堀川くんの奇想天外な日常
湊 マチ
第1話 壁の弟・ヘイキチ
堀川くんには、誰にも理解されない秘密がある。それは、自室の壁に浮かび上がった黒いシミを「弟」として可愛がっていることだ。その名前は「ヘイキチ」。堀川くんにとってヘイキチは、ただのシミではなく生きた家族の一員だった。
壁に話しかける少年
「ヘイキチ、今日も学校で面白いことがあったんだよ」
堀川くんは学校から帰ると、鞄を放り投げて壁に向かい、熱心に話しかけた。彼の声には異常なほどの情熱がこもっていた。
「磯野家のカツオくんが、また先生に叱られてたんだ。でも、ああいう自由なところ、僕は好きだな。君もそう思うよね、ヘイキチ?」
壁はもちろん黙ったままだ。しかし、堀川くんは微笑みを浮かべ、まるで返事を聞いたかのように頷いた。
「君が賛成してくれると、僕も嬉しいよ」
その様子を偶然見たお母さんは眉をひそめたが、注意する気力を失い、そっと部屋を出て行った。
磯野ワカメとの奇妙な会話
翌日、学校で堀川くんは磯野ワカメに近づき、突然話しかけた。
「磯野さん、弟っていいよね?」
「えっ? そうね、タラちゃんは可愛いけど、どうして急に?」
堀川くんはにやりと笑い、声を低くして言った。
「僕の弟は壁に住んでいるんだ」
ワカメは一瞬固まった。何を言われたのか理解するのに時間がかかったが、堀川くんの真剣な目を見て冗談ではないと悟った。
「壁…って…どういうこと?」
「家の壁にね、小さなシミがあるんだ。それが僕の弟、ヘイキチなんだよ。彼は僕にとって本当に大切な家族なんだ」
「そ、そう…なんだ…」ワカメは苦笑いしながら、どうにかその場をやり過ごした。
磯野家を訪問
数日後、堀川くんは何の前触れもなく磯野家を訪ねた。
「磯野さん、ヘイキチを紹介したいんだ」
ワカメは驚きながらも、彼を家に通した。その様子を見ていたカツオも面白がってついてくる。
「それで、ヘイキチってどこにいるんだ?」とカツオが尋ねると、堀川くんは満面の笑みを浮かべた。
「ヘイキチはここにはいないよ。でも代わりに、僕が彼の存在を感じられるようにしてあげる」
堀川くんはリュックから黒いマーカーを取り出し、磯野家のリビングの壁に近づいた。
「な、何する気なの!?」ワカメが慌てて叫んだが、堀川くんは止まらなかった。壁に素早く丸いシミのような絵を描き、その下に「ヘイキチ」と書き込んだ。
「これで磯野家にもヘイキチが来た。これからは、彼が君たちを守ってくれるよ」
その場の空気は一瞬凍りついた。サザエがたまたま通りかかり、その光景を見て大絶叫した。
「なにしてるのよ、堀川くん!」
しかし堀川くんは動じることなく、真顔で答えた。
「ヘイキチは家族を幸せにするんです。壁に彼がいると、きっと磯野家も笑顔になれますよ」
カツオの反撃
堀川くんの異常な行動にカツオは呆れつつも、面白がって挑発を始めた。
「でもさ、ヘイキチってただのシミなんだろ? そんなのに頼ってるなんて、変だよな」
すると堀川くんの目が一瞬ギラリと光った。
「カツオくん、君にはわからないんだね。ヘイキチはただのシミじゃない。彼は僕の話を聞いてくれる。君にはそんな相手がいる?」
「そりゃ、家族みんながいるし!」
カツオが笑って言うと、堀川くんは少し寂しげに微笑んだ。
「じゃあ、君は家族全員が君を理解してくれると思ってるの?」
その言葉に、カツオは言葉を失った。堀川くんの言葉は、どこか刺さるものがあったのだ。
最後の「家族会議」
その日の夜、磯野家は「堀川くん問題」の家族会議を開いた。
「どうするの、あの子…ちょっと普通じゃないわよ!」とサザエが言うと、波平が眉間に皺を寄せながら言った。
「だが、悪意があるわけではないようだな。むしろ…純粋すぎるのかもしれん」
「でもお父さん、あの壁の落書きどうするの?」ワカメが困惑した顔で尋ねる。
「…とりあえず明日消そう」
そう結論が出されたが、堀川くんが再び現れることを家族全員が恐れていた。
結び
次の日、学校でワカメが堀川くんに会ったとき、彼はいつものように笑顔で言った。
「磯野さん、ヘイキチ、元気にしてた?」
ワカメは苦笑いしながら答えた。
「うん…まあ…ね」
堀川くんの奇妙でサイコな行動は、今日もまた周囲を振り回し続ける。彼の物語はまだまだ終わらない。
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