建物の正面玄関に到着した神宮は、閉鎖されているガラス扉の前に立つと、薄暗い室内に目を凝らして中を伺った。

 午前中と言っても、今日は生憎の曇り空。太陽の日差しは鈍色の雲に塞がれ、自然光からの恩恵はさほどない。


 それでもずっと見続けていると次第に目が闇に慣れ、視界には広々としたロビーが仄暗い中で確認することができた。

「どこにいるんだ、那生……。俺が行くまで無事でいろよ」

 決意がまるで敬虔けいけんな祈りを捧げるように思え、神宮は那生の笑顔を思い浮かべた。

 愛しい幻に縋りそうになった時、ガラスの向こうがわで人影が揺れ、一人の男が神宮のもとへと近寄って来るのが見えた。


 厳重にロックされたガラス扉が開くと、怪訝な顔をした男が目の前に現れる。

「誰だお前は。ここに何の用だ」

 感情が読めない顔をした無表情の男が、侵入を塞ぐように立ちはだかり、神宮を全身で拒絶しようと腕を組んで仁王立ちしている。


「あの、突然すいません。私は神宮と申します。友人がこちらにお邪魔しているようで、迎えに来て欲しいと連絡を貰ったんですよ」

「友人? ここには関係者しかいません。何かの間違いじゃないんですか」

 男に詰め寄られ、神宮を早々に排除しようと威嚇する態度をとってくる。だが、そんなことは想定内だ。

 神宮は男の存在を無視するよう、彼の背後のずっと先にある、仄暗いロビーの奥へと目を向けた。


「おい、何を覗いてる。勘違いだ。そんな男はいない、もう帰れ」

 神宮は立ちはだかるその体を押し除け、強引に片足を中へ踏み込ませながら口元を緩め「フフ」と笑った。

「何だ、何がおかしい!」

「いえ、俺は一度も『男』とは言ってないのに、どうして知ってるのかと思いましてね」

「なっ! き、貴様——」


 無表情な男が狼狽るのを他所に、神宮は涼しい顔で「ね、勘違いじゃないでしょう」と次の一歩を建物の中へと押し進めた。

「貴様、不法侵入だぞ!」

 建物の中へと突き進む神宮は肩を掴まれ、男がこぶしを振り上げて殴りかかってこようとしている。


「いいんですかっ、手なんて出しても。警察を呼びますよ」

 神宮は笑みと一緒に、緊急通報番号を表示したスマホをかざした。

「き、貴様こそ不法侵入──」

「いいえ! 俺はあくまでも友人を迎えに来ただけです。一人で状況の友人をね」


 あまりにも堂々とした神宮の態度にたじろぐ男へ、神宮はわざと視線を建物の外に向け、「あ、あれ!」と、言ってみせた。人間の先天的な反射を導き、男の視線を外へと向けさせた、その瞬間、神宮は思いっきり男の体を押し出すと、扉を閉めてロックをかけた。

「お、おいっ! 貴様、何をするっ! こんなことしてタダで済むとは思ってないだろーな! ここを開けろっ、殺されたいのかっ!」

「物騒なことを言いますね。じゃ、ちょっとだけお邪魔しますよ」

 念の為にロビーにあった長椅子を持ってくると、内側からドアに立てかけ、神宮は急いで建物奥へを走った。


「く、くそ! 何もんだ、あの男!」

 飄々とする神宮に追い出されてしまった男が、苦虫を噛み潰したような顔でどこかへと電話をかけ始めた。

「もしもし、院長。堅山です。今不審者が──あ、はい、承知致しました」

 電話を切ると、堅山という男がもう一度どこかへと電話をした。

「もしもし、俺だ『犬』の準備をしておいてくれ」

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