28 スパゲッティとリゾット
飛行艇で出発する前に、夕食をとることにした。
飛行艇の台所を見て、カイルはなにを作ろうか思案する。自分でレシピを考案するほど料理が上手いとは思っていないが、でも現状ある材料でなにか作るとなると自力で考えるしかないだろう。
まだ空の上にいるわけではないので、乾麺を茹でて麺料理を作ることにした。
日持ちする硬いチーズをすりおろし――カイルにはイモをすりおろすより簡単――、紅ナスを湯むきして潰し、麺を茹でる。別の鍋で紅ナスとチーズと香草を炒め煮して、塩コショウで味をつけ、そこにゆで上がった麺を投入する。
シンプルな麺料理ができた。とてもいい匂いがする。食卓に並べて、一同でいただきますとそれを食べた。
「ひさびさのカイルの料理、おいしい~」
ターニアが喜んでいる。
「俺は怪力料理人だからな」
カイルはそう呟いて、麺をフォークで巻き取りながら、なんでこんなことになったのか、と軽く絶望した。
気が付いたら、フォークはグンニャリと曲がっていた。慌てて直そうとしたら折れてしまった。
久しぶりにモノを壊した。それもファサラスハルトの王子の飛行艇に積み込まれていた銀のスプーンだ、弁償するとなるとカイルの財布では払えない。
「すまない」カイルはジュリアスに詫びた。
「大丈夫だ。そういうものは壊れやすい」
ジュリアスは穏やかに笑った。カイルは新しいフォークを出してきたが、それもやっぱりすぐボキッと折ってしまった。
「どうも『怪力』を調節できない」
「メンタルの乱れがタレントの力に関わるという話を聞いたことがあるぞ」
「そうなのか? 別にメンタルが乱れているわけじゃないが」
「ムチャしてるのよ、カイルは……城を追放されたの、本当はつらかったんでしょ?」
「……つらくない、と言えばウソになるな」
「すこし落ち着いてから出発しましょう。カイルのタレントが空の上で壁に穴をあけたら大変なことになっちゃう」
その通りなのであった。
飛行艇の窓からは、イルデルベルトに陽が沈むのが見える。
ずいぶん長い旅をしてきたものだな、とカイルは夕日を見て思った。
それからカイルたちは、しばらくの間丘の上に飛行艇をおいて、少し休むことにした。
気が付けば足の裏がボコボコだ。そりゃそうだあれだけ歩いたのだから。
ターニアだけ、足の裏をさほど気にしていない。村娘として暮らすぶんには、足の裏が少々マメになっていても気にならないのだろう。
丘の上にいる間、カイルはけっこうな頻度でフォークやナイフを折ってしまった。ジュリアスはさすが王子である、実に鷹揚で気にもとめなかった。
フォークが何本か折れたところで、ファサラスハルトの国家経営には関係ないのだろう。
村の子供たちにせがまれて、飛行艇を少しだけ飛ばしてみせたりもした。
実に穏やかな日々であった。
それでも、カイルはどうしても、ラケル姫を助け出したい、という気持ちが離れない。
恐ろしいまで強力な『魅了』であった。
一方で同じくラケル姫の『魅了』のタレントに当てられたはずのジュリアスは、ビックリするほど執着していないようだった。どうやら、どれだけのあいだそばにいたかでタレントの効き方というのは変わってくるらしい。
たった一日宴会をしただけなら、そこまで執着しなくて済むのだ。
つまりカイルは致命的なまでにラケル姫のタレントを浴びてしまったのである。
そんなカイルを、ターニアがずっと心配していて、カイルはターニアに、
「そこまで心配しなくていい」
と伝えるしかできなかった。
「悲しいことがあったんなら悲しいって言っていいし、つらいならつらいって言っていいのよ」
「ターニアはつくづく聖母……というか聖おかんだな」
「な、なにそれぇ! 聖おかんって、初めて聞く言葉作らないで!」
ターニアの心配のしかたは、小さな子供を前にした母親のそれだ、とカイルは思う。
カイルには母親の記憶があまりない。父親の『貧乏』のタレントのせいで、カイルが幼いうちに逃げていったのだ。覚えているのは父親の「ごくつぶしが減った」という言葉だけだ。
それでもイルデルベルトの貧民街では、貧しいひとたちが寄り集まって暮らしていたので、母親、というものがどういうものなのか、カイルは薄々ながら理解しているつもりだ。
あのとき、父親が人間市にカイルを売り飛ばさなかったら、カイルもっと自分に適した仕事をしていただろう。
もしあのとき、カイルを競り落としたのがラケル姫でなく屈強そうなやくざ者だったら、カイル自身もそういう立場になって、屈強なやくざ者になっていただろう。
