31 ローストビーフ
その日の夕食はルクで仕入れた毛長牛の肉でローストビーフを作った。なんとかジュリアスに食べさせるためだ。手間こそかかるがうまく出来ると最高に嬉しい料理の代表格である。包丁を入れてみるとほどよく火が通り、じわりとうまそうな肉汁がしたたる。
我ながら最高傑作、とカイルは自画自賛した。というわけで夕飯に供すると、ターニアが目をむいて、
「本物の宮廷料理がでてきた!」
と声を上げた。
「ほう、ローストビーフか。うまそうじゃないか。いただきます」
ジュリアスはあの肉と気付かず、ナイフで切り分け口に運ぶ。
「うむうまい。ターニアも食べてみるといい」
「う、うん。これ中のほうがちょっと生みたいだけど、食べて大丈夫なの?」
「大丈夫だ。牛肉は少々生でも豚肉のように腹を下したりしない。本当に新鮮なら生のままだって食べられる」
「そうなんだ。じゃあ、いただきます……」
ターニアは少し戸惑いながらローストビーフを口に入れた。しばらくモグモグして、
「んーふー!」
と鼻を鳴らした。どうやら「おいしー!」と言ったらしい。
「……俺がどう料理したところで、ラケル姫の口に入るわけじゃないんだよな」
「そうだぞ、それがどうかしたか?」
「ちょっとジュリアス、その返事はないんじゃない?」
「いや、いいんだターニア。それが事実だからな。俺はもうラケル姫を喜ばせることはできないんだ」
カイルは自分で作ったローストビーフをモグモグと咀嚼した。顎も「怪力」なので、肉はあっという間にこま切れになり、味わい深い肉汁が口に充満する。
カイルは、ローストビーフを飲み込んでから、
「だったら実際に食べてくれる人を喜ばせるほうが、善行だな」
と、天井を見上げた。
「善行、って、善なる神はいないんだぞ?」
「知っている。しかし、善を積み上げるのは、そうでない人生よりずっといいのだと思うぞ」
「まあそれはそうだな。しかし美味だな。さすが怪力料理人」
「ジュリアス、よくカイルをそうやって呼ぶけど、料理が上手いのと怪力は関係なくない?」
「怪力料理人という呼び名、俺は気に入っているぞ。ありがとうジュリアス」
カイルは、久しぶりに心の底からの笑顔になった。
食事のあと布団に潜ってカイルは考える。砂漠は昼間、空調が絶対に必要な暑さだが、夜は寒いくらいだ。厚い毛布と羽根布団をかけてどうにか温まる、という塩梅である。
電熱線とやらを使った簡単なヒーターはあるものの、それだけではぜんぜん暖かくならない。そして目が覚めるころにはすでに暑いのだ。
もしかして、自分はラケル姫との身分違いの恋なんて、望んでいないのではないか?
ここまで旅をしてきて出てきた、偽りのない気持ちだった。
いや、まだ疑問形だ。この疑問にしっかり答えを出さなければ。
うーん。
明日の朝はなにを作ろう。なにかさわやかに流し込めるものがいい。川の怪と紺ナスがあれば、刻んで味付けして冷たいままさわやかに流し込めるおかずが作れそうなのだが。
いや、そういうことを考えている場合じゃないな。自分の気持ちに結論をつけなければ、とカイルは寝返りを打つ。
確かにラケル姫は好きだ、いまでもあの白ブドウを与えられたときのことを、うっとりと思い出せる。カイルの人生を変えてくれた、どこまでも大好きな人だ。
でもその人はカイルを拒絶したのだ。
そう思うと、愛する意味はないのでは? と思ってしまう。事実ないのだと思う。
もしかしたら盗賊が勝手にダデン……打電したのかもしれない。でももしラケル姫が盗賊にさらわれたのであれば、盗賊たちはさっさとラケル姫を娼館にでも売って、その金で酒を飲むだろう。
だから、ラケル姫が盗賊と旅をしている、ということは、つまり、ラケル姫がそれを望んだ、ということだ。
もしかしたらラケル姫は盗賊の頭目みたいになっているのかもしれないな。
あの、虫一匹殺せないようなラケル姫が。
もしラケル姫が盗賊の頭目になっているなら、そこに愛せる要素なんてどこにもないとカイルは思う。
ラケル姫を愛するのは、虚しいことなのではないか。
いや、事実虚しいのだ。仮にラケル姫を救出したとしても、王がラケル姫をカイルに与えるとは思えない。ラケル姫を愛するのは愚かなことなのだ。
それでもラケル姫が好きだ。その気持ちは間違いなくある。でもそれは、ラケル姫の「魅了」のタレントに騙されているだけかもしれない。
事実、自分と同じように城を飛び出したジュリアスは、「魅了」のタレントにさらされた時間が短かったからか、ラケル姫の話など一切しない。
カイルは、自分がラケル姫の「魅了」のタレントに当てられ続けた長さを思う。
そして王が、自分を料理人に「任命」してくれた意味を考える。
ラケル姫を愛するのは、ひたすらに虚しいことだ。
そう思いながら、カイルは眠りに引き込まれていった。
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