の子をなんとかクロフォード家へと連れて帰ることにしたのだった。
「父さん、その提案はかなり難しいと思いますよ。」
「なんでじゃ?」
父の提案を飲むのは難しい。ベットでスヤスヤと眠りにつく亜人の子を見て、アルベルトはそう告げる。それがアルベルトの判断であったが、自分の言葉に首を傾げている父を見て、アルベルトは頭が痛くなった。ダビドが純粋に疑問を浮かべていることがわかるからだ。
「まず、魔物は人を襲います。それは周知の事実ですが、亜人はそんな魔物から進化した種族で、世間では忌み嫌われる存在なんです。だから、一緒に暮らすのは無理なんですよ。」
どうしたものかと頭を抱えながらそう説明するが、父は理解できないといった様子で問い返してくる。
「じゃが、こんなに可愛らしいウサギの子供が人を襲うかのぉ?わしが助けた時は泣いておったぞい。」
そう言われると、アルベルトには返す言葉がなかった。亜人族の存在は知っていたが、自分自身も直接会ったことはなかったからだ。彼らについて知っていることは、文献や人伝の知識だけであって、アルベルト自身も亜人の本質など知らないのだ。
軽い口調で核心を突いてくる父に内心で感嘆しつつ、どうやって説得しようかと悩んでいると、隣にいたアリシアが口を開いた。
「いいじゃないですか。一緒に暮らしましょう。」
「は……?」
この小娘は真顔で突然何を言い出すのか。それを容認するのはクロフォード家であって、グローリィ家ではないからそんなことが言えるのだ。
突然、無責任なことを言い出したアリシアに対して、そんな思いがアルベルトの頭に溢れ出すが、アリシアの言葉に嬉しそうに同意しているダビドの態度を見て、怒りより焦りのほうが上回る。
「そ……そんな簡単に決められることではないんですって!まず、我が家では確実に無理です。爵位として陛下より"騎士"の称号を授かっていますし、私は騎士団の団長を任されているんです。そして、街を守る義務がある。そんなクロフォード家が亜人と住み出したなんてことになれば、騎士団の信用問題に関わってしまう!それに、陛下の耳に届けばなんと言われるか……。」
焦りと憂慮のせいで、一気に言葉を紡いでいくアルベルト。だが、父ダビドの表情はあっけらかんとしている。
「保護した……ということにすればどうじゃ?」
「それもダメです。そもそも、亜人は保護する対象として見られていません。」
「なら、わしが捕まえたとか……?」
「奴隷……ということですか?それなら幾分かはマシですが、それでもクロフォード家のイメージダウンになってしまうので、当主の私としては承諾しかねます。」
「ふむ……」
そこまで言うと、ダビドは顎に手を置いて悩み始めた。
父も元軍人。それにこのクロフォード家を長年守ってきた人だ。元当主としても、家の信用を落としてまで亜人を保護したいということはあるまい。悩み始めたダビドを見て、アルベルトは内心でそう考えてホッとした。
これで諦めてくれるだろう、と。
だが、ダビドの口からは、思いもよらない言葉が飛び出した。
「ふむ……そんなに地位や名誉が大事かのぉ。それよりも大切なことがたくさんあるとわしは思うがな。」
その言葉を聞いた瞬間、アルベルトの体に雷のような衝撃が走った。自分の考え方は間違っている。そう感じさせられ、自分の全てを打ち砕かれた気分になったのだ。そして、今自分が発した言葉の意味を理解し、恥ずかしくも情けなく感じてしまう。
自分の仕事は家を守り、街を守り、そして、この国を守ること。それ以上に大切なことはないと、そう信じてきた。だからこそ日々研鑽を積み、父と同じく騎士団の団長を任されるまでになったのだ。目を閉じれば、父から家督を譲り受けた時、それを人生の目的として覚悟を決めた時のことが、鮮明に脳裏に浮かぶ。
しかし、それは現時点において、違うのかもしれない。間違ってはいないはずだが、今はもっと別の道があるのでは……そう考えさせられてしまっていた。
亜人の迫害は今に始まったことではない。遠く長く続くこの大陸の歴史の中で、はるか昔から起こっていることだ。だが、魔王が死に、平和が訪れた今、全ての者にそれは与えられるはず。そう考えれば、確かに父も現役時代、亜人への処遇について、皇帝陛下へ直談判していたその姿を思い出した。
「確かに父さんの言う通りですね……。どうやら、私は家のことばかり考えていたようです。」
アルベルトはそう言うと、小さくため息をついた。まずは、自分自身が考えを改めなければなるまい。そう思い知らされたのである。
だが、だからと言って「はいそうですね。」と許容できる話でもない。亜人に対する人々の認識は、かなり根深いものがある。彼ら亜人が、魔物から進化した存在である事実は変えることはできないし、そもそもの話、それが1番の問題でもあるのだ。
横で話を聞いていた妻と娘にチラリと視線を送ってみたが、エリザもエマも自分と同じように困惑しているようだった。
(さて、どうしたものか……)
アルベルトは何かいい手がないかと思案するが、そう簡単に解決策は浮かばない。そんなことは当たり前だろう。ここで良案が浮かぶなら、この問題はすでに解決できているはずなのだから。
すると、悩んでいるアルベルトに対し、父ダビドが思いついたように一言こう告げる。
「息子よ。わし、一人暮らしするわ。」
「へ……?」
それは誰にも予想できない一手であった。
「な……何を突然!」
「だって、ここでは一緒に住めんのじゃろ?なら、別の場所で暮らすしか方法はあるまいよ。」
「……いや!この子を森に返すという手もありますよね?」
アルベルトは説得するようにそう返すが、ダビドは首を横に振る。
「わしはこの子についてくるかと問うたんじゃ。それに対し、この子はわしについてくる道を選んだ。わしには、その覚悟に応える責任があるんじゃよ。」
「そ……それはそうかも知れませんが……。」
その一手はずるい。アルベルトはそう思った。そんな仏のような顔で、父から責任を取らねばならないと言われれば、こちらとしては否定することは難しい。それは、エリザとエマの顔を見ても明らかであった。
特に、エマは不安の色を浮かべている。おじいちゃん子だった娘からすれば、せっかく病気から回復した祖父とこれからたくさん過ごせると思っていた矢先のこれだ。そう思うのも仕方がないだろう。
アリシアも、さすがにそれらを感じ取ったのだろう。珍しく黙り込んでいる様子を見て、アルベルトは違う意味で少しホッとした。
だが、これこそ本当にどうしたものか、である。
88歳の父が1人で暮らすなんて不安しかない。ましてや、亜人の子供の世話をしながらなのだから、なおさらである。しかも、この亜人の子が人の目に触れないような都合のいいところなんて、自分には思いつく由もなかった。
しかし、当の本人はやる気満々だし、説得する言葉も見つかっていない。この状況がアルベルトを大きく悩ませた。
すると、思いも寄らない人物からある提案がなされる。
「おじいちゃん。それならアイビオリスの森の近くにひとつ、別荘が売りに出てたよ。」
口を開いたのは娘自身であった。悲しそうな顔はしているが、その眼にははっきりとした意思を浮かべている。自分の祖父の意思を尊重しようという彼女なりの決意の色が。
エマの一言で、この後の方針は最も簡単に決まったのだった。
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