騎士にせよ料理人にせよ望んでやった仕事ではないのだ。
チーズをすりおろしながらそんなことを考える。近くの村のひとが、ウサギゴメの新米をきれいに精米して分けてくれたので、きょうはリゾットを作るつもりだ。
飛行艇の外からは村の子供たちとジュリアスが遊ぶのが聞こえる。ターニアも一緒のようだった。カイルはチーズをすりおろしたところで、いったん料理の手を止め、飛行艇の外に出た。
「あ、料理人さんだ」
「おう」
「料理人さんは、『ちょーり』とか『せーか』のタレントがあるの?」
「俺は怪力料理人だからな。タレントは『怪力』だ」
「え、そんなにひょろひょろなのに?」
「そうだ」
カイルは子供たちの一人をひょいと担ぎ上げてみせた。ほかの子供も近寄ってくるので、ぜんぶ腕に座らせた。ぐるぐる回ると子供たちは歓声を上げた。
「すげー! 大人だって高い高いできるじゃん!」
「なんで『怪力』のタレントなのに料理人になったの?」
「……いろいろあってな」
「それじゃわかんないよー」
子供たちは無遠慮だ。ラケル姫のことを話すべきか考えて思いとどまる。
「ちょっとあんたたち! 遊んでないで夕飯の支度を手伝いな!」
子供たちの母親らしい人が、カイルたちと遊んでいた子供たちに声をかけた。子供たちはばらばらといなくなった。
「平和だな」
「うん……カイル、お夕飯なに?」
「リゾットだ。うまそうなウサギゴメをもらったからな」
「おお、楽しみだ」
みんなで飛行艇に入る。
カイルはテキパキとリゾットを作る。チーズたっぷりだからさぞかしうまかろう。飾りに香草をちぎってぱらぱらとふりかける。
「いい匂い」
「ああ、すっかり腹が減った。カイルは料理人として素晴らしい」
「デンカ、そういうほめ言葉は自分の国のちゃんとした料理人にかけてやれ」
カイルは最近ジュリアスを茶化すときに、「デンカ」という言葉を使う。
それはジュリアスも嫌ではないようだ。
リゾットのボウルをほいほいと配り、スプーンも渡す。
「チーズがたっぷりだ。これはうまそうだな」
「ほんとに。ウサギゴメって豆と炊くか粉にする以外の食べ方があるのね」
「いただきます」
カイルは静かに食事を始めた。スプーンを折らないように、慎重に。
やはり自分の作った料理は、どうしても「調理」や「製菓」のタレント持ちには勝てない。
それを、チーズのちょっと濃すぎる味に思う。
「きょうは口直しもある。蛇ショウガのゼリーだ」
「え? 蛇ショウガって口直しになるの?」
「すりおろしてから絞って、その汁を砂糖と火にかけてゼリーにする。ぴりっとしたゼリーだ」
「なにそれおいしそう。楽しみ」
みなリゾットを食べ終えたところで、カイルは口直しを取り出した。
ターニアはおそるおそる一口ゼリーを食べて、嬉しそうな顔をしている。
「……おいしい。こんな料理があるんだ」
ジュリアスもしみじみとゼリーを口に運ぶ。
「冬に食べる蛇ショウガのクッキーみたいだな」
「ああ、ファサラスハルトの正月料理だな」
「ずいぶん詳しいな……」
「去年だかおととしだか、ファサラスハルトの大臣が城にお見えになられた。それが正月すぐのころで、もてなしにそういうものを作ったのを見ていたし味見もさせてもらった」
「そうだったのか」
「ただあれは本当に料理が上手い人か『製菓』のタレントのある人じゃないと、おいしくは作れないな。俺には無理だ」
「カイルだってすごく料理うまいじゃない」
「うまくない。ただ単に経験を積んだだけで、その経験だけでは特殊技能に追いつけない」
「そうなのか? いままで失敗作はルクの肉料理だけじゃないか」
「料理が上手い人はそもそも失敗しないんだ、デンカ」
「そうか……」
ジュリアスは蛇ショウガのゼリーを口に運ぶ。カイルも改めて食べる。うまい。わりとよくできているのだと思う。
「――カイル、そろそろラケル姫を探しにいくか?」
「ずっと先延ばしにしていたからな。もう大丈夫だ。スプーンをへし折ったりしない」
「そんなに魅力的な方なの?」
「ああ。『魅了』のタレントをお持ちで、ラケル姫に惚れない男などそういないはずだ。たとえば『石頭』のタレントがあるとかでなければ」
「そっかあ……わたしもなにか、結論を見つけたいな。テテの巫女に言われたことの意味を、ちゃんと考えないと」
